その十七 5番、サード、今井くん。
再び茶釜と札を見て、善人は退魔の力と言うものがあるのなら、権兵衛を閉じ込めていたこの茶釜と札にはその力があるのでは無いか、そう閃いた。
「ビンゴ。」
その思惑は当たった様で、土蜘蛛は周囲の木々を倒しながら悶え苦しんでいる。
さっき投げた茶釜には札が全て外されてあったが、何とかダメージを与えたみたいなので善人は自分の考えに確信を得ながら次の案を実行する。
「小学校以来だな、ピッチャーやんの。」丁度マウンドの様に小高くなっている場所に立ち、善人が呟く。右手にはこぶし大の石を握っている。
よく見るとその石には何やら紙切れが張り付いている。
土蜘蛛の方は痛みが少し引いたのか、体勢を整え、こちらの様子を伺っている。善人を食料ではなく敵と認めたのであろう、隙の出来やすい糸ではなく突進で勝負を決めようとしている。
「キシャーーー!!」満を持して土蜘蛛が歩みを始めようとした次の瞬間。
パァアン!!
土蜘蛛の体から強烈な破裂音がした。
先程の茶釜よりも威力があった様で体が大きく後方へと仰け反る。
「ダブルビンゴ。」冷静に呟く善人。その右手にはまた、紙切れの巻かれた石を握っている。
札に何か強い力がある事は最初から想像できた。だがそれを土蜘蛛に当てる方法が見つからず、半ばヤケに石に巻きつけ縛ろうとした時に不思議な現象が起こった。
張り付いたのだ、札が石に。これならばと近くにあった石を五つほど見繕い、マウンテンパーカーのポケットに入れて持ってきていた。
「キシャーーー!!!!!!」今までで1番の絶叫を上げ、土蜘蛛が動き出す。
「うっわ、マジギレしたよ蜘蛛山くん!!ってか今まで忘れてたけどアイツ超怖ぇえ!!!」ついさっきまでの堂々とした態度はどこに行ったのか、全力で権兵衛から離れながら、下り方向に向かって走り出す善人。
「キシャーーー!!!シャッシャッ!!」
見渡す限りの木々を薙ぎ倒しながら善人に迫る土蜘蛛。
「やっべぇ、やべぇよ!ムッチャ怖えよ!ノリでいけるかと思ったけどやっぱ怖えよ!!」
ジグザグに走りながら隙を見て石を投げる。
「キシャ!シャー!!」速度が出ていなかったのか、痛みに声を上げながらも更にスピードを上げる土蜘蛛。
「マジかもう効かねえのかよ!!!」
もう一投試しに投げてみるが、結果は先程と同じで土蜘蛛の勢いは衰えない。
ヒュゴォォオ!!!!
唐突に土蜘蛛が飛び上がり、善人に突撃した。
「うぁああ!!!」大岩にぶつかる善人。
バキバキと不気味な音を立て骨が軋む。
ドサッ。
地面に背中から倒れ、ポケットから石が溢れる。
「キシャシャシャ!!!」攻撃が当たったのが余程嬉しいのか、前足を振り上げ叫ぶ土蜘蛛。
「ゲホッ、オエッ。」血を吐き出しながら大岩の後ろに這いずりながら進む善人。
ダメ押しに折れた大木を投げつける土蜘蛛。
ドスン!!!
大きな音を立て土が舞い上がり、周囲にもくもくと土煙が立つ。
「キシャーーー!!!!」今度こそ息の根を止めたと、土蜘蛛は後ろ足だけを残して立ち上がり勝鬨を上げる。
その叫び声だけが森に響き渡り、すぐに静寂が訪れる。
「キシャシャシャ!」自分の獲物の死骸を見たいのか、未だ土煙が残る大岩にゆっくりと近づいていく土蜘蛛。
ブン!!!!!
「キシャ⁉︎」
静かな山に、鋭いバットの音が響く。土煙が一気にはれる。
そこには金髪の男が立っていた。
目の前で倒したはずの自分のエサが、まだ生きている事に思わずたじろぐ土蜘蛛。そしてそのエサが呟く。
「ピッチャーびびってる、へいへいへい。」
その手には木製バットが握られ、また目は、鋭く目の前の土蜘蛛を睨んでいる。