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婚活男子の災難  作者: 滝元和彦
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手がかり


 弁護士の袋田は、園田と打ち合わせをしたいとのことだった。園田はすぐに着替えて待ち合わせ場所の喫茶店に向かった。袋田は先に来て、テーブルに資料を広げていた。袋田の表情はいつになく深刻そうだった。

「急にお呼びしてすみませんでした」

「いえ、仕事が休みですから」

 喉が渇いていたので、園田はアイスコーヒーを頼んだ。一服するのを見届けてから袋田は話を切り出した。

「今日お呼びしたのは、実はあまりよいお知らせではないんです。裁判なんですが、形勢は私たちに不利な状況です。私もできる限りのことはやっていますが、諸々の証拠が莉央さんに不利に働いています。ですから、その、最悪の事態も考慮しておいた方がいいかと」袋田は言いにくそうにそう言った。

 園田もそのことは頭の片隅では考えていた。証拠があまりにも莉央に不利なのは理解していた。考えたくはないが、ひょっとしたら本当に莉央の犯行なのではないかということも、一度ならずよぎった。

「もし有罪になった場合、どうしたらいいんですか?」園田はテーブルに広げてある資料を眺めた。

「有罪の場合は」

 袋田が説明しようとするのを園田は手のひらを出して制した。

「ちょっと待ってください」園田が見ている資料には、莉央のポーチが写っていた。

「これは事件のあった日に、莉央が身に付けていたポーチですよね」

「そうですが」

「うーん、これは莉央のポーチじゃないな」

 園田の言葉に、袋田は目を見開いた。

「どういうことですか?」

「そのままです。これは莉央のものじゃありません。莉央のポーチには、このネコの顔のところにしみがついてるんです。そのしみは、僕たちが初めていっしょに食事をした時に莉央がつけたんです。でも、この写真に写ってるポーチにはそのしみがない。だからこれは莉央のじゃないんです」

 袋田もその資料を覗きこんだ。確かにしみは見当たらない。

「うーん、しみがないってことだけじゃあ、莉央さんのじゃないと断言できませんね。もしかしたら、しみが消えたのかもしれない」

 袋田がそう言い終える前に、園田は喫茶店を出ていた。園田には、これが何かの手がかりになりそうだという直感があった。外に出たがどこに行けばいいか。莉央に直接、話を聞きたかったが、次の面会はまだ先だ。莉央の職場に行こうか。歩きながら考えていると、ポーチがゆるんで外れそうになったと言っていたことを思い出した。どこでそうなったのだろうか。そうだ、タクシーだ。園田は車に乗ると、B市へ向かった。

 B市に着くと、莉央の仕事場があるショッピングモールに行ってみた。そこから道路を眺める。何台かタクシーが通り過ぎた。それらはどれもYKタクシーという会社だった。スマホを手にしてYKタクシーを調べた。電話番号が載っていた。そこに電話してみる。

「毎度ありがとうございます。こちらはYKタクシーです。タクシーのご利用でしょうか」女性の声だった。

 園田は簡単に事情を説明した。

「電話ですとなんですから、こちらにいらっしゃってみてはいかがでしょう?」

 会社はここから5分とかからない場所のようだった。

「ではお邪魔します」

 タクシー会社に着くと、空いているスペースに車を停めた。事務所らしき建物に入る。名前を名乗ると奥に案内された。そこには60過ぎの男性が座っていた。園田の姿を見ると、

「それでどういうご用ですか?」と聞いてきた。

 園田は、莉央がここのタクシーを利用しなかったかどうかたずねた。男性はちょっと待ってくださいと言って、隣りの部屋に入り、すぐに戻ってきた。手にはSDカードを持っている。

「先週でしたね」男性はカードをパソコンに挿入した。しばらくすると、画面に映像が映し出された。それはタクシーの車内の映像だった。早送りしていくと、午後8時30分過ぎに、見覚えのある顔が映った。莉央だった。

「あ、莉央だ。やっぱりこちらのタクシーを利用したんだ」

「これでいいですか?」

「しばらくこれを見せてもらえませんか」

 映像を見ていると、午後8時40分頃に変化があった。タクシーが停まって、客をもう1人乗せた。

「お客さんをもう1人乗せたんですね」

「ふつうはしないんですけど、どしゃ降りの雨の中で立ってたもんですから」

 乗ってきた客はマスクにサングラス、それにレインコートを着ていて、人相がよく分からなかった。そのまま映像を見ていると駅に着いたらしい。莉央といっしょにその人物もタクシーを降りた。

「後から乗ってきたお客さんは知ってる人ですか?」

「いいえ、はじめて乗せたと思います」

「男の人でしたか、女の人でしたか?」

「女の人のような気がしました」

「他に何かこのお客さんについて気づいたことはなかったですか?」

「気づいたことねえ。そういえば、その人が乗ったらなんか良い香りがしましたよ。なにかのフルーツみたいな」

「フルーツですか」

 もう少し細かくどういう香りか聞いてみた。それを聞いて園田は手嶋あずきのことを思い出した。手嶋もそういう香りがしていた。あのような香りの香水をつけている人がそんなにたくさんいるだろうか。

 映像からはこれ以上、得られるものはないと判断して、運転手に礼を言ってタクシー会社を後にした。

 歩きながら手嶋のことを頭に浮かべた。レインコートの客の香りと手嶋を結びつけるのは強引だと思った。だが、最近よく会うのも確かだった。これは単に偶然なのか。そんなことを考えながらスマホを取りだして、手嶋にメッセージを送ってみた。文面は、今日家に遊びに行ってもいいかという内容にした。メッセージを送ると、すぐに返事が返ってきた。

「もちろんオーケー。もうちょっとで仕事が終わるから、6時に駅で待ち合わせね」

 6時まではまだ時間があるから車を停めて仮眠することにした。ラジオからニュースが流れてきた。

「連続殺人事件についての続報です。警察の発表によりますと、未明にH市で発生した殺人事件は、世間を騒がせている殺人鬼の犯行の可能性が高いということです。死体のそばにはカードが置かれていたこと。また、犯行の手口がよく似ていることを挙げています。第一発見者によりますと…」

 H市と聞いて身震いした。H市には園田のアパートがある。犯行現場もアパートからそんなに離れていない。アパートの辺りを殺人鬼がうろついていると思うと気分が悪くなった。ラジオはニュースから音楽に変わった。音楽を聴いているうちに眠ってしまった。


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