おにぎり
☆
病室に入る前…私はいつも立ち止まってしまう。
なんだか少し憂鬱で…どこか怖い。
心を落ち着かせるように、静かに息を吐くと、私は笑顔を作る。
「お母さん、具合どう?」
本を読んでいた母が私に気づき顔をあげた。
「平気よ…ありがとう、紗香」
そう言って母は笑った。久々に向けられた笑顔がすごく嬉しい。今回の薬は副作用もそれほどなく、落ち着いてきている。
★
「なぁ、なんかあった?」
「別に、何にもないよ」
隣の奴との短い会話。けど、声の感じがいつもより柔らかい。つらそうな顔…泣き顔…最近そんな顔ばかりだったから、どこかほっとする。
「広瀬、立花が呼んでる」
宮木に声をかけられ、廊下側を見ると怖い顔で夏希が手招きしてる。
「何?中入ってきてもよかったのに…」
うわぁ…なんかすっげ嫌な予感する…
「昨日のあれ、何?マコすごくショック受けてあの後、泣いちゃったんだからね」
夏希は俺をにらみつける。
「何ってさ…いや、まんまだけど…」
少しはマコへの牽制もなかったと言えば、正直嘘になる。けど、マコへ気持ちはない。
「ヒナさ…望月さんとは絶対付き合えないよ、彼氏いるもん。マコはさ…最初会った時からヒナのこと好きだったんだよ」
……。
「マコがさ…言われたわけじゃないからよく分かんねぇけど、俺のことマジで好きだったとしても…俺ん中では『友達』なんだよな…気持ちは嬉しいけどさ…」
「好きにはなれない?」
小さくため息をつくと、夏希が改めて聞いてくる。
「なれない。なろうと思ってなれるもんじゃねぇしな。それに、そんなさ…気持ち変えられるもんじゃなくて…お前だって陸が気づくまでずっと想ってただろ?」
「私は…そうだけどさ…でも…」
「とりあえず、そういうことだから。じゃあな」
夏希はまだ納得できない様子だったが、変わらないもんはどうしたって変わらないわけで…
★
席に戻ると、望月と宮木は笑い合っていた。
「あ、戻ってきた。立花怖い顔してたけど、お前なんかしたの?」
宮木がそんなこと言うから、望月は心配そうに俺を見る。
「いや、別になんもねぇよ」
言えるわけねぇしな…
「そっか…。あ…望月、俺そこ案内しようか?」
「え?でも…宮木くん迷惑じゃない?」
宮木からの誘いに驚いた様子の望月。
「いや、全然…」
宮木が笑うと、つられて彼女も笑った。
チャイムが鳴り…慌てて宮木は席に戻る。
全然話が見えねぇんだけど…こいつも嬉しそうだしさ。何?宮木…もしかしてお前もそういうことか?
☆
広瀬くんを呼びに来た宮木くん…そのまま話しかけられた。
「そういや、前にもらったドロップうまかった」
彼の言葉に私は舞い上がってしまう。
喜んでもらえてよかった…誰かと大違いの反応。
「広瀬くんは…あんまだったみたいなんだけどね」
「広瀬?あぁ…あいつ甘いの苦手だからな…」
苦手?そうだったんだ…私気づかずにあげちゃってた。それに、こんぺいとうにゼリーまで…。
……。
「あのさ…広瀬くんの好きな物って、宮木くん分かる?」
「広瀬の好きなもん?食いもんで?ん…なんだろな…俺、最近つるむようになったからさ」
きらきらは前にうざいって言われたし…
この間助けてくれたお礼…分からないんだ。
「あいつは甘いもん以外はなんでも食うな。大食いだし。あ…そういや…最近あいつ、おにぎりしょっちゅう食ってるわ」
「おに…ぎり?」
なんか意外なもの…
「あぁ、駅の裏側…国道沿いに歩いてって、橋渡ったとこの信号…」
なんだか道が全然浮かんでこない…
こっちに来てから、学校と家、病院の往復だけだったからな…。
私の反応がないことに、宮木くんは気づく。
「そういや望月、高校になって引っ越してきたんだもんな。そこ、おにぎりの種類が半端なくて、広瀬は全部制覇する気でさ。唐揚げとか、ハンバーグ、ウインナーとか入ってんだ…なんでもあり。」
「へぇ、すごいね…」
なんだか、面白そうなお店…。
☆
それから2日後…知らない道を宮木くんと並んで歩く。駅の裏ってこんなに静かなんだ…人もまばらだ。
「望月はなんでこっちに引っ越してきたの?転勤とか?」
……。なんて言えばいいのかな…迷う。
「家庭の事情で…」
「あ…悪い、変なこと聞いたな、俺」
「ううん」
……。
「家庭の事情って言えば、俺んち小さい頃両親離婚してんだよな、父親の顔俺覚えてねぇし…」
「宮木くんも?」
思わず驚きで声を出してしまう。
「あ…望月もか…ちょっとそうかなって思った…悪い」
「ううん」
「あ…ここ、この細い道入ってくから」
周りは田んぼだ…案内してもらわなかったら分からない場所に入っていく。
☆
駅からはずれたとこにあるけど、新しくてお洒落な内装の店だった。一瞬ケーキとか出てきそうな感じ…でも、ガラスケースに並んでるのおにぎりで、なんか斬新。
結局おにぎりを2つ買うことにした。
きんぴらと無難に鮭…。
お母さん和食好きだったから…
食べれるといいな。
また笑顔見たい。
広瀬くんのお礼は明日の朝、登校前に買うことにした。明日は母親の退院の日…だからお昼頃から登校する。
☆
駅のホーム…ベンチに座り電車を待つ。
「あの…今日ありがとね」
「たいしたことしてないって」
そう言って彼は笑う。宮木くんの雰囲気は柔らかい…言葉も表情も。だからかなんか安心する。
私が話すのを待ってくれたり…沈黙があると話しかけてくれてるのが、分かった。
★
なんかな…
望月と宮木…どっか一緒に行く約束してっし…
「なぁ…宮木とどっか行くの?」
「あ…うん、そう」
いや…俺そんなん聞きたいんじゃなくてさ…
もっとさ…
違う。俺前に、これでこいつのこと傷つけて泣かせてんだよな。勝手にイラついてさ…もうあんなことはしたくない。
「なんか、楽しそうだな…よかったな」
俺は笑った。
★
隣を向くと…窓の外がいつもよりはっきり見える。
今日は雲全然ねぇな…すっげ青天。
あいつ…もうすぐ来んのかな。
用事で午後から来るって担任は言ってたけど…用事ってなんか気になんだよな…。
午前の授業が終了する頃、彼女は登校してきた。
「はよっ」
「…おはよ」
「ってもう午後だけどな…」
あ…絶対なんかあったな…こいつ。
また何にも言わねぇし…耳は今会話したから聞こえてるか。
「お前なんかあったろ…暗すぎだし」
……。
「別に…なにもな…」
「なくねぇよな」
望月の言葉を俺は遮る。
「お前ムリばっかすっからな…」
……。
「広瀬くん、そうだこれあげる」
机に置かれたのは見覚えのある袋…
それは最近俺がはまっている店のやつで…
「これくれんの?なんで?」
「助けてくれたお礼。私…広瀬くん甘いの苦手って知らなくて…、このお店、宮木くんが教えてくれたの」
あ…そっか、こないだの一緒にって、これ買うのにってことか。
なんだ…俺すっげバカじゃん。そっか…。
「望月…飯食ってから来た?」
「食べてないけど…?」
「じゃ…一緒に食わね?」
「……うん。けど陸くんたちはいいの?」
「あぁ、別にあいつら付き合ってるし、たまには2人でもいいんじゃね」
「……うん」
☆
今日は屋上まだ誰もいない…。
だから…すごく緊張してしまう。
広瀬くん、私と食べて楽しいのかな…
ちらっと、彼の様子を見たんだけど。
「なに?」
「あ…ううん、人いないね今日」
「そうだな、けど静かでいいよな」
コンクリートの段差に彼はどかっと座る。
気まずい…少し離れたとこに私は座り、コーヒー牛乳にストローをさす。
彼は私があげたおにぎりを食べ始める。
唐揚げとカレーチーズ…
「なに?見られてっと食べずらいんだけど」
「ごめん…あの…おいしい?」
彼が喜んでくれているか心配になる。
「これ?あぁ、すっげうまい」
無邪気に笑う広瀬くん。
「そっか、よかった…」
教えてくれた宮木くんのおかげだ。よかった。
★
「なぁ、お前が元気ないの俺気になんだけど、やっぱ聞くのってまずい?」
ほんとは触れられたくないことってあるだろうから、聞かない方がいいかって思った。
けどさ…歩みよらないと何も変わんねぇ気がすんだよな。こいつのこと俺知らないまま。
「……お母さん、今日退院したんだ」
退院?入院してたことすら知らなかったな、俺。
「母親どっか悪かったのか?」
「ん…なんなんだろね、気持ちが少し不安定なんだ。前に広瀬くんがうちに来てくれた時も…感情的で」
それっきり、望月は黙ってしまった。
あの時、確かに初めて見た彼女の母親には、どこか近寄りがたい雰囲気があった。
近くにいるはずなのに、会話もしてるのに…感情はなくてどこか遠くにいるように感じた。
物が割れる音もした…
暗い部屋で震えていた彼女の姿を思い出す。
どんな気持ちで望月はあの家にいるんだろう。
「なぁ、望月…一人で泣くなよ」
「泣かないよ」
顔をあげ、俺を見る。
何度かつらそうな顔や泣き顔も見たことあるけど…こういう時のこいつの無理に笑った顔を見るとたまらなくなる。
「俺にできることあればいいんだけどな…」
自分で言ってむなしくなる。何もわかんねぇのに踏み込まれるのってやっぱ嫌だよな…。偽善…
けど…望月が見せたのは意外な表情で
「うん…いつも助けてもらってるよ、私」
今度はふわふわな顔で笑った。




