その九 ZONEの終わり。
「……え?」ボーイソプラノの声が夜の山に響く。
スベった。それも盛大に。相手は1人だけなのだがヒシヒシと伝わるこの敗北感。
それと同時に善人は気付いた。全てがおかしいと。
何故俺は封印を解こうとしていたんだ?
何故俺は妖怪と普通に話していたんだ?
何故俺は上半身裸で素振りをしていたんだ?
何故俺は心霊スポットに居るんだ?
何故スケチンに彼女が居るんだ?
一度気付いてしまうと、怒涛の様に謎が湧いてくる。
「帰ろ。」彼のゾーンが終わりを告げた。
そそくさと岩の方を振り返りもせずに山を下ろうとする善人。その背中には哀愁と少しばかりの切なさが垣間見える。
「今頃スケチンは彼女と電話でもしてんのかな。うぜぇな、絶対絶交だわ。チャリと鞄返してもらったら絶交だわ。」青春時代の友情とは簡単に崩れる物である。10年後の8月の約束など、もう忘れている。
「おいっ!どっちにいってんだよ!こっちだよこっち!おいらの封印を解いてくれるんじゃなかったのかよ⁉︎」祠の妖怪が声を荒げる。
完全に忘れていたのか、善人はあぁと振り返り事情を説明した。
「ごめん寒いからやっぱ帰るわ。」思春期の男子とは、時に人とは思えぬ冷酷さを見せる事がある。
じゃね。と両腕を摩りながら足早に去っていく善人。
それを見た妖怪が更に声を上げる。
「お願いだよ!おいら十分反省したのに、もうこんな狭いとこ嫌だよ!さっき助けてくれるって言ったじゃないか!ホントって言ったじゃないか〜〜うぅっ。」後半涙まじりで聞き取り辛かったが善人はハナから聞いていなかったので何の問題もなかった。しかし次の言葉が善人の足を止める。
「ぐずっ。そんなんだから女に好かれないんだよ!恋人なんかいないだろ!お前みたいな奴は一生裸で棒切れ振ってるのがお似合いだ!!」上げて落とされた妖怪の心はもうボロボロで、届かないと思ってヤケクソに放った言葉の矢が、深く若者の心を抉った。
「おい、岩。ちょっとツラ貸せよ。久々にキレちまったぜ。」