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文月の章・後編

「……つまり、誘うのには成功したわけだ」

 浩一こういちがうんうん、と頷いた。

「君もずいぶんと冒険するものだね。まあ、そういうたちでもなければここには入らないだろうけど」

「それじゃあまるで、この同好会が冒険者の店みたいです」

 美鈴みすずが心外だ、と反論するが、まあ実際、似たようなものだった。

 冒険者の店、とは『ブレイドエイジII』でキャラクター達、冒険者の拠点となる宿屋兼依頼斡旋所のような店で、仕事を受けていない冒険者はここで暇を持て余していることが多い。

 セッションのない時の同好会も、三々五々部室に集まって、茶菓をつまみながら適当に暇を潰している。

 その姿はまさに仕事の合間の冒険者そのものだ。

「んで、当日のことは何か考えてるん? まさか、何も先を考えないでただ誘っただけなん?」

「何か、って何ですか?」

「そうだな、食事にでも誘ってみたらどうだい? 『甘味処あやくも』とか、どうだろう」

 上毛野かみけの駅の駅前通りにある『あやくも』は何度かタウン誌に紹介されたこともある菓子屋で、女子学生に人気だった。

「えっと、でもあまり賑やかなのは……」

「確かに、記事が出た後は空気を読まないお客が多いね。本来、ああいう店で騒ぐのはあまり褒められたことでもないんだけど」

 空気を読まない、とはそういう意味ではなかったような気がするが、雰囲気にそぐわないという点では確かにそうかもしれない。

「そういえば、この前もそうでしたね。あんなに大声で話して、笑って……はしたない」

 美鈴が眉をひそめた。

「後は、映画とかどうなん?」

「映画、ですか……?」

「うん。この前、新しいやつが封切りになったがね。『白衣観音で会いませう』ってやつ」

「駄目だよ、ユカさん、それは失恋映画だからこれから付き合おうって二人には向かないよ」

「なんだ、会長は観てきたん?」

「うん。なかなかいい出来だったね。役者の力量より知名度を重視した凡百の作品とは訳が違う」

「主人公の心情が痛いほど伝わってきました。樋口杏奈さん、ってあまり聞かない名前だったので調べたら、主に舞台で活動している方らしいです」

 浩一と美鈴はそのまま二人で映画の感想を語り始めた。

 和人かずとはそんな二人を見るともなしに見ながら、さっきの恵梨香えりかの反応を思い出していた。

「ただいま戻りました……ってまたすぐ行くんですけど」

 かつみがそんなことを言いながら飛び込んできたのは五分ほど後のことだった。

「で、チケットは配り終わったん?」

「なんとか。やっとこれから練習だからギター取りに来たんだ」

 克は部室の壁に立て掛けてあったギターを手に取ると、缶コーヒーを二本、ポケットに放り込んだ。

「あ、そういえばどうだった?」

「一応、誘うには誘ったんですけど」

「あぁ、それでいい。いいか、高木。男ってのは振られてナンボだ。断られても気にするなよ」

「いや、上手く誘えたらしいよ」

「マジか? ったく、うらやましい奴だな。俺なんか……いいや、とにかく忙しいんで、行きます」

 克は来た時と同じように、慌ただしく飛び出そうとして、もう一度和人の方を見た。

「なあ、本当に図書館の主に会わなかったんだな?」

「たぶん、会わなかったと思います。主ってことは、いつも図書館にいるんですよね?」

「ん、ああ、漫研のシャイターンやチェス部の副会長といることも多いけど、一人でいる時は大抵図書館で本読んでるな」

「じゃあ、やっぱり会ってないです。そもそも、この大学にチェス部なんてあったんですか?」

「ああ、囲碁・将棋友の会の古瀬ふるせ副会長がチェス盤と駒を持ち込んで勝手に名乗ってるんさ。あの人の前で囲碁・将棋の会なんて呼んだら怒られるかんね」

 そういうことらしい。

「んじゃ、そういうわけなんでまた行ってきます」

 克は今度こそ、飛び出すように部室を後にした。

「今回は怒られないで済んだみたいですね」

「ああ、確かに。でも富田とんださんはお説教を楽しみにしてたみたいだから、内心がっかりしてるんじゃないかな」

「そうですね」

 浩一と美鈴が顔を見合わせて笑った。

「富田さん?」

「富田凛音りおん。克のバンドのリーダーだよ。声がきれいなのに、暗い曲ばっかり歌うんさね」

「へぇ……」

 つまり、『ミカヅチプロジェクト』のコピーバンドなのはそのリーダーの趣味なのだろう。

「他に、どんな人がいるんですか?」

「ああ、二人ほどいたね。ええと、蓬莱ほうらいさんと吾刃呑あばどん君か」

「あばどん……?」

「本名じゃないよ。バンドの時だけ使う名前だってさ」

 つまり、芸名のようなものらしい。

「その内、オリジナル曲も作ってみたいって言ってましたよね」

「そうだったね。ああ、美鈴。確かどこかに去年の学祭で配布してたCDがなかったかな?」

「あれは確か片付けませんでしたっけ?」

「だったら、たぶんここだな」

 浩一はやおら立ち上がると、会誌のバックナンバーやらルールブックやらが詰まっている本棚の最下段、引き出しになっている部分に手をかけた。

 中身が引っかかっているらしく、うんと引っ張ってもなかなか開かない。

 和人も手を貸して引っ張ると、何かが外れるような感触とともに、引き出しが一気に飛び出した。

 引き出しの中身にはメタルフィギュアやら、使用頻度の低いダイスやら、雑多なものが詰まっていた。

 その中にCDが一枚、埋もれるように入っている。

「浩一さん、また増えてません?」

「あー、うん、まあ、ね。それより、CDだよ。ほら」

 浩一はCDを取り上げると元のように引き出しを閉めた。

「後でかけてごらん」

 受け取ったCDのジャケットには月夜の風景写真が使われていた。

 裏返すと、バンドの説明と収録されている曲目が書かれている。

 それによれば、『ミカヅチプロジェクト』の代表曲三曲と結成前にボーカルが個人名義で歌っていた曲が一曲、収録されているようだ。

「この『風になって』って、結構好きだったんです。『ミカヅチ』の人が歌ってたんですね」

「うん。あまりにイメージが違うから言われないとわからないけどね」

「はは、そうですね」

「さて、それじゃあデートプランの話に戻ろうか」

 浩一がにやり、と笑って椅子に座り直した。

 和人は小さくため息をついた。

「とりあえず、自分で考えてみます」

「そうか、がんばってくれたまえ」

 浩一は残念そうに肩をすくめる動作をした。


 ***


 そして、数日が過ぎた。

 和人はうんうんと唸りながら「デートプラン」を練っていたが、ついに妙案が思いつかないままライブ当日になってしまった。

 とりあえず、いつもより少しだけいいジャケットを羽織って大学に向かう。

 大学の正門に着くと、もう恵梨香が待っていた。

 いつも通り、眠たそうな目をこすりながらスマートフォンをいじっている。

「西村」

 和人が呼ぶと、恵梨香は顔を上げた。

「遅いぞ、高木」

「ごめん」

「まあ、時間には間に合ったからいいか」

 和人と並ぶと、恵梨香は本当に小さく見える。

「さて、行くぞ」

「う、うん。そういえば、小宮山こみやま先輩のバンドって何番手なんだろう?」

「雑用やらされるような弱小バンドだろ? 一番手に決まってるよ」

 他愛ない話をしながら会場の講堂に入り、適当な席を確保する。

 教壇にはすでにキーボードとドラムセットが用意されている。

 ギターを構えた克が和人に気づいて手を挙げた。

 さらにギターを構えた男子学生がステージに上がる。

 そしてもう一人、女子学生がキーボードに付いたところで講堂の明かりが落とされた。

「ん、始まるのか?」

「みたいだな」

 辺りが静かになったところで、ステージに脚光が当たった。

 スタンドマイクの前に、見覚えのある女子学生が立っていた。

 ところどころフリルで飾り付けた黒いドレスを身に纏い、怜悧れいりな瞳で客席を見返しているのは、以前に図書館で出会った彼女だった。

『皆さん、ごきげんよう。今日は楽しんで行ってくださいね……』

 客席の一部から「リオン様」という声援が飛んだ。

 やはり、彼女が富田凛音なのだろう。

「りおん、ってどんな名前だよ。当然、本名じゃないよな?」

「どうだろう?」

 和人と恵梨香が話している間にも前奏が始まり、凛音が最初の曲を歌い出す。

『Domination of Alice』。

『ミカヅチプロジェクト』のメジャーデビュー曲にして、第一の代表曲だった。

 凛音の澄んだ歌声が講堂に響き、世界を塗り上げていく。

 聴く者の心に不思議なざわめきを起こすその、声。

「うわ……」

 恵梨香が息を飲む気配を感じた。

 茨の蔓が巻き付いた、石造りの古い塔。

 その頂上で眠る少女。

 白い法衣に白頭巾の男達が取り囲む。

 進み出る首領格の男。

 振り下ろされる短剣。

 生け贄の儀式。

 歌詞に歌われる背徳的で官能的で冒涜的な光景。

 即ち、歪んだ美バロック

 今この瞬間、舞台は完全に富田凛音の支配下にあった。

 歪める王国に君臨する魔の女王。

 気が付けば、その凜、とした歌声に誰もが囚われていた。

 バンドは更に数曲を歌って舞台を降りた。


 ***


「くぅーっ、終わった」

 講堂を出るなり、恵梨香は大きく伸びをした。

「結局、いいのは最初の……なんだっけ?」

「小宮山先輩のバンドか。えーと、『ナルカミ・プログラム』だってさ」

「まんまじゃねぇか」

 和人が半券を見ながらバンド名を読み上げると、恵梨香が呆れたような声を上げた。

「まあ、コピーバンドだしね。わかりづらいよりはいいんじゃないかな」

「そういうもんかね」

「それより、三曲目の『ダンタリアン』面白かったな」

「悪魔ダンタリアンの特徴に引っかけた曲だから、あの演出になったんだろうな。あたしはそれより二曲目の『桜花恋々おうかれんれん』が良かったよ」

「へぇ、西村ってああいう曲好きなんだ」

「時々聴くよ。こう、ジャポニズムっての? ああいうのさ」

 そんなことを話しながらラウンジに入っていくと、端の方の席で凛音が本を読んでいた。

「富田先輩?」

 和人が声を上げると、凛音が顔を上げた。

「ああ、君。来てくれたんだ?」

「はい。……で、こんなとこでサボってていいんですか?」

「後片づけまでは、担当じゃないから」

 凛音はそう言うと、本を閉じた。

「邪魔になるなら、引き上げるわ」

「いえいえ、あたしらこそお邪魔になるでしょうから、とっとと消えますよ。高木」

「あ、うん。そうだね」

「邪魔には、ならないわ。君たちは、見ていて楽しいもの」

 凛音はにっこり、と笑った。

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 恵梨香はそれでも、多少は気を使ったつもりか、少し離れた席にPCバッグを置いて確保すると、自販機の方に向かった。

 和人も慌てて後に習う。

「西村、今日くらいは奢るよ」

「いいよ、大した金額じゃないし」

「でもほら、一応今日は俺が誘ったわけだし……」

「んー、仕方ないなー」

 恵梨香はしばらく考え込んだ後、背伸びして自販機の一番上に並んだカフェラテを選んだ。

「あたしはこれ。で、高木はこっちな」

「え?」

 こっち、と指したのはキツイ原色の缶だった。

『はじける青春! 米国フレッチャー製薬のデストロイヤー・コーラ!』のコピーが値札の上に踊っている。

「気になってはいたんだけど、自分で買うのもバカバカしくてさ。高木、試してみてよ」

「こ、これは……」

「これは、なんだよ? 奢るって言ったの自分だろ? じゃあついでに選ばせてくれたっていいじゃん」

 恵梨香は不機嫌そうに和人を睨み上げる。

 その、やや上目遣いの目線に負けて、和人は渋々その、メリケンでケミカルなコーラを買うことにした。

 缶を取り出した時、後ろから小さな笑い声が聞こえた。

 振り向くと、凛音が楽しそうにくすくす、と笑っていた。

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