昭和と平成を駆け抜けた青春
人生とは儚きもの。
夢は潰え、若さはいっときの花。
それでも人生には思い出と夢がいつも輝いている。
これは、人生を諦めた男が、
出会いと再会によって、昭和と青春を駆け抜け、
そして、本当の自分を取り戻す物語。
アイヌの里で本当にあった出来事をベースに、
懐かしのメロディーを辿りながら、
思い返すあなたの物語。
プロローグ
和彦はまっすぐ前を見つめハンドルを握っていた。
漆黒の闇が広がる中、
マツダ・ファミリアが上下に車体を揺らしながら走り続ける。
真っ暗な道をヘッドライトだけが照らしている。
坂本九ちゃんの、「見上げてごらん夜の星を」が
ラジオから流れている。
「こりゃー最高だな!」と和彦が叫ぶと、
「間違いない!酋長嘘つかない」
と助手席の健一が調子づく。
深い闇の向こうには、
山々の稜線が見える。
星々が手に届くかのようにキラキラと輝いて、
まるで宝石のように見えた。
二人は大阪からはるばる、
北海道にやってきたのだ。
民家もなく、明かりもない道を、
一心不乱に厚真を超えて山道に入ったところだ。
時は日本の高度成長期、
夢に満ち溢れた時代だった。
5年後には大阪万博が始まる。
もはや戦後ではない。
そんな言葉が聞かれる一方、学生運動で世間は騒然としていた。
共闘という言葉が巷に溢れ、
ブント、デモ、ゲバ、アジトという言葉で、
学生たちは心を踊らせ、そして不安な気持ちでいっぱいだった。
そんな、学内紛争や、血なまぐさい毎日から逃げるように、
大学四回生の二人は、夏休みを利用して北海道まできたのだ。
フェリーで苫小牧に着くと、
その足で平取に向かっていた。
平取では宇宙基地が建設されているのだ。
二人の夢は、UFOに乗ってやってくる宇宙人に会うことだ。
そして、世界初の宇宙飛行士となり、
金星や火星に訪れるのだ。
あの、アダムスキーのように。
「なあ、和彦」
と、健一はふと真面目な顔になると話しかけてきた。
AMラジオからは、ペギー葉山の学生時代が流れている。
「なんだよ?真面目な顔してよ」
健一は、遠い稜線から視線を和彦へと向けると、
「俺たちさ、このまま大学を卒業して、それでいいのかな?」
とつぶやくように答えた。
「どうした。革命家にでもなるつもりか?」
和彦はハンドルを持つ手に力が入るのを感じた。
「違うんだよ」
「なるつもりはないけど、このまま卒業して、
そして、会社に勤めて、ベルトコンベアーに乗るみたいに、
結婚して、子供作って年を取るなんてさあ、
それが幸せなのかな?」
和彦はマイセンを手に取ると、片手で器用にジッポで火をつけ、
大きく吸い込んで、ため息をつくように吐き出した」
車内が煙でいっぱいになる。
顔をしかめながら、もう一度煙を大きく吸い込むと、
「それが、嫌だから俺たちこうして、
平取に来たんだろ!」
と吐き出すように答えた。
星々が夜空に輝き、
大きな流れ星がいくつも流れていった。
第壱章 コールセンターでのアクシデント
コールセンターは9時からの始動だが、
15分前には、着座してログインして準備に入る。
和彦にとって、このPCという存在が難敵だった。
コールを受信して、喋りながら画面操作するのがどうしても慣れない。
そして、
知らないうちにため息をついてしまうのだ。
「岡部さん!こっちきて!」
PCを立ち上げて、ログインしていると、
チームリーダが大きな声で和彦を呼ぶ。
なんとか笑顔を作りながら、
おかっぱで、真っ赤なドレスのリーダーの元に行く。
自分に子供がいたらちょうど娘のような年頃だ。
「あなたね、また苦情がきてるのよね!」
「はい申し訳ありません」
一生懸命に頭を下げて謝る。
それにしても、今日はいつもよりも腰が痛い。
「ため息ついて、面倒臭い感じで応対されたとか、
注文された商品が返金されると答えたけど、返金されなかったとか、
本当にクレームが多いのよ」
頭を下げながら上目遣いで見ると、
眉を吊り上げてこちらを睨む紗江子嬢様が見下ろしている。
なんども、頭を下げてほうほうの体で逃げる。
着座するが、腰が痛くて集中できない。
マイクに吐息の音が入らないように、
マスクで鼻まで隠すと、
大きく深呼吸して、気持ちを落ち着ける。
「頑張らないと・・・」
思わず心の声が外に出る。
いかんいかん。
いつもこうやって、独り言がマイクに入り、
お客様からのクレームになるのだ。
「岡部さん!入電してますよ!!」
再び紗江子嬢の叱咤が飛ぶ。
慌てて、入電のタブをクリックする。
「はい、ジャングルドットコムの岡部です」
客様の登録情報を確認しながら、アカウント確認をして行く。
「では、お客様のお名前をお願いします」
「貝澤 陽子です」
一瞬呼吸が止まった。
懐かしい名前と声。
陽子だ!
和彦にはすぐわかった。
あとはしどろもどろで、何を聞いたのか、どう対応したのか覚えていない。
覚えてるのは、紗江子嬢の甲高い叱責の声と、
なんとか手にメモした陽子の住所だけだった。
老いらくの恋か・・・・
和彦は家路のバスの中独り言ちした。
思えば陽子とは50年近く会っていない。
和彦は70歳。陽子もだ。
健一はあれから難なく卒業して官僚になり、
今は天下り先で悠々自適だ。
年末に送られてきた、
孫たちに囲まれた写真がそれを物語っていた。
俺はといえばだ・・・・
あの大事件の後、大学を中退して零細企業で65歳まで働き、
長年の腰痛のため再就職も思うようにできず、
やっとありついたコールセンターで毎日のように若者に邪険にされている。
「あの頃は若かったなー」
思わず大きな声が出ると、
前の座席の耳ピアスの青年が、振り向き、
スマホに照らされた蒼白い顔で睨みつけた。
和彦は思わず目を閉じて、
初めて会った平取の風景を思い描いた。
希望に満ちた人生の始まり、
のはずだった。
宇宙友愛会のリーダー松岡氏と、
窪川氏や創立者のメンバーそして有志が集まり、
地元のアイヌの方の協力のもと、
アイヌの里、二風谷を見下ろす丘に、
汗だくになって建立した、
太陽のピラミッド。
そこに、輝くような美しい女性、
いや、姫君、陽子がいたのだ。
父ちゃんのためなら エンヤコラ
母ちゃんのためなら エンヤコラ
もひとつおまけに エンヤコラ
今も聞こえる ヨイトマケの唄
今も聞こえる あの子守唄
父ちゃんのためなら エンヤコラ
子どものためなら エンヤコラ
俺たちは、
日本をもう一度世界に誇れるものにしたいと、
そう願って生きてきた。
戦争を生き抜いた両親の期待に答えようと、
夢を思い描いていた。
あんな、時代はもう来ないんだろうか・・・・
和彦はバスから降りると、
メビウスに火をつけると大きく息を吸い込んだ。
札幌の街では、
星は霞んでしまい、
和彦の未来を見ているようだった。
この作品は、昭和を駆け抜けた、全ての人に送ります。
団塊の世代の人々、君たちのお父さん、お母さん。
そして夢を追う、全ての青春人に。
この本は、タイムマシーンのように、時代を戻り、
読者の燃えるような色鮮やかな思い出を蘇らせることでしょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。