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婚活男子の災難  作者: 滝元和彦
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園田、婚活をする


 友人の結婚式から一週間、園田は自家用車に乗っていた。この日は仕事が休みだった。普段なら夜中までゲームをしたりネットをしたりしているのだが、早めに寝て朝の6時に起きた。朝食も食べないことが多いが、今日はしっかりと栄養をつけた。運転席に座る園田の姿は一週間前と同様にスーツ姿。ルームミラーを見ながら髪型をチェックする。ラジオから流れてくる音楽に飽きたので、ニュースに切り替える。男性の声でニュースを読み上げているところだった。

「今朝2時30分ごろに各地で観測された謎の発光体は、K市の山間部に落下した模様です。現在、自衛隊の特殊部隊が現場に向かっているところです。政府の人工衛星の映像によると、この発光体は月の方角からやってきたと考えられるそうです。また詳しい情報が入り次第、お知らせします」

 天気予報をはさんでまたニュースが流れた。

「昨夜午後9時すぎに、B市で殺人事件が発生しました。被害者は40代の男性で、身体中を鋭利な刃物で刺されており、死因は頸部けいぶを切られたことによる出血性ショック死でした。被害者の身元、ならびに犯人はいまだ分かっておらず、警察が…」

 園田は気分が悪くなったのでラジオを切った。しばらく幹線道路を走っていると、ナビが「まもなく目的地周辺です」と告げた。園田は側道にそれて、コインパーキングを捜す。目的のビルを通り過ぎたところにパーキングを見つけて車を停めた。道が空いていたため、予定よりも30分早く着いた。深呼吸をして車から降りる。園田が向かっているビルは、その日は婚活パーティーが開かれることになっていた。

 園田が婚活パーティーに参加しようと思ったのは、先週の友人の結婚式が刺激になったのはもちろんだが、政府のあからさまな独身者冷遇政策も、婚活パーティーに参加する後押しをしたのかもしれない。政府は少子化対策と称して、独身税なるものを導入したのである。これは文字通り、独身者に課せられる税で、これが安月給のサラリーマンにはけっこうきつい。だが一番の理由は園田自身の心境の変化だった。

 会場に入り受付に向かう。そこで一連の手続きとエントリーシートを記入すると、奥の部屋に案内された。そこには小さなテーブルが十数台設置されていた。内装などはほとんどなく、すでに何人かの男性が同じ側に緊張した面持ちで座っていた。園田は手前のあいている席に座る。10分くらい待っていると、女性陣がまとまって入ってきた。女性たちは男性が座っているテーブルに1人ずつ座っていく。

 進行役のあいさつの後、いよいよパーティーが始まった。まずは、1人数分ずつ自己紹介をかねて会話をしていく。そこでお互いに気になる人をチェックしていく。男性が次々に隣りのテーブルに移っていく。園田も懸命に相手の話をメモしながら、さり気なく顔に視線を持っていく。最初の女性は雰囲気がおっとりとしていて嫌いではなかったが、顔がいまいち好みではなかった。2番目の女性は顔に少しきつそうな性格が出ていたが、まあまあタイプだった。そうやって心の中で値踏みしていく。

 園田の心がときめいたのは5番目の女性のテーブルに座った時だった。正直、顔はそこまでタイプではなかった。だが、どこか惹かれるところがあった。

「はじめまして、園田騎士です」

「はじめまして、段田莉央だんだりおです」女性は恥ずかしそうに名乗った。

 園田は他の男性と同様に、女性のファッションには疎いが、それでも目の前の女性がカジュアルな服装であることはわかった。他の参加女性は皆、スーツなどを着ているが、段田と名乗ったこの女性はキャミソールに下は長めの白いスカートで、どちらもヒラヒラしたものが付いているのが、園田には印象的だった。それにテーブルに座る前にちらと見たのだが、ポーチを身に付けていた。ポーチにはネコの絵が描いてあった。

「ネコがお好きなんですか?」と言って、園田はそのポーチを指さす。

「そうなんです、大好きなんです。家に3匹いるんですよ」段田は緊張が解けたようで、園田にスマホの画面を見せた。そこには3匹でじゃれあっているネコが写っていた。

「かわいいですね、何ていう名前なんですか?」

「この子がムサシで、この子が…」

 このような他愛のない会話で数分が過ぎてしまった。移動を報せるチャイムが鳴る。園田は隣りのテーブルに移る。そうやって女性たち全員と一通り話をすると、園田の心には2人の女性が印象に残った。1人はネコのポーチをしていた女性。もう1人は芸能人のエイミにどことなく似ている小柄な女性。園田はこの2人とフリータイムでもっと話をしようと決めた。

 フリータイムでは、首尾よくこの2人と話をすることができた。もちろん、他の男性の中にも、この2人に興味を持っている人が何人かいたが、園田は自分でも驚くくらい積極的に動いた。エイミ似の女性はそれほど彼に興味を抱いているふうではなかった。ネコのポーチの女性とは楽しく会話をすることができた。

 フリータイムが終わり、男女ともに気に入った人の名前をカードに記入する。それを進行役が集める。そして、カップル成立の発表の時がきた。司会が前に進み出る。

「それでは発表します。新垣虎さん、木下あんりさん、おめでとうございます。戸塚健太郎さん、若杉しずくさん、おめでとうございます」

 園田は固唾を飲んで待つ。

「それから、園田騎士さん、段田莉央さん、おめでとうございます。カップル成立は以上の方々です」

 司会の言葉を園田の脳が認識するまで数秒を要した。普段、感情を表に出さない園田が叫んだ。

「やったー」

 パーティー会場を出てから、園田と段田は近くのレストランで食事をしたのだが、園田はそこまでどうやって行ったのか、そこで何を食べてどういうことを話したのか、後になってもよく思い出せなかった。彼女の候補ができたという嬉しさでいっぱいで、舞い上がっていた。2人は連絡先を交換してその日は別れた。

 恋愛に関しては奥手で、今までこれといった恋愛経験をしてこなかった。それがどうしたわけか園田自身にも不思議だったが、今回は積極的だった。こまめに連絡を取り合って近況を報告しあったり、食事に誘ったりした。いっしょに水族館や遊園地に遊びに行ったり、ショッピングを楽しんだりした。

 そうして半年がたった頃、園田は決心した。莉央と結婚しよう。プロポーズの場所は自宅近くの河川敷に決めた。もっとロマンチックな場所も考えたが、莉央と何度もいっしょに歩いて、いろいろ語り合った河川敷の方がプロポーズしやすいと思った。

 お互いの仕事が終わって、莉央を河川敷に呼んだ。緊張するかと思っていたが、平静な気持ちだった。プロポーズの言葉は事前に決めてはいなかった。会話の流れで言おうと思っていた。

「そういえば、オレたちが出会ってからもう半年か」

「もうそんなになるんだっけ、なんかあっという間」

「この半年はオレの人生で一番楽しかった」園田は立ち止って、莉央の方を向いた。

「わたしも」

「これからも莉央と楽しく過ごしたいんだ。莉央、結婚しよう」

 莉央の返事を聞くまで時間が止まったような感覚だった。川の流れも道行く人も。鳥たちも。そして莉央の口もとを見つめる。

「はい」

 結婚生活は幸福そのものだった。なにか特別なことがあるわけではないが、心は満ち足りていた。園田はこの幸せがずっと続けばいいと思った。しかし、園田のその願いは間もなく打ち砕かれることになった。


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