不意
圭君視点です。
朝起きて、身支度を整えて、ちょっと一旦冷静になって、昨日の事を考える……
恥ずかしさが込み上げてくるので、とりあえず朝食を作って食べて、勉強に集中した。
でも、不意に昨日の事を考えてしまって、なかなか勉強も進まない……
全く、ハルさんはなんて事をしてくれるんだ……
思い返すと、僕はハルさんを抱き締める事はあっても、それ以上の事はしなかった。
しなかったというか、出来なかった。
やっぱり気持ちの何処かで、"もし嫌われたら"という思いがあったから……
だから勇気が出なかった……
今までの関係を壊すという勇気を出して、ハルさんに思いを伝えて、漸く恋人になる事が出来たんだ。
それなのに、僕の軽はずみな行動でハルさんに嫌われてしまうかもしれないと思うと、それ以上は何も出来なかった。
今の、やっと恋人になれたというこの関係を壊したくなくて……
恋人になれたからよかった、恋人になれたからゴールだ、という事ではなくて、恋人なってもなお、現状を失うかもしれない恐怖と戦い、勇気を出して前に進んでいかなければいけないんだ。
ハルさんは僕とは違い、ちゃんと前に進む勇気を持っている。
だから昨日だってあんな事を僕にしてこれたんだ……
現状に甘えている僕に、進むきっかけをくれたんだ。
思い返せばハルさんは確か、もともと僕の受験が終わったら話すつもりだったとか言っていたし、現状をそのまま維持していくつもりはあまりないのだろう。
常に新しい事への挑戦を、前に進む努力をしている人なんだ。
まぁ、この世界の浄化なんていう仕事をしているんだし、会社の世界の方でもそれなりの立場の存在なんだから、凄い人なのは当たり前だ。
そんな凄い人の恋人になれたんだから、僕も置いていかれないように、常に前に進む努力をしていこう。
昨日のみたいな事も、僕の方から……
それはかなりハードルが高いな……
いや、でも昨日のハルさんの表情は、本当に真っ赤に染まっていた。
あれはつまり、ハルさんにだってかなり勇気が必要な行動だったという事だ!
1年間も会えないという事を思って、相当に勇気を出してくれたんだろう。
本当だったら、ハルさんのその不安を打ち消せるくらいに、僕の方から行動しないといけなかったのに、あんな幼稚に捕まえるような真似をして……
本当に情けないな……
♪♪♪♪♪
勉強が全く進まないままに考え事をしていたら、僕の携帯が鳴った。
母さんからだ。
「はい」
「あ、圭? ごめんね、邪魔じゃなかった?」
「え? うん。別に邪魔じゃないけど?」
いきなり邪魔かどうかを聞いてくるなんて、どうしたんだろうか?
忙しい中で時間を作ってまで、僕に電話をしてくれているんだろうに……?
「ハルちゃんは今いる?」
「ハルさん? いや、いないけど……」
「あら、そうなの? クリスマスだったしてっきり……」
「母さん?」
「あぁ、ごめんね。ハルちゃんがこっちに来たときの為に、先に色々聞いておきたかったんだけど、いないのね……そうよね、まだ朝だものね」
いくら家にハルさんが来てくれている事を知っていても、こんなに朝から来ているとは思わないだろう。
それなのにどうして母さんは……
ん? さっき母さん、"クリスマスだったし"って呟いたよな……
あー、朝から恥ずかしい事をずっと考えて思考がパンクしているっていうのに、そういう追い討ちはやめてほしい……
「何時くらいにハルちゃんは来るの?」
「え?」
「そっちからかけてって言いたいけど、絶対にその時電話に出れるとも限らないし、たくさん聞きたい事があるから、こっちで時間をちゃんと作ってから連絡したいのよ。ハルちゃんは何時から何時の間ならいるの?」
「母さん。ハルさんはその、来ないんだ……」
「え……まさか圭っ! あんた、振られたのっ!?」
「いやっ! 違うから! そんな訳ないからっ!」
僕の言い方が悪かったのも悪いけど、冗談でもそんな事は言われたくない。
僕が母さんの発言を全力で否定すると、
「ふふっ、あんたがそんなに声を荒らげるなんてね! よかったわ。ハルちゃんとはちゃんといい関係なのね!」
と、母さんは嬉しそうに笑ってくれた。
「うん……えっと、急に大声出してごめん……」
「いいわよ。元気な声が聞けて嬉しかったから」
「あ、ありがとう……あの、ハルさんはちょっと仕事の都合? みたいな感じで、暫く会えなくなったんだ……」
「そうなの? どれくらい?」
「い、1ヶ月……」
「……圭、大丈夫?」
「あんまり大丈夫じゃない……」
「何情けない声出してるの? そんなんでこれからハルちゃんを支えていけるの?」
「あー、うん……そうだよね」
ちょっと不安を漏らしてしまった僕を、母さんは叱咤してくれた。
本当に母さんっていつもタイミングがいいよな……
忙しいはずなのに、ありがたいな。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




