その八 じゃない方。
「さぶっ。」
神に捧げる素振り百本を終えた若者は寒さを思い出しそそくさと上着を着る。
そしてそこでふと我に帰る。
「ってかさっき声聞こえたよな。」先程はスター状態であった為野球の神と勘違いしたが、よく考えれば野球の神がこんな山奥にいるわけがない。いるとするならニューヨークかシカゴだろう。
「となると、やっぱりここは心霊スポットなのか。」ぐるりと回りを見るが人影はない。やはりあの大岩から声がするのだろう。意を決して呼びかける。
「なぁ、あんたは幽霊なのか?」単刀直入、何事もシンプルに真っ直ぐに、棒銀をこよなく愛する祖父の教え通りの質問。
すると大岩の方から声がする。
「違うよ、おいらは妖怪、それも大妖怪さ!凄いだろう?かっこいいだろう?」再び聞いてみると少年の様な声をしている。その余りの人懐っこさに緊張が解れる。
「そうか、そいつはすげぇな!いつから居るんだ?」もう小4の男子と喋るテンションの善人である。
「う~ん、もう300年ぐらい前になるかなぁ。ここに封印されるまでは楽しかったよ。」昔を懐かしむ様に大岩は言う。
「なるほど、お前昔は何してたんだ?ってか封印される様な悪い事したのか?」少しだけ不憫に思った善人が尋ねる。
すると大岩は少し考えて話した。「う~ん、悪さって言ったらなぁ〜。ちよバァの家の干し柿を全部食べたり、泥の船を作って人間をビックリさせたり。いろいろしたなぁ。あっ、殿様を脱糞させた事もあったよ!あれはホントに面白かった!」
「あれ本当の話だったのかよ!!」思わず大声を出す善人。
「あ、アレそんなに有名なの?やっぱり!おいらもスゴイと思ったもん!」無邪気にキャッキャと笑う大岩、ビジュアルと声のギャップが酷いが、この空間では誰も違和感を覚えない。本人は気づいていないが、善人はまだゾーンに入っている。
「これはマジでスゲェ奴に会ってるのかもな、俺ワクワクして来たぜ。」有名人に会った時の様に胸が高鳴る。余談だが、善人の会った事のある有名人とは、地元小木川市のテレビ局オギオギテレビのアナウンサーだけである。
「ってか、お前どうして助けてくれとか、出してくれとか言わないんだ?」そう言えばと事前知識にあった言葉が出ない為聞いてみる善人。
「あ~、もう言うのを止めたんだ。言っても誰も出してくれないし、喉痛めるだけだし。」しょうがないよね、と悲しげに語る大岩。
「そうか、お前喉あったんだな。丁度のど飴持ってるしやるよ。」名前の通り心優しい善人。天使に連れてかれる少年並みに心が清い。
「ありがとう、でも封印が解けないと物が食べられないんだ。おいらは妖怪だから何も食べなくても死にはしないんだけど、お腹は減るし退屈で死にそうだよ。」すっかり諦めた声色で話す大岩。
それを聞いた善人は良心が痛みついこう声を掛けた。
「その封印俺が解いてやるよ!それで一緒にのど飴食べようぜ!」
彼の表裏ないこの言葉に心が動いたのか、大岩が返す。
「ホントなのか?ホントにおいらをここから出してくれるのか?」
大岩の半信半疑な返答に力強く返す善人。
「あぁ!本当さ!今すぐその封印を解いてやる!何処にいるんだ?」
立ち上がり岩の周辺をキョロキョロの見渡す。
「この大岩の裏にある祠だぞ!」
「いや大岩が本体じゃないんか~い!」