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The end of 校長~フィリピンからの年賀状~

作者: 阿漕悟肋

「――はい。

 えー、みなさんがこうやって静かになるまで、20秒19ほどかかりました。ちなみに、この間の世界陸上でウサイン・ボルトが出した200mの世界記録が19秒19です。みなさんがおしゃべりを楽しんでいる間に、ボルトは校庭のトラックを一周してさらに一秒、ガッツポーズをとる余裕があったわけです。みなさんがどれだけのんびりしていたのかよくわかります。

 さて、すでにみなさんご存じだとは思いますが、三年A組の三島栄子さんは現在、おなかの中に新しい命を抱えています。妊娠三か月目に入りました。

 ――はい。

 18秒23でしたね。ボルトより早かった。

 みなさんいろんなことを考えるとは思いますが、まずはお祝いしましょう。

 昨今、日本では少子化への対策が喫緊の課題になっておりますが、一方で未成年の妊娠を攻めもする。おかしなことになっております。ですのでまずは、お祝いしてあげてください。

 三島栄子さんは、出産を望まれております。既に相手方とは婚約を済ませ、卒業後に結婚されるそうです。

 先生は教師になって三十年以上たちますが、生徒が妊娠したのはこれが二回目になります。一回目の時、その子は堕胎の後、停学、自ら学校を去ってしまいました。

 その時、先生は平の、担任も務められない一教師でした。だからその子を守れなかった。

 けど、今の先生は校長です。権力と言うものがあります。

 三島栄子さんが無事お子さんを出産し、卒業式に出席するまで、全力でサポートしたい。そう決意した次第であります。

 みなさんもどうぞ、三島栄子さんとそのお子さんのために、協力をお願いします。

 ――はい。

 そこの、丸坊主にしたキミ。野球部かな?

 田島先生、その子の名前を教えてください。

 田村充君。

 なるほど。

 田村君、今なんて言いましたか。

 先生聞いてましたよ。キミは今、アイツヤッたのかよ、って言いました。先生の補聴器は性能がいいです。

 田村君、キミの誕生日はいつですか。はい、十月二十二日。なるほど。

 みなさん、田村君のご両親が一月下旬にセックスをして、その結果産まれたのが田村充君です。

 ――はい。

 みなさん、なんで今笑ったんですか?

 先生がセックスって言ったからでしょうか。

 先生は今朝もセックスしました。二回です。

 みなさんに再婚をご報告して三か月がたちますが、毎日ハッピーです。

 また笑いましたね。

 いいですか。

 他人のセックスを笑う権利は誰にもありません。

 両者が合意し、また著しく適法性を欠く場合を除いて、セックスは自由であるべきなのです。

 うん。ちょっと違いますね。

 フリーセックスではないです。

 もうちょっと真面目に聞いてください。今、とても大事な話をしています。

 はい。

 でしたら、先生がセックスと言ったか分かるはずですね?

 じゃあ、そこの君。

 惜しい。

 先生は六回、セックスといいました。これで七回目です。

 話を戻しますが――三島栄子さんのことをからかったり、侮辱した人は、次の朝礼で田村君と同じ目に遭って貰います。女の子でも容赦はしませんので、どうぞよろしくお願いします。

 さて、みなさんも、いきなり周りの人が妊娠していると聞かされて困惑していることだと思います。そのため、倫理の授業において、いくつかのプログラムを用意しました。今後は授業内容に従って――」

 いくつかの細々とした注意事項を並べたあと、校長先生は壇上から降りて行った。

 僕たち生徒が迂闊に誕生日を祝えなくなったこの事件――通称、校長先生セックス演説事件は、その後さらなる面倒を呼び寄せることになる。

 生徒が携帯で撮影していた動画がニコニコ動画にアップされて話題を呼び、校長先生はフリー素材として大活躍、それを問題視した県の教育委員会によって校長の職を辞することになった。

 それでも――三島栄子さんが無事お子さんを出産し、そんな彼女に卒業証書を渡すまで、先生は校長の椅子にしがみついたのである。

 同窓会が開かれるたびに鉄板ネタとして語り継がれるこの事件を、何故いまさら語りだしたのかと聞かれれば――件の先生から、年賀状が届いたからである。

 夕日に染まった小さな学校を背景に、先生と七人の子ども、そして奥さん(すげぇ美人)が映った写真がプリントされた年賀状だ。

 事件後、先生は奥さんの故郷であるフィリピンに渡り、そこで小さな学校を開いたらしい。

 校長先生は、海の向こうでも校長先生をやっているようだ。

 らしいというか、なんというか。

 つい、笑ってしまう。

 もう正月には遅いけれど、確か戸棚の引き出しに、使い残しの年賀状が残っているはずだ。あとはカメラと、朝食を準備している妻にも声を掛けなくてはならない。

 そりゃあもう。

 妻のおなかにいる名前もまだない子どもを、僕は校長先生に紹介しなければならないからである。

 田村充という名前を、果たして校長は覚えているだろうか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 卒業しても校長先生と年賀状での挨拶が出来るって素敵ですよね 校長先生の教育者としての信念が真っ直ぐに?生徒であった主人公へ伝わっていたのがとても良かったです。 面白いです^_^
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