送り出す
圭君視点です。
店長と稲村さんに、ちゃんとハルさんを紹介する事が出来て、ちょっと恥ずかしかったけど、ハルさんの気持ちも聞くことが出来た。
その幸せな気分のままにハルさんと手を繋いで家まで帰ってきて、少しばかりの充電も兼ねて、ハルさんを抱き締める……
買い物も結構ゆっくりしたし、コンビニで挨拶もしたし、充電もしたので、夜ご飯を作るのもそれなりに遅くなってしまった。
それでも2人で夜ご飯を作れたし、豪華なディナーをと思って作ったローストビーフも美味しく出来ていたので良かったと思う。
その後は、先にハルさんと作ったブッシュ・ド・ノエルを食べて、これがまた美味しいとハルさんと盛り上がりながら食べる事が出来た。
ハルさんも本当に、本当に喜んでくれて、とても楽しそうに笑ってくれていた。
そうやって楽しい時間はどんどん過ぎていってしまう……
外はもう、かなり暗い……
ハルさんが外を見たり、時計を確認したりする度に、邪魔をしたくなる……
時間が進まなければいいと思ってしまう……
「圭君、そろそろ……」
「なんですか?」
「えっと……あの?」
「はい?」
いつもの"お暇します"を聞きたくなくて、ハルさんを後ろから抱き締めてみた。
どちらかといえば、抱き締めているというより捕まえているといった方がいいような状態だ。
でも間違いなく、今ここでこの手を離したら、ハルさんは出て行ってしまう……
そんなのは……嫌だ……
「圭君、私は必ずここへ帰ってきますよ?」
「……」
「前とは違うんですからね?」
「……」
「堂々と圭君と一緒に過ごす為の話し合いに行くんです。だから心配せずに、安心して待っていてもらえませんか?」
「……」
ハルさんは、優しく子供に言い聞かせるように話してくれている。
少しあの時と似てるな……
なんか、あんまり素直に返事をしたくない……
「圭君?」
「……はい」
「んー? この様子では、心配で私も安心して行けませんね?」
「え? じゃあ……」
「そうですね。仕方がないので、圭君から私の記憶を消して行くことにしましょうか」
「……は?」
ハルさんはとんでもない事を言い出した。
行くのをやめるとか、僕も一緒に連れていってくれるとか、そういう事を期待していたのに……
「大丈夫ですよ、安心して下さいね。ちゃんと帰ってきたら記憶はお返ししますから」
「いや、何が安心なんですか? そんなの全然安心なんて出来ませんよ!」
「ですが、このままでは圭君の受験の方にも影響が出てしまいそうではありませんか? それは私も安心出来ませんから。余計な感情は受験に持ち込まない方がいいですし……」
「余計な感情? ハルさんにとって、僕のハルさんへの気持ちは、余計なものなんですか?」
「受験には必要のないものかと?」
必要ない?
僕にとって、ハルさんからの応援がどれだけ励みになっているのか、ハルさんの存在がどれだけ大切なのかっていうのをハルさんは全く分かっていないっ!
…………わけないよな。
「はぁ、ハルさん……わざとやってますね?」
「ふふっ、気づかれちゃいました?」
「僕を怒らせて、本当に記憶を消したかったんですか?」
「私はそんなお別れの仕方は嫌ですよ?」
「僕も嫌です……」
喧嘩別れなんてしたくない。
もう会えない訳じゃないんだから、ちゃんと楽しい気持ちのままに、送り出したい……
「その、気をつけて行ってきて下さい。待ってますから……」
「はい」
後ろから捕まえるように抱き締めていた手を離すと、ハルさんはそのまま離れていってしまった。
ずっと抱き締めていたことで温かくなっていた腕が、とても寂しい感じがする……
と、急に景色が少し歪んだ感じがして、
「もうっ! 遅いですよ、ハル姉さん! いつまで待たせるんですか!」
と、ミオさんが現れた。
タイミングが良すぎるって事は、僕がハルさんから離れるのを、待ってくれていたのかもしれないな……
というか、間違いなくそうだ。
「あ、ごめんなさい。すぐに行きます!」
「先いってますからね!」
本当に急いでいるみたいで、僕には特になんの挨拶をする事もなく行ってしまった。
でも景色は歪んだままだ……
ここを通ってハルさんも行けるようにと開けっ放しでいったんだろう。
「圭君……」
ハルさんと離れる現実から目を背けたくて、少し俯いていたけど、ハルさんの僕を呼ぶ声に顔を上げた。
そしていきなり……
「えっ……」
ハルさんの顔が凄く僕に近いと思ってすぐに、僕の口にとても柔らかい何かが触れた感じがした……
「じゃあ、行ってきますね!」
そういって、歪みの中へと消えていった、顔が真っ赤に染まっていたハルさん……
なんというか、とりあえず……
勉強を頑張ろうと思った……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




