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文月の章・前編

「どうだったよ、初めてのえーと、リプレイ?」

 裕太ゆうたに後ろから声を掛けられて、和人かずとはふう、と息を吐いた。

 昼休み前の空き時間。

 学食は少しずつ賑わい始めている。

「上手くいかなかったよ。セッション自体はともかく、書き起こしがね」

「ふうん?」

 ぴんと来ない、という風に首を傾げる裕太に、和人は会誌を差し出した。

「ほら、これ」

「『三十六分の一』ね。ずいぶん中途半端な確率だな」

「六面ダイスのゾロ目が出る確率だよ。六のゾロ目だとクリティカルするゲームが多いから」

 裕太はぱらぱらと会誌をめくり、和人の記事を見つけた。

「えーと……これ、面白い、のか?」

「あまりね。稗田ひえた先輩からはばーか、って言われた」

 和人が言うと、頭を小突かれた。

「なんだよ?」

「あのな、真珠まじゅ先輩がそう言うってことは、結構買われてるんだぞ、お前。もっと自信持てよ」

「自信持て、って言われても困る」

 和人はそう言って水を飲んだ。

「でも、本当にバカだと思ってたら何も言わないぜ。次の会誌で続編やるんだろ?」

「んー、そういうことにはなってる」

「よし、じゃあ今度は素直に褒めてもらえるようにがんばれ。で、これもらっていい?」

「稗田先輩からもらったんじゃないのか?」

「それがな、欲しかったら自分で探してこいって言われた」

「なるほど」

 納得した。

「でも、今はこれしかないからダメ。昼食べたら部室来いよ。バックナンバーがあるはずだから」

「バックナンバーってことは過去の作品もあるのか?」

「稗田先輩の、だろ?」

「おう!」

「載ってるよ」

「よし、じゃあ行こうぜ! 今、すぐ!」

「いや、まずは昼食べようぜ……」


 ***


 部室に顔を出すと、かつみが一人、ギターの調弦をしていた。

「高木か」

「あれ、他の人は?」

「んー、部長は授業、美鈴みすずちゃんと由香里ゆかりは買い出し、副部長は、どっかいるんじゃね?」

「ばらばらですね」

「いつものことだろ。ところで、俺が掛け持ちしてる軽音サークルが今度、ライブやるんだけどよ、お前聴きに来ないか?」

「そっちもいつも通り、チケットが余ってるんですね」

「ご名答。どうよ?」

 克の参加しているのはアニメソングを多数リリースしているゴシック系アグレッシヴ・ロック・バンド、『ミカヅチプロジェクト』のコピーバンドで、サークル内では最も歴史が浅い。

 それゆえか、学内でライブを開催する時には講堂の使用許可やチケットの配布といった雑用を兼ねることも多い。

 やはり、多少下手でもオリジナル曲を作っているバンドや古株のバンドの方がヒエラルヒーは高いらしい。

「裕太はどう? 行かないか?」

「俺はもう持ってる。真珠先輩にもらった」

 戸口に隠れていた裕太は照れくさそうに笑った。

「副部長がフットサルに可愛い後輩がいるって言ってたけど、お前がそうか」

「俺が……? まさか!」

 裕太は顔を真っ赤にして否定した。

 いつもの爽やかさんがうろたえている姿は少し滑稽だった。

「どーうも思い当たる節があるっぽいな。副部長を怒らせると怖いぜ」

 克がにやり、と笑いながら言うと、裕太の顔はますます赤くなった。

「……で、高木は? あのちみっこい彼女とうまくやってんの?」

「うまく、ってなんですか?」

 和人は、急に話題を振られたので思わずびくり、と体を震わせた。

「そ、そうだ。お前も教えろよ。西村とどうなんだ?」

「どう? どうって言われても……」

 和人は必死に言葉を探した。

 恵梨香えりかは付き合いがいいし、だるそうな割には積極的に行動する。

 友達として近くにいるにはいい相手だ。

 でも、それ以上を望んでいいものか……。

「お、考え込んでるな?」

 克が茶化す。

 しかし、和人は反応もできないほど真剣に考え込んでいた。

 脳裏に恵梨香の姿を思い浮かべる。

 青春らぶこめ漫画だとすけべな妄想をして鼻血を吹くところだが、そんな妄想は一片も浮かばなかった。

 いつもの、講義に耳を貸さずに黙々と漫画を描いている姿と退屈そうに居眠りしている姿。

 それに、この前のセッションでどこか楽しそうに魔術師フォルモントを演じていた姿。

「俺は、ひょっとして……」

 和人が口を開きかけた時、ちょうど美鈴たちが帰ってきた。

「ただいま戻りました」

「克、留守番さして悪かったんねー」

「お、お帰りなさい。コンビニどうでした?」

「あー、時間も時間だしね。結構混んでたんよ」

「そうそう、富田とんださんに会いましたよ。チケット配り終わったか教えてほしいそうです」

「う。じゃ、じゃあ今日、俺は部室に顔出さなかったってことで一つ、お願いします」

 克は和人にチケットを二枚押しつけると、逃げるように部室を飛び出していった。

「あー、配り終わってなかったんね。ま、いつものことだけど」

 それで、その話はなんとなく曖昧あいまいなまま終わってしまった。


 ***


 四限が終わった後、和人は図書館で資料になりそうな本を探していた。

 次回のシナリオはシティ・アドベンチャーを想定していて、その参考に探偵小説やスパイ小説を探しているのだが、なにしろ商学部の図書館というだけあって、棚に収まっている本はそのほとんどが経済学や有名実業家の伝記、商取引の教本といったものだった。

「なにを、探してるの?」

 不意に声をかけられ、和人は思わず身を震わせた。

 昼過ぎにも似たような体験をしたな、と思いつつ声の方に顔を向けると、長い髪で顔の大半を隠した女子学生が胡乱げな瞳でこっちを見ていた。

「え、えーと、小説は、ないかなー、って……」

「あっち。九と四分の一番の棚よ」

 女子学生はそう言って左を指さした。

「九と……四分の一?」

 和人が思わず聞き返すと、女子学生は口元を僅かにほころばせた。

「冗談。本当は九番と、十番の棚よ」

 静かにそう言うと、女子学生は身をひるがえした。

 長い黒髪に濃紺色のシックなワンピースがふわり、風に舞った。

 和人はぼんやりとその後ろ姿を追っていたが、やがて思い出したように彼女が指さした方に向かった。

 やがて見つけた本棚のプレートには『9 小説(日本の作家)/10 小説(外国の作家)』と書かれていた。

 そこは、視聴覚スペースのすぐそばだった。

 そんな場所だけに、和人はてっきりDVDやCDなんかの視聴覚資料があるのだと思って調べていなかった。

 まったく、先入観の失敗という奴である。

「えーと、なんだ、結構あるな」

 さすがにライトノベルこそなかったものの、本棚には探偵小説に冒険小説、伝奇小説など、一通りのジャンルはそろっていた。

 和人はその中から適当に一冊抜き取ると、ぱらぱらとめくってみた。

 途中に栞の代わりなのか、折り畳んだ紙が挟んである。

 広げてみると、おおよほA5版ほどの大きさで、詩が書き込まれていた。

「ずいぶん、手の込んだいたずらだな」

 それは、まさにその本の中に出てくる場面の再現だった。

 和人は紙を本に戻すと、別の本を開いてみた。

 やはり、本の中に出てくる奇妙な手紙が挟まれていた。

 手紙の中身は魔法学校の入学許可書で、主人公の元にこの手紙が届いたことがきっかけで物語が動き出すのだ。

「でも、誰がこんなことをしたんだ?」

 和人の中にそんな疑問が浮かんだが、図書館の閉館時刻が迫っていることを思い出し、急いで参考になりそうなものを探すことにした。

 とはいえ、斜め読みでぱっぱと選ぶにしても、本棚二面は多すぎた。

 そこで、和人はとりあえず、目に付いた有名な作家の短編集を借りることにした。

 図書館のある二号館から部室棟へ行くには、一号館の大講堂の脇を通る。

 防音されているわけではないので講堂内で練習している軽音サークルの演奏が漏れ聞こえてくる。

「……誘ってみるかな」

 面倒くさがりの恵梨香がうんと言うとは思えなかったが、せっかくのチケットだ。

 駄目で元々、と携帯電話を引っ張り出すと、メールが入っていた。

 マナーモードにしてポケットに突っ込んでいたために気づかなかったらしい。

 メールは、克からだった。

『図書館の主に何かきかれても、今日は俺に会ってないって言ってくれ』

 それだけ。

 よほどその『図書館の主』なる人物に会いたくないと見える。

 何か弱みでも握られているのかもしれない。

 和人はそれらしい人物を見かけなかった旨返信すると、恵梨香に宛てたメールを打ち始めた。

 とはいえ、今まで誘いのメールなんか打ったことはない。

 一体何をどうすればいいのか、和人は立ったまま悩んでいた。

「あ、君。今度は、なに?」

 さっきの女学生だった。

「なにか、悩んでる?」

「あ、いえ、別になんでもないです」

「そう」

 和人が答えると、彼女は小さく頷いた。

「真珠から聞いているわ。彼女さんを大事にね」

 そして、さっきと同じように身を翻して去っていく。

「彼女さんって……え!? 稗田先輩はなんて」

「お似合いの、凸凹カップル純情派」

 和人は顔が熱くなるのを感じた。

 きっと、熟した果実のように赤くなっているのだろう。

「かっ、かっかっかっ、かっぷ……」

「カップがどうかしたのかよ? 顔真っ赤だぞ、熱でもあるのか?」

 耳慣れた悪口。

 恵梨香がいつもの眠たそうな顔をして、そこにいた。

「あ、あれ、西村……? さっきの人は?」

「講堂の方入ってった。誰、ひょっとして彼女?」

「ち、違うよ。なんか、稗田先輩と知り合いらしいけど」

「ああ、あの人あちこちに知り合いいるからなぁ」

 恵梨香が呆れたように言う。

「そうだ、会誌いる?」

「会誌って、この前のやつのリプレイってのが載ってるやつか」

「うん、そう」

「もらう。もらえるもんはもらう主義だから」

「そういうものか?」

「そうそ、それでいいんだよ。損はしないだろ?」

 和人が鞄から会誌を取り出すと、恵梨香もバッグから冊子を取り出した。

「お返しに、漫研の会誌やるよ」

 差し出された会誌はちょっとした雑誌ほどの厚さだった。

 表紙は優雅に紅茶をたしなむ貴婦人と、その傍らに控える青年の執事が描かれている。

 タイトルは『金色の夢』というらしい。

「人気作は斎田さいだ会長の『大魔王は世界廃滅の夢を見るか』。表紙の二人が主役のルキフェルと腹心の部下で毒舌執事のカイム」

「で、西村のは?」

「あたしの? 探してみなよ。ただし、後で」

 恵梨香はぷい、とそっぽを向いた。

 恥ずかしいらしい。

 そうだろう、と和人は思う。

 目の前で自分の作品をこれだ、とずばり示されたら恥ずかしくてかなわない。

「じゃ、用済んだからあたしはそろそろ行くよ」

 恵梨香は、そのまま背を向けた。

「あ、ちょっと待って」

「な、なんだよ?」

「いや、その、小宮山こみやま先輩に押しつけられたんだけど、さ……」

 和人は財布にしまっておいたチケットを慌てて引っ張り出した。

「その、一緒に聴きに行かないか?」

 言った。言ってしまった。

 後戻りはもう、できない。

 どうということでもないのだが、和人はとんでもないことをしでかしてしまったような、そんな気分になった。

「軽音サークルかぁ。……ま、いいや。これも付き合いだし、行ってやるよ」

 恵梨香はしばらく逡巡した後、そう答えてチケットを受け取った。

「さて、電車の時間もあるし、今度こそ本当に行くから」

 半ば照れくさそうに言うと、恵梨香は右手をひらひらと振りながら正門の方に歩いていった。

 和人はその後ろ姿を呆然と見送った。

「緊張、した……」

 そして、たっぷり五分ほどしてから、ようやく部室棟の方に足を向けた。

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