顎天使なんていないさ
これは、顎天使を綴る
畏敬とその姿を書き記した物である
【旧顎聖書】創世記1.1
初めに神は天地を創造された。
地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた
神は言われた。
『光あれ。』
こうして光があった。
神は光を見て、良しとされた。
この後、7日間を経て神は森羅万象、
遍くものを創造し、安息なされた。
そして、人間を含む数多の生物が
天地を住み分け、生活を始める最中
光もまた住み分け始めていた。
光は動き、光は照らし、光は進む。
光は影を取り、形を背後に生む。
始祖なる光は意を持ち、その分けた
光を神に象らせし【人】を真似た。
だが、その意は神ならず。
その力は神ならず。
不適切にも、顔と翼。
そして光臨を生やせし生き物へと
変容した。
これが後に呼ばれる《顎天使》と
いう超光学生命体である。
その速度は光の速度を優に超え、
最高速度で光速の3倍にも辿り着くと言われる。
後の人間界では、1849年にフィゾーがその顎天使説を提唱し、光を回転する歯車の谷による光の反射を利用して、回転速度と距離の比から、光の速度と比較して、顎天使の顎速を
93万9000km/sと測定した。
Dear.顎天使研究教授:東川
【第1話:顎天使なんていないよ】
『俺っ…!見たんだよ!!本当だって!!あご!!顎天使をこの目で見たんだよ!!』
『ご覧下さい!埼玉県にて顎天使を発見したという有力な映像がこちらになります!』
テレビの向こう側では、頭にハチマキを巻いた胡散臭そうな中年男性と、如何にも真面目そうに七三分けの髪型の男性ニュースキャスターが熱弁している。
『んまっ。』
母と僕は醤油味のせんべいを齧りながら、ニュースの映像を見続ける。
!???
何もないはずの森林地帯に、突如目を疑う人サイズの超輝光が一瞬通り過ぎ、数秒してから森林は暴風によって激しく揺れ始め、木の根っこを含む地盤から大きく捲れ上がり、それに応じて大地が爆散しはじめ、固定カメラの画像にはヒビが大きく入りつつ激しく画面が揺れてもう何も見えない。
そして、遂にニュースキャスターが感極まったのか、物凄く嬉しそうな表情でマイクを手にし、左手はワナワナと微動している。
『こっ…これが!!顎天使!!
やはり噂は真実だったのですね!』
プチッ
テレビを消す僕。
『こんなの有り得ない。またどっかのテレビ局がネタ不足故の合成CGとかで誤魔化して視聴率稼ぎでもしているんじゃない?』
僕は無表情で、その場を立ち上がり
2階にある自分の部屋へと歩みを進める。
僕が階段を上りきった音を聞いた後、母はこう呟く。
『子供なのに夢がないのねぇ。』
『顎天使か…。そんなのいるわけない。常識的に考えて。』
突発的な、人外による奇声。
『ッンパァァァァァァァァァアンン!!』
バリバリバリバリバリバリ!!!!
突如、外に通じる自分の部屋を境にする窓ガラスを割った上、そのまま直線上の部屋の壁を貫通し、その直線上のビルを全て通った光が在った。
とても綺麗な形に穴が空いている。
…いや、その表現は正しくはないだろう。
とても綺麗な形に、僕の部屋の壁は
溶けている。
『アゴアゴアゴアゴアアァイェェェアァァァァァァァァァァアゴアゴアゴアゴアアァ!!!!』
戻ってくる奇声
いや、遅れて通った奇声であった、
発信源のあまりの速さに音速がついてこれなかったのだ。
『ンヘィァァァア!!!』
突如、顎が激しくしゃくれたおじさんが、溶けた窓からジャンプで入ってくる。
『ねぇ…君。上位顎天使、んっと名前は…そう。東川を見なかったかね?』
あまりにも、その奇妙な外見に、
似つかわしくないトーンの声を
添えながら不法侵入してきた。
【つづく】