当たり前の生活
圭君視点です。
いつも通りの正午に目が覚める。
昨日と変わらずハルさんは黒猫の姿でブランケットにくるまって寝ていて、可愛らしい。
ハルさんを起こさないようにキッチンへ行き、昨日買っておいたソーセージを使ってポトフを作る。
ハルさんの事はまだ分からない事だらけだけど、"ご飯食べますか?"って聞くと、断られるという事は分かった。
自分の家じゃないからと、遠慮しているのかもしれないけど、寝る前の発言から考えると、普段から何も食べていないみたいだった。
だから食べるかどうかを聞くんじゃなくて、もう最初から食べてもらう前提で作って出さないとダメだ。
「圭君、おはようございます」
「あ、おはようございます」
いつの間にかハルさんが起きていて、黒猫の姿のままキッチンに来ていた。
寝たのも遅かったし、もう少し寝ていて欲しくて静かに料理を作っていたつもりだったんだけどな。
「すみません。出来るだけ音を立てないようにしたつもりでしたが、起こしてしまいましたか?」
「いえいえ、静かでしたよ。ただいい香りが漂って来たので起きただけです」
「匂いで起きたんですか?」
「猫って人より嗅覚が良くてですね、今の私は猫に化けているので嗅覚も付随してるんです。だからいい香りに敏感なんですよ。素敵に起こして頂き、ありがとうございます」
人よりも嗅覚が敏感……
という事は、昨日のカレーは結構強烈な匂いだったのかもしれないな。
猫になっている時は、猫の特徴も付随するらしい。
だったら、猫は聴覚も人よりいいんじゃないのか?
前にテレビで、猫の聴覚は人の4倍以上優れているとかって言ってた気がするし……?
「聴覚は大丈夫なんですか?」
「あ~、猫の聴覚は凄い良いんですよ。良すぎて疲れるので猫に化ける際は、聴覚は人並みになるように調整してます」
「それは大変ですね……」
「慣れれば大丈夫ですよ」
猫になっているだけでも凄いのに、その特徴とかも理解した上で調整しているだなんて……
棚に飛び乗ったのも、あんな危ない事をして傷が悪化しなかったのか不思議だったけど、猫の特徴を生かした動きで足への負荷を最小限にしたからなんだろう。
改めて、ハルさんは本当に凄い人だと思う。
「じゃあ、そろそろご飯にしましょうか。ハルさん、人に戻ってくださいね」
「あ、圭君……その、私は大丈……」
「こっちのポトフはキャベツ多めで盛り付けておきましたよ」
「……ありがとうございます」
ご飯の後は僕の勉強を見てくれて、夜ご飯にはお昼のポトフをアレンジしたトマトリゾットを作って食べてもらった。
料理のレパートリーも増やしたいし、色々と足りていない食材も買うため、今日も少し早めに家を出よう。
そういえば、昨日ハルさんの暇潰し用に雑誌を買ったんだったな。
「ハルさん、これをどうぞ」
「なんですか?」
「クロスワードパズルが載っている雑誌です。昨日買っておいたんです」
「クロスワードパズル?」
「やったことないですか? ここにたてとよこのカギっていうヒントがあるので、それを元にして言葉を当てはめていくパズルです。暇潰しになるかと思いまして」
「なるほど、ありがとうございます。やってみますね!」
暇潰しになりそうなものをとクロスワードを選んだけど、まさかクロスワードを知らないとは思わなかった。
こういうパズルとかをやった事はないんだろうか?
でも結構やる気な顔をしているし、喜んでくれたみたいで良かった。
「じゃあ僕、行ってきますね」
「はい、気をつけて行ってきてください」
今日もハルさんに見送られて部屋を出た。
一応アパートの裏へと回り、自分の部屋を確認する。
外からは電気がついてるのかもよく分からないくらい、中の様子は見えなかった。
とりあえず一安心だ……
普段は同じアパートの人とたまにすれ違うくらいの誰もいない道に、今日は結構人がいた。
手を繋いで歩いてるカップルとか、ランニングをしてる人とか。
コンビニまではそんなに距離がないのに、今日はやたらと人が多いように思う。
夜勤のコンビニの仕事は、お客さんがそこまで多くない為、品出しや掃除がメインになる。
今日もお客さんのいない隙にと、店長と掃除をしていると、まだ日付がギリギリ変わっていないくらいの時間に見覚えのある人が入ってきた。
「こんばんは」
「いらっしゃいませ、あぁ、刑事さん」
「えっ! 刑事?」
昨日の……いや、今朝だな。
今朝訪ねてきた若い方の刑事さんだ。
僕が"刑事さん"と言ってしまったので、一緒にいた店長がビックリしている。
普通に知り合いなら名前を呼ぶだろうし、刑事と知り合いというのもそんなにはない事だろうから、当たり前だけど。
「あはは、刑事さんはやめてください。普通に石黒でいいですよ」
「石黒さん……えっと、こんな遅くまでお仕事ですか? お疲れ様です」
「仕事の終わりにたまたま近くを通りましたので、その後変わりないですか?」
「はい、大丈夫です」
刑事さんは石黒さんというらしい。
結構ぐいぐい質問してきて苦手だったけど、気にかけてくれていたようだし、いい人そうだ。
「ちょっと瑞樹君、大丈夫なのかい? 刑事さんに気にされるなんて、何かあったの?」
「刑事さん達が探している人と少し話をしたので、事情を聞かれただけです」
店長にまで心配されてしまった。
気にかけて下さったのに申し訳ないけど、余計な心配をかけたくないし、正直バイト先にまで来ないで欲しかったな。
「あんまり面倒な事に関わったらダメだよ。ただでさえ君は優しすぎるんだから……それに今は猫ちゃんの世話もしなきゃでしょ?」
「おや、瑞樹さんは猫を飼ってるんですか?」
「そうなんですよ。この子、怪我した猫を拾ってきて、面倒を見てあげているんですよ」
「怪我をした猫? ……それは大変ですね」
店長と石黒さんが僕が猫を飼っている話を始めてしまった。
嘘をつきたくないので、その話題はやめて欲しい。
「ですが今朝は猫の鳴き声も足音も何も聞こえませんでしたよね? 睡眠中だったんですか?」
「いえ、普通に起きていましたよ。凄く大人しい猫なんです」
「そうなんですか……」
何しろ玄関の棚の上で鳴き声1つあげず、ずっと大人しく話を聞いていた猫だから……
まぁ、猫ではないんだけど。
それにしても、こんなに聞いてくるって事は、石黒さんは猫が好きなんだろうか?
怪我をした猫と聞いた時も少し神妙な顔をしていたし、心配してくれたのかもしれないな。
石黒さんが来たという事以外には特に何もなく、バイトも順調に終わったので家に帰る。
この時間もいつもならそんなに人はいないのに、また何人かとすれ違った。
ここまで人が多いって事は、多分何人かは張り込みをしている刑事さんなんだろう。
「圭君、お帰りなさい」
「ただいまです」
昨日とは違い、人の姿でおかえりと言ってもらえた。
帰ってきたら喋る猫がいる夢の国も良かったけど、こうして美人さんに笑顔で迎えてもらえるのも嬉しい。
刑事さん達の事も考えていて落ち着けなかったし、やっと落ち着けた気がする。
とりあえず簡単な野菜スープでも作るか。
寝る前だし、食べない方がいいかとも思うけど、ハルさんにはちゃんと食べて欲しいし。
ハルさんの分だけだと遠慮して食べてくれないから、僕の分も作らないと。
今までは何も食べずに寝ていたけど、これからは帰ってきたらまずスープ作る事にしよう。
6時頃帰ってきて、流動性のいい野菜スープを作り、風呂に入ってから寝る。
起きたら昼食を食べ、ハルさんに教えてもらいながらの勉強。
そして夜ご飯を食べたらバイトへ行く。
ハルさんはいつも笑顔で手を振って送り出してくれるし、おかえりと言って笑顔で迎えてくれる。
数日が経ち、この生活がそれなりに当たり前になって来た時……
当たり前は当たり前じゃなかった事に気付かされた。
家に帰るとハルさんの姿はなく、机の上には綺麗な字の手紙が置いてあった……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




