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婚活男子の災難  作者: 滝元和彦
3/9

事件


 その日は朝から雨だった。園田はいつも通りに出勤して、いつもの仕事をして、いつも通りに帰路についていた。最寄りの駅から歩いて自宅に向かっている時だった。スマホに着信があった。知らない番号だった。普段なら知らない番号は出ないことにしていたが、この日はなぜか出てみることにした。

「もしもし」警戒しながら出てみた。

「園田騎士さんでしょうか」丁寧な口調だった。

「はい、そうですけど」

「わたくし、E警察署の神山という者なんですが、園田莉央さんの旦那さんでいらっしゃいますよね」

「はい」相手が警察の者と聞いて、いやな予感がした。

「つい1時間前にB市で事件が起きまして、殺人事件なんですがね」

 殺人事件と聞いて立ち止まった。

「莉央の身になにか起きたんですか?」

「ええと、言いにくいのですが、莉央さんが逮捕されました。殺人の容疑で」

「殺人の容疑?」それは予想もしていない言葉だった。

「そうです。ちなみに園田さんは今どちらにいらっしゃるんですか?」

「帰る途中ですが」

「今からこちらに来ていただきたいんですが」

「もちろんです。でもわけがわからない」

「詳しいことはこちらでお話します」神山と名乗る男は園田に住所を教えて通話を切った。

 園田は近くを走っていたタクシーを呼びとめた。乗りこむと、警察に教えられた住所を告げる。

 タクシーがE警察署に到着すると、足早に中に入る。事情を説明すると、奥の一室に案内された。勧められた椅子に腰をおろす。園田の前には、身長180センチほどの、いかつい顔をした50代くらいの警官が座っていた。

「園田騎士さんですね、私、さきほどお電話した神山という者です」神山は名刺を渡した。

 園田は名刺を一瞥いちべつしただけでそれを上着のポケットに入れた。

「莉央はどこにいるんですか、莉央に会わせてください」

 神山は園田の気持ちに同情するようにうなずいてみせた。

「いろいろ手続きがありましてね。今日すぐというわけにはいきませんが、会うことはできますよ」

 背後のドアが開いて、別の警察官が入ってきた。彼はテーブルに資料を置いて立ち去った。神山はその資料を園田の前に並べた。一通り資料に目を通してから、

「もう一度、確認しますが、園田莉央さんは、騎士さんの奥さんで間違いないですね」

「ええ、私の妻です。刑事さん、これはなにかの間違いなんじゃないですか、それともいたずらですか、莉央が殺人だなんて」

「残念ですが、間違いでも、いたずらでもありません。莉央さんは今から2時間ほど前に、B市の国道沿いのトンネル内で、小宮山福という男性をなにか鋭い刃物のようなもので殺害しました」神山は何の感情も込めずに言った。

「その小宮山という被害者はどういう人なんです。莉央と関係があるんですか?」

「今のところ、莉央さんと被害者の間に接点はみつかっていません」

「接点がない?じゃあどうして莉央の犯行だと断言できるんです?」

「目撃者がいるんですよ、女の人ですがね。それから、莉央さんはトンネルを歩いた後にタクシーに乗ったんですが、そのタクシーから被害者の血痕が見つかりました。さらに、莉央さんが身に付けていたポーチにはやはり被害者の血痕が付着していました」

「それだけですか、どれも決定的とはいえないじゃないですか。そんなので莉央は逮捕されたんですか」

「1つずつは確かに彼女の犯行とするには弱いかもしれませんが、合わされば、それなりに証拠にはなります」

 莉央が逮捕されたからには、もっと有力な証拠があるのだと思っていた。確かに、莉央のポーチに被害者の血痕が付いているのは気になるが。それも、莉央が犯行現場を歩いた時に、たまたま付いたものかもしれない。そんなことを考えていると、ふと園田の頭に浮かんだ言葉があった。これは冤罪えんざいではないか。そうだ、これは冤罪だ。莉央が殺人なんてするはずがない。それも見ず知らずの人間を。そう考えたら、しだいに警察への怒りと不信感が募ってきた。

「とりあえず莉央に会わせてください」

「手続きが終わらないとなんとも言えませんね。手続きが終わったら私の方から連絡しますよ」

 この他にも、莉央のことや結婚生活などを聞かれたが、あまり覚えていなかった。莉央に会えない悔しさで警察署を飛び出したことは覚えていた。

 自宅に戻ってベッドに横になっても、しばらくは眠れなかった。いつも莉央といっしょに寝ていたベッドは異様に大きく感じた。莉央が殺人?ばかばかしい。なにかの間違いだ。でなければ、これは悪い夢だ。園田は最近よく夢を見ていた。仕事で苦労している夢や結婚生活がうまくいかなくて悩んでいる夢。たぶんこれも、そういう悪夢の1つなんだろう。いつか夢から覚めて、よかった夢だったと肩をなでおろすのだろう。

 しかし、いつまで経っても夢からは覚めなかった。これは現実だった。現実となると、やっぱり冤罪に違いない。でも、もしも本当に莉央が殺人を犯していたとしたら。園田はすぐにその考えを追い払った。莉央の性格はよく知っていた。莉央は小さな虫も殺せない性格なのだ。そんな莉央に殺人ができるはずがない。殺人なんて…。いつの間にか、園田は眠りについた。


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