その六 勇気ある者。
「女心を教えて欲しい……?」
千鶴の口からは困惑の色が見える。
瞬時に彼女は頭を回す。これはどういう事だろうか、今まで沢山突拍子も無い言動を聞いてきたがこんな在り来たりな質問は初めてだ。これは善人が女の子に興味を持ったという事なのか。いや、違う。この男がそんな普通な事を考える訳がない。落ち着け、自分。疑え、自分。何度も騙されてきたじゃないか、一見普通の事のようで全く違う彼の言動にいつも振り回されてきたのはどこのどいつだい?私だー!!!
「どうしてそんな事を聞くのよ!!」もう既に歯はガチガチと震え、背筋が凍るような寒さを感じる千鶴。
「いや、何て言うか、その、いや~、ははは。」そんな幼馴染の心情はつゆ知らず恥ずかしげに頭をかきながら言葉を濁す善人。
その全てが初遭遇で頭がパンクしそうな中、千鶴は常識と言う名のリミッターをフライアウェイし、一つの答えを見つけ出す。
そうか、ゼンは女の子になりたいんだ。
ーー この時、1人の少女の脳が爆ぜた。ーー
プスプスと音を立てる様にショートしている千鶴を見ずに善人が続ける。
「ほら、俺ももう高2だし、そろそろ彼女が欲しいんだよ。でも好きな人とかいねぇし。でもスケチンには彼女出来たし。でも女心とかそう言うの全く分からねぇし。だから、モテる男になりてぇんだよ。」
でもでもとモジモジしながら善人が話すが今の千鶴には九割聞こえていない。
俺……高2……そろそろ……女……なりたい。
彼女の脳に入ってくる情報を読み解いても答えは先程と同じ、そう、彼は女の子になりたかったのだ。
なぜ自分は彼の本心に気づいてあげられなかったのだろうか、家族のように長い時間一緒に居て、色んな悩みを打ち明けあったのに。肝心な部分を何にも分かってあげられなかった。
もしや自分の実家が神社であるせいで良い辛かったのかと思うと、もはや父親を恨む勢いで落ち込む千鶴。
「~~なんだよ。だからさ、女子から見て男子をカッコ良いって思う瞬間ってどういう時なのかなって思って。」善人がテヘッと効果音でもつきそうな表情で話し合えるとそこには心ここに在らずと言った顔の幼馴染。
「おいっ、聞いてんのかよチヅ!」トンっとテーブルを軽く叩いて注意する善人。
「えっ、ごめんごめんなんだったっけ?」宇宙旅行から帰って来た千鶴はもう現実を受け入れようと覚悟を決めた表情をしていた。
「だーかーら、女子が男をカッコ良いと思うのはどんな時かって聞いてんだよ。」二杯目のカレーを食べ終えた彼が流しに食器を持って行きながら言う。
そうなのねゼン。女の子になる為に、まず女の子の心から始めよう、そう言う事なのね。千鶴は心の中で頷く。もう迷いは無い、初恋の人兼大親友である彼のサポートがしたい。その心だけが今の彼女を突き動かす。
「う~ん、私はやっぱり勇気がある人が良いわ。弱虫な男はかっこ悪いし、誰もが尻込みするような場面で前に出れる人は凄くカッコ良いわ。」
そう、そして自分の悩みを打ち明ける勇気を持ってるアンタは、心が女の子だとしてもすっごくカッコ良いよ。涙ながらに心の中で呟く千鶴。
「勇気か~、そう言えばスケチンも爺ちゃんも同じ事言ってたな。なるほど。これは良い事聞いたぜ。」
「それなら良かったわ。こんな事しか言えないけど、私に出来ることがあったら何でも言いなさいよ!!」満面の笑顔で親友を送り出す千鶴。彼女は一つ、少女から大人の女性に成長したのだ。