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水無月の章・後編

 その夜、和人かずとは家でシナリオの手直しをしていた。

 焦点を戦闘から探索に変え、それに合わせてバランスを調整しなおした。

 シナリオ的には大きな変更点はない。

 だが、ちょっとした戦闘の代わりにトラップをしかけたり、ギミックを凝らしたり微妙な変更点が多く、バランス調整に手間がかかった。

 と、作業がひと段落して紅茶でも飲もうとカップにティーバッグをセットした時、携帯電話が振動した。

 恵梨香えりかからのメールだった。

『会長に話してくれたんだろ?』

 そういえば、まだ結果を伝えてなかったな。

 和人はすぐに返信を送った。

『うん、会長は別に構わないってさ。それより、稗田ひえた先輩がなんて言うかが気になるって言ってた』

 返信を送ると、和人はため息をついた。

 清田きよた先輩はああ言っていたけれど、実際のとこはどうだか。

 たぶん、稗田先輩は公私混同はしない人だとは思うけれど、絶対にそうだとは言い切れない。

 言い切れるほど、僕は先輩のことをよく知らない。

 うじうじ悩んでいる内に返信が来た。

『稗田先輩なら大丈夫。今日、ちょっと話した。割と面白がってたぞ』

 そういうことらしい。

 和人は少し安心して返信した。

『そうか。じゃあ、当日楽しみにしといて』

 恵梨香の眠たげな顔が脳裏に浮かんだ。

 そういえば、あいつと知り合ったのはこの四月のことだったっけ。

 まだ大学にも不慣れで心細かった時になんとなく話すようになったのがきっかけだった。


 ***


 四月の頭、同じ高校から上がってきた学生に仲の良い相手はなく、まだサークルに入ったわけではないのでそちら関係の友達もいない。

 そんなわけで、和人はいつも一人で行動していた。

「えーと、次は教養演習1……だったっけ」

 必修科目となっているが、どんな講義なのか予想ができなかった。

 数人ごとに少人数のグループに割り振られ、小さな教室で受講するらしく、和人は311教室に行くことになっていた。

 教室に入ると、もう何人かの学生がいて、てんでに席に着いていた。

 和人も適当に空いた席に座ると、PCバッグから筆記具とノートを取り出した。

 別にパソコンを携帯しているわけではないが、頑丈で防水性が高いので、和人は普段からPCバッグを使っていた。

「なぁ、お前どこ高?」

 ノートを開くなり、近くの席にいたスタイリッシュなスポーツマンタイプが話しかけてきた。

 かなりフランクで、うざい。

「……錫谷すずや商業」

「おっ、じゃあ近所じゃん。オレ錫谷第一ね。坂上裕太さかがみゆうたっての。ヨロシク!」

 裕太、と名乗ったスポーツマンタイプは親指を立てて笑った。

 きらりーんと光る白い歯がうっとおしい。

「こちらこそ、よろしく」

 和人はやっとの思いで返した。

「しっかし、女子率低いよな、この教室。こうもむさっくるしいとつまらなくね?」

「別に。俺はそういうの、あまり気にしないからな」

「ちぇ、彼女持ちかよ。リア充め」

「ちょ、ちょっと待て。俺彼女なんかいないって」

 今まで、そんな特別な女性がいたことなんか一度としてなかった。

 そして多分、これからもないだろう。

「彼女いない歴イコール年齢。これ以上は言ってくれるな」

 和人はそう言うと、ノート上部の余白に『教養演習1』と書いた。

「分かったよ。まあ、俺も同じだし」

 裕太は頭をかきながらそう言うと、和人の右隣に座った。

 ふと辺りを見ると、もう殆どの席は埋まっていて、後は和人の左隣とホワイトボードのちょうど前、会議なら議長席になりそうな席しか空いていなかった。

 全体の人数は十人ほどだろうか。

 二、三人ずつで小グループを作って話しているあたり、出身校で固まっているのだろう。

 女子学生の姿も数人はあるが、ご多分無く同じ出身校らしい学生と話している。

「なあ、そもそも『教養演習』って、なんなんだ?」

「さあ。一般教養とか、そんな感じの話じゃないかな」

「商学部入ってまでそんな話か……。オレ、苦手なんだよな」

「普通はそうだよ。俺だって教養みたいな説教くさい話は苦手」

 裕太とそんな話をしている内に予鈴が鳴った。

 と、それとほぼ同時に小柄な女子学生が入ってきた。

 寝癖の目立つ髪に重そうなPCバッグ。

 黒縁眼鏡の奥で眠たげな目が瞬いている。

 彼女は教室内を見渡すと和人の左隣の席に座った。

「あ、ここって311教室で合ってる?」

「うん、大丈夫」

 彼女は急に和人に聞いてきた。

 和人が答えると、彼女は安心したように大きく伸びをした。

「あー、やっぱ徹夜は駄目だね。眠くて仕方ない」

「徹夜?」

「ん、あぁ、独り言。それで、教養演習って何やんの?」

「さっぱりわからない」

「ま、そうだよね。ダブってる人じゃなきゃ、わかんないよな」

 彼女は眼鏡を外すと開いたノートに突っ伏して寝息を立て始めた。

 それが、恵梨香や裕太とのファーストコンタクトだった。


 ***


 やがて、セッション当日がやってきた。

 和人は緊張した面持ちでGM席に着いていた。

 プレイヤーは恵梨香、浩一こういち美鈴みすず、真珠の四人。

 かつみ由香里ゆかりは都合が合わず、参加を見送った。

「えっと、稗田先輩」

「なに? このあたしに何か用?」

「いやだって、先輩シナリオ知ってるじゃないですか」

「だから?」

「ええと……」

 和人が困惑するのを、真珠は楽しそうに眺めている。

「大丈夫だよ、高木君。稗田先輩はシナリオを知ってても楽しんでくれる人だから」

「そうそう。狂言回しをしてあげるからありがたく思いなさい」

 真珠は口元に手をやって笑った。

「えーと、それじゃあ始めます。えっと、初心者がいるので、キャラクターはサンプルを使ってください」

 和人が宣言すると、真っ先に真珠が手を挙げた。

「あたしはエルフの精霊使いね。名前は例によってマーシャ。味方の援護から攻撃まで、色々できるわ。まあ、専門職には遅れを取るけどね」

 事前に用意してきたらしく、手元のキャラクターシートにはすでにデータが書き写されている。

「やれやれ、用意がいいね。さて、じゃあ僕はダンピールの神官戦士にしようかな。前衛で攻撃するのがメインだけれど、回復もまあ、任せてくれ」

 浩一が苦笑しながらキャラクターシートにデータを書き写していく。

 対して恵梨香はうんうん唸りながらサンプルキャラクターを見比べていた。

「高木、データ的に面白いのはどれ?」

「えー、と扱い易さじゃなくて、面白さ?」

「うん。だって、やってて面白い方がいいだろ?」

「まあ、そうだけど」

「初期作成の段階じゃ、殆ど変わらないわよ。でも、成長すると……そうね、魔術師なら3レベルで猫飼えるわよ、ねこ」

「ねこ、かぁ……」

 真珠の助言を受けて、恵梨香はいそいそとデータを書き写し始めた。

「ふふ、まるで姉妹ですね。杞憂だったでしょう、浩一さん?」

「あ、ああ、そうだったね」

「ん? 杞憂って何の話よ」

 真珠が怪訝そうな顔をするが、美鈴はにっこり笑ってやり過ごした。

「そうそう、私は人間の軽戦士にしておきます。探索係は必要でしょう?」

「あ、そうですね。今回は探索ができると便利だと思います」

「ふむ、探索系のシナリオか」

「ええ、そうです。じゃあ、名前とかが決まったら自己紹介してください」

 和人は内心でほっ、と息をついた。

 じゃあ、今日のセッションも上手くいくかな。

 ICレコーダーの録音スイッチを入れると、待っていたように真珠が身を乗り出した。

「さて、それじゃああたしからいくわよ。精霊使いのマーシャよ。困ってる人を助けたくて冒険者になったわ。よろしく」

 ぱちぱちぱち……。

 参加メンバーが拍手を送る。

「次は私です。名前はアカシア、盗賊兼軽戦士です。敵との戦闘では弱点を突いて頑張ります。冒険者になったのは、行方不明の妹を捜すためです」

「じゃあ、次は僕が行こう。神官戦士のラルフ。太陽神の教えに従い、邪悪なる不死者を滅ぼすべく冒険者になった。最大の仇は実父でもあるマリウス伯爵だ。そんなわけだから、戦闘では期待してくれ」

 ダンピールはバルバロスの支配階級、ヴァンパイアとヘレネスの間に生まれた呪われ子で、データ的には魔術師系に強い適正を持ちながら、戦士系にも適正がある、万能的な種族だ。

 その出自からバルバロスに強い敵意を持っており、ヘレネスに味方していることが多い。

「はい、期待していますね、おじさま」

「お、おじさま?」

「はい。アカシアとラルフの年齢差が十歳ほどなので、親しみを込めてこう呼ばせてもらいます。いいですよね、浩一さん?」

「ああ、構わないよ。プレイヤー同士の了解が取れていれば構わないだろう?」

 浩一が質問を振ってきた。

「そうですね、特にPC間での呼び名とかは自由に決めて構いません。GMから強制することでもないですし」

 和人は質問に答えると恵梨香の方に目を向けた。

「西村、決まった?」

「……ん? あぁ、フォルモントでーす。魔術アカデミーを放校同然に追い出されて、そのまま冒険者になりました。ソーサリィ、ウィザードリィどっちも使えます。頼りになるっしょ?」

 恵梨香の自己紹介は用意した文章を読み上げるようだった。

「フォルモントっていうと、ドイツ語で満月ね」

「はい。魔術師っぽくて良いと思いません?」

 そういうことらしい。

「さ、高木。参加者の自己紹介は終わったわよ」

 真珠に言われて、和人は慌てて背を伸ばした。

「あ、それじゃあ、シナリオに入っていきますね。改めて、よろしくお願いします」

 こうして、和人の初めてのセッションは始まった。


 ***


 一行は薄暗い洞窟の中を進んでいた。

 アカシアが手にしたランタンが辺りをぼんやりと浮かび上がらせる。

「……なんか、薄気味悪いですね」

 フォルモントがぽつり、と呟いた。

 洞窟の壁にはところどころ、バルバロスたちの信仰する闇の神々の紋章が描かれていた。

「仕方ないわよ。ここは連中の領域なんだから」

 パールがなだめるように言った。

「それにしても、嫌な臭いね。連中、ずいぶん前から住み着いてたのかしら」

「かもしれないな。だとしたら、我々には手に負えない数にえてるかもしれない」

 ラルフはそう言いながら、周囲への警戒を怠らない。

 と、急に空気が生臭くなった。

「おじさま」

「あぁ」

 ラルフに声をかけながら、アカシアはランタンをフォルモントに渡した。

「うーん……もう気付かれてるわね。こっちの動きを見張ってるわ」

 パールが前方の暗がりを覗いて言った。

 精霊使いである彼女は暗闇でもものを見ることができる暗視の力を持っているのだ。

「警戒してるって感じかな?」

「少なくとも、降伏勧告には応じそうもないわね」

 パールの意見を受けて、ラルフは剣を抜いた。

 彼の剣は普通のものより重く作られている。

 並の使い手では剣に振り回されてしまうだろう。

「一応、降伏勧告だけはしておこう。無駄な抵抗はやめて降伏すれば命だけは助けよう」

 暗がりの相手は矢を以て返事とした。

 ラルフは難なく矢を切り払うと、暗がりに向かって飛び込んでいった。

 戦いはすぐに終わった。

 ラルフとアカシアは後衛の援護を受けることなく、粗末な剣や弓で武装した数体のゴブリンを斬り伏せていた。

「やるなぁ……」

 フォルモントはぽつり、と呟いた。

「大丈夫、親玉退治の時にはあんたもこのくらい活躍できるから」

 パールが片目をつぶってみせると、フォルモントは真顔で「がんばります」と答えた。


 ***


 セッションが終わったのは、開始から四時間後だった。

 現在の時間は午後五時少し過ぎ。

 外はもう薄暗くなっていた。

「くーっ、終わったー」

 真珠が大きく伸びをする。

 もう恒例となった光景だった。

「高木君、お疲れさま。どうだった、初めてのGMは?」

「とっても疲れました。でも、普段と違って楽しいです」

「ははは、そうだろう。僕も普段と違う経験ができて良かったよ」

 浩一はにこやかに微笑んでいた。

 浩一は会長という立場上、GMを引き受けることが多いのだった。

「さて、これを文字に起こすのがまた大変よ。出来上がりを楽しみにしてるわね」

 真珠がにやり、と笑った。

 そういうもの、らしい。

 和人は録音の終わったICレコーダーを大事にPCバッグにしまいながら恵梨香の方を見た。

 普段の眠そうな表情は変わらなかったが、どこか達成感のようなものを感じる、そんな顔をして茶菓子のビスケットを頬張っていた。

 やっぱり、どことなく小動物な印象を拭えない。

 和人は、恵梨香が魔術師のローブととんがり帽子を身に纏っているところを想像した。

 小柄な恵梨香のことだ。

 きっと、ローブは裾を引きずって、帽子は顔の半分近くを隠してしまうだろう。

 それが滑稽で、思わず含み笑いが漏れた。

「んー? なんだぁ、高木?」

「いや、別に……」

 なんでもない、と首を振る。

 なおも不思議そうな目を向ける恵梨香の頭を、和人はごしごしと撫でた。

「な、なんだよぉ。子供扱いするなぁ」

 恵梨香が戸惑ったような声を上げる。

「まあ、高木さんって、そうだったんですか?」

「見損なったわ、このろりこん野郎」

 女性陣からからかい半分の声が浴びせられる。

 浩一は苦笑しながらお茶を飲んでいた。

「あ、ごめん、西村」

「ったく、まじで恥ずかしいっての」

 恵梨香は手櫛で髪を整えながら口を尖らせた。

 少し頬が紅潮しているように見えるのは怒っているせいか。

 和人はもう一度恵梨香に謝ったのだった。

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