煩悩
圭君視点です。
僕のまわりには優しい人がたくさんいる。
励ましてもらって、応援してもらって、見守ってもらって……
僕はちゃんと、その期待に応えたい。
去年の今頃は、こんな前向きな気持ちじゃなかったな。
誰かと関わろうなんて思いもしなかったし、ただ先生が薦めてくれたところへ、自分の意思も持たずに受験をしていただけだった。
先生がどれだけ僕の事を考えてくれていたのかにも気付かずに……
きっと先生だけじゃない。
クラスメイト達だって、僕と関わろうとしてくれていた。
友達になろうとしてくれていた。
その優しさを僕は全て遮断していたんだ。
今だってそれはあまり変わっていない……
稲村さんが、自分から僕の友達だと言ってくれなければ、僕は稲村さんを友達だなんて思わなかっただろう。
まだ友達っていうのがどういうものなのかも、よく分かってないから……
でも、今度こそはちゃんと友達を作りたい。
自分から声をかけて、人と関わっていけるような人になりたい。
自分が行動しないと何も変わらないし、ちゃんと僕の事を皆にも知ってもらわないといけないんだから。
大学へ行けたら、まずは稲村さんの弟さんを探して、しっかりと挨拶をしよう!
……って、まだ受かってもないのに、気持ちだけ先走り過ぎだな。
何よりもまずは受かるところからだ。
家に帰ってきて、勉強を続ける。
土地神様が言って下さったように、僕は僕の事を頑張らないといけないんだから。
ちゃんと胸を張ってハルさんに会うために……
ゴーン、ゴーン……
鐘が聞こえる……
除夜の鐘だ……
こういう節目の物事を、本当ならハルさんと一緒に過ごしたかった。
年明けの初詣も一緒に行きたかったし、受験の日だって直接応援してほしかった。
もっとずっとたくさん、ハルさんと一緒に……
そう思ってしまうのは煩悩というものなんだろうか……
除夜の鐘は、人の煩悩を祓うために鳴らしているはずだ。
僕のこの煩悩も祓われていけば、ハルさんが帰ってきてくれるまでをもっと冷静に耐える事が出来るのかな……?
いや、そんな他力本願も情けないな。
それに僕のこの煩悩とも呼べる感情は、祓われる必要のないものだから。
やっぱり祓われなくていいや。
そんな事も考えながら、ずっと鐘を聞きながら勉強を続けていた。
気が付くと、外が明るい……
どうやら勉強をしながら、寝落ちしてしまったみたいだ。
もともとブランケットを羽織りながら勉強をしていたので、寒いという事はなかったけど、気を付けないといけないな。
♪♪♪♪♪
顔を洗ってきて、そろそろ朝食でも作ろうかと思っていると、携帯が鳴った。
母さんからだ。
「あ、圭? あけましておめでとう」
「うん、あけましておめでとう」
「珠鈴に代わるわね」
「え? うん……」
珠鈴か……
話すのはいつぶりだろう?
「お、お兄ちゃん? 久しぶり」
「珠鈴、あけましておめでとう」
「うん! あけおめだね! お兄ちゃん彼女出来たんだってね! 今度連れてきてくれるんでしょ?」
「え、あぁ……」
久しぶりに話したけど、相変わらず元気そうでなによりだ。
それにハルさんと会うのも楽しみにしてくれてるのが分かって、嬉しく思う。
「ちょっと珠鈴、ダメじゃない! 圭は今、彼女と一緒に過ごせなくて傷心中なのよ? 彼女の話はダメよ。励ましたかったんでしょ?」
「何言ってるの? 励ましたいからこそじゃん!」
「でも、圭が……」
「大丈夫だって、お母さん。お兄ちゃんはそんなに弱くないよ!」
「そ、そうね……」
電話の向こうで母さんと珠鈴が話してる会話が丸聞こえなんだけど、気づいてないんだろうな……
母さんも珠鈴も響きやすい声質だし、ちょっと抜けてるところがあるからな。
それにしても、"お兄ちゃんは弱くない"か……
珠鈴の中の僕って、そういう感じなのかな?
「珠鈴、珠鈴?」
「あーごめんお兄ちゃん。ね、お兄ちゃんいつ頃帰って来るの?」
「受験が終わったのつもりだけど?」
「それって、2月よりは前だよね?」
「そうなるかな」
「ならいいんだ。待ってるね!」
「ありがとな、珠鈴」
2月を気にしてるという事は、僕の誕生日を気にしてくれているんだろう。
以前のように、またケーキでも焼いてくれるつもりなのかもしれない。
楽しみだな。
「お兄ちゃん、なんか雰囲気変わったね?」
「え?」
「なんか大人の余裕を感じるよ! 彼女が出来たから?」
「それは大いにあると思うけど」
「あるんだね! お兄ちゃんが楽しそうで良かったよ!」
本当に久しぶりに珠鈴と話をした。
大人の余裕か……
やっぱり珠鈴の前では、しっかりした兄でありたいと思ってるから、そんな雰囲気になってしまうのかもしれないな。
「じゃあ、待ってるからね!」
「あぁ」
珠鈴との電話を終えて、少し考える。
思い返すと、珠鈴と最後に話したのはもう3年以上前だ。
僕がこっちの高校へ通い始めて少し経った頃に、母さんが電話をしてきてくれた時以来だ。
あの時も珠鈴は変わらずに明るかったけど、僕はどうだったんだろう?
ちゃんとしっかりした兄を示せていたんだろうか?
そんな訳がない……
だからきっと、珠鈴も母さんと電話を変わらなくなったんだ。
珠鈴は僕が珠鈴の前で、しっかりしようとしていた事にだって気づいていたはずだから。
僕に無理をさせないためにと、僕が落ち着く期間を考えてくれていたんだろう。
本当に良くできた妹だ。
そんな自慢の妹を、早くハルさんに紹介出来るといいな……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




