その十 走れ、ヨシト。
ヨシトは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の妖怪を除かなければならぬと決意した。ヨシトには恋愛がわからぬ。ヨシトは、村の高校生である。ゲームをし、野球をして暮して来た。けれども異性に対しては、人一倍に敏感であった。きょう夕頃ヨシトは村を出発し、ドラマの誘惑を越え山越え、半里はなれた此の嘆きの大岩にやって来た。ヨシトには恋人も、好きな人も無い。よもや女房など無い。四十二の、勝気な母と二人暮しだ。この母は、村の或る病院で昼夜問わず働いている。ヨシトは、それゆえ、日頃はゲームや将棋、最近免許を取ったバイクでぶらぶら走った。ヨシトには竹馬の友があった。スケチンである。今は此の大森の村で、同じく男子高校生をしている。それは良いが、スケチンには彼女がいる。その友と、これから絶交するつもりなのだ。今日も会ったのだから、顔も見たくないのである。話しているうちにヨシトは、大岩を怪しく思った。ムッチャ喋る。もう既に日も落ちて、山の暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、大岩が、やけに喋る。のんきなヨシトも、だんだん不快になって来た。最初は気持ちよく、何かあったのか、300年前に何をしたのか、どんな悪い事をしたのか質問した。大岩は、正直に、可愛い声で話した。しばらく話してふと気づき、何故大岩と話す必要があるのか疑問に思った。そして、大岩の事は忘れて帰ることにした。ヨシトは両腕を摩り自分のからだをゆすぶって暖かくしながら歩いていた。大岩は、あたりをはばからず高声で、思いっきり叫んだ。
「お前、モテないだろ。」と。
「テメェ、言って良い事と悪い事も分からねえかこのクソ岩!!!」
スーパー大森人になった善人は寒さも忘れ大岩の方向にダッシュする。
「ずずっ。なっ、何だ!本当の事言って、何も悪い事はないんだぞ!」まだ涙声だが、反応してくれた事が嬉しいのか先ほどより少し明るい声で妖怪は言う。
その声が届く頃には既に、襲撃者は大岩の裏に回り祠の前に立っていた。
「あぁ、良いだろ、封印を解いてやるよ!封印解いた後に俺が直々に殺してやるよ!!!」パワーアップしたゼンが強引に祠の扉を蹴り開ける。
説明しよう、スーパー大森人状態とは大森村に昔から住む人間が物凄く怒った時になる。むっちゃ荒々しくなって若干痛みを忘れさせてくれる状態だ。小木川市大森村ではこう言うが、世間一般的に言うとマジギレ。2014年風に言うならば激おこプンプン丸だ。
ドコォッと言う音とともに扉が半壊し、中の茶釜が露わになる。明らかに何かがありそうな、大量に札が貼られた茶釜は不気味である。しかし今の善人には対した敵ではない。
「ちょっと、祠を壊さないでよ⁉︎思い入れもあるのに!」妖怪の非難の声は若者に届かない。
「ほう、ここにテメェが居るのか、今の内に神にでも祈っとくんだな。妖怪を助けてくれる神が居るならな!!!」
いつもより3つほどキーの高い大声を上げながら、茶釜に貼り付けてある大量の札を強引に全て外していく善人。熟練のパートタイマーのように、無駄なく、素早く。
「今からテメェの命のカウントダウン開始だ。3秒数えた後直ぐに殺すからその間に泣き喚け!!!ハハハハッ。」現実に魔王が居るのならこのように邪智暴虐な物言いをするのだろう。
「封印解いてくれるのは嬉しいけど、ちょっと怖いなぁ。おいらそんなに悪い事言ったかなぁ?」聞こえないと分かっていながらも妖怪は話す。
「さ〜ん」茶釜に手を掛ける。
「に〜」バットを強く握る。
「い〜〜〜〜〜〜〜〜」目が血走り狙いを定める。
「ち!!!!」開けた瞬間に善人の身体は吹き飛び、大岩に打ち付けられた。