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妖怪フルスイング  作者: パプリカ伯爵
7/17

その七 善は急げ。

大森村には有名な心霊スポットがある。田舎にありがちなものだがここは300年以上昔の江戸時代からある由緒正しい心霊スポットなのだ。


そんな場所に向かう1人の若者。身長は170の半ばでマウンテンパーカを来た普通の男子高校生がバット片手に山道を歩く。山伏のように堂々と突き進むその若者のは、


「やっぱ勇気って言ったらここだよな。」善人である。


その顔はどこか清々しく、心霊スポットに向かうのにむしろ晴れ晴れとした表情で山頂へと足を進める。バットは恐らく護身用の物なのだろう。浅はかだ。だがそれが良い。若さとはそう言う物だ。


「え~っと、確かこの辺に大っきな岩があるんだよな~。」やはり少しだけ怖いのか、独り言を呟きながら奥へ奥へと歩く善人。


彼が目指している心霊スポットは嘆きの大岩と呼ばれる物だ。山頂付近に大岩があり、その大岩から「出してくれ。」「助けてくれ。」「濃いめの茶をくれ。」と声が聞こえてくる。古くは大森城の殿様もこの声を聞いて脱糞し、家臣からイジられてちょっと仲良くなったとの伝承がある恐ろしい場所。


こんな所に来るのは肝試しをする中学生か、彼女に良いとこを見せたいカップルぐらいである。


「おっ!!あったあった!」

そんなこんなで大岩にたどり着いた善人。少しだけ重心がいつもより後ろ寄りだが、本人は気づかない。


とりあえず来てみたは良いが声も聞こえないので近くの切り株に座る。とにかく声を聞かないと何も始まらないので待つ事にする。待つ事はそこまで嫌いじゃない。そんな善人なのである。


10分経過。


「少し寒いな。」


30分経過。


「やっぱり寒いな。」


1時間経過。


「逆に暑いわ!!」いきなり服を脱ぎだす善人。上半身裸になり素振りを始めた。


「っしゃあ!!今日は何だかバットのノリが良いぜ!!!」人は他人の目が無いと分かった時通常では理解できない言動をする事が良くあるらしい。加えてこの寒空の中、心霊スポットに1時間も居るのだ、これは彼のせいでは無く人間の性質ではなかろうか。


暗闇の山頂で、木の棒が虚空を斬る音だけが響く。


「はちじゅうに!はちじゅうさん!はちじゅうすぅぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」彼を止めるものはもう、何も無い。研ぎ澄まされていくスウィング、磨かれていく技術、血湧き肉躍る体。ゾーンに入った彼は現役時代でも数回あったかと言うほどの自己ベストのスウィングをしていた。


楽しい。未だかつてこれほど良いスウィングが出来た事があったか。否、なかろう。そうなれば今、この時この瞬間が自分の最高到達点。そう考え一振り一振りに彼は魂を込める。


すると野球に対する真摯な想いが伝わったのか何処からか声がする。


「お前、いい振りしてるな!おいら驚いたよ!裸なのはよく分からないけど、頑張れよ!!」


神か、バッティングの神が舞い降りたのか。奇しくも野球を辞めて2年後に出会うとは。いや、何も言うまい。今ここで神に会えた。それだけで無く励ましの言葉まで貰えた。それで十分じゃないか。心の中でそう納得し、彼は残りの魂を振り絞る様にバットを振り続ける。


「きゅうじゅうはち!きゅうじゅうきゅ!ひゃくぅぅぅぅぅぃぃぃぃいああああああ!!!!!!」

彼は今、世界で最も天国(ヘブン)に近い。

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