drop
☆
びーだま
ドロップ
ラムネのびん…
木漏れ日
水面
しゃぼんだま。
『きらきら』は、幸せをくれる。
★
隣の席の奴はまた、空をぼんやり眺めている。
望月紗香…
初めて一緒のクラスになったけど、
話したことはない。
俺も別に話すこともねぇし
こいつも俺に話しかけたりしない。
☆
今…雲の切れ間から太陽の光だけが見える。
きらきらだ…。
きれい…。きれいなのに…なんでこんな気持ちになるんだろ。
★
クラス替えから1ヶ月が過ぎた…
「ヒナ、ついてないよな、高2になってすぐ望月と席となりなんてさ…」
帰り道…陸が俺に同情する。陸は1年時彼女と一緒のクラスだった。
「なんかあいつあんの?」
「いや…話かけてもたいてい無視されるし、なんかツンとしてんの。人を下に見てるっつーかさ、ガキの俺らの話なんてつまんねぇんじゃねぇの」
なんかすげぇ分かる気がする。
興味のなさそうな目、どうでもいいって感じ。
★
「広瀬、立花が呼んでる」
宮木に声をかけられた。
宮木晴…『晴』とかいて…"はる"
初めて一緒のクラスになって、最近つるむようになった。口数があんま多くなくて…静かな奴。
バカで単純ですっげ落ち着きのない陸とは、正反対のタイプだな。
けど…晴のつくる雰囲気はそれはそれで、居心地がいい。
廊下側に視線を移すと、立花夏希が顔をのぞかせた。夏希は陸の幼なじみだ。陸を通して俺もわりと仲良くなった。
「ねぇ、今日みんなで遊ばない?マコも呼ぶから」
「あ…悪い、今日宮木たちと帰っから」
「ねぇ、ヒナじゃあ、夜メールしていい?」
彼女の大きな瞳が揺れる。
こういう風に甘えてくる、夏希を正直可愛いって思う。すっげ女の子って感じがする。守ってやりたくなるって感じ。
「あぁ…いいよ」
陸…早く気づけばいいのに…。
☆
男子の冷やかしの声が聞こえて、視線を移動させる。教室…入り口のドアんとこ、広瀬くんと…3組の立花さん。
立花さんは…美少女で有名だ。名前を覚えるのが苦手な私でも彼女のことは知っている。
栗色のサラサラな髪、長い手足に色白の肌…大きな瞳が彼を見つめている。
彼女もきらきらだ。
★
マジかよ…
今日あたんのに、教科書忘れた。
……。
「なぁ、望月」
しょうがなくあいつに話しかけてみる。
隣の奴はまるで俺がいないかのようにノートと黒板を交互に見ながらペンを動かしていた。
返事はない…。
シカトかよ。
「なぁ、呼んでんだから返事ぐらいしろよ」
こっちを見ようともしない。
頭にきて、俺はペンを動かしている腕をつかんだ。
!?
何?
なんだ?こいつ…つかんだ腕震えてる。
彼女は驚いた瞳で俺を見る。
「何?」
何?じゃねぇし…話かけんなってことか。
こいつマジ性格悪い。
話すことがめんどくさくなった。
「いや、別に…」
俺は望月の手を離した。
★
駅のホーム
あいつはイヤホンをつけベンチに座ってる。
すかしたかんじ。
腰までありそうなふわふわな髪は、人が行き交うホームの中…どこか目立っていた。
けど…なんか、様子変じゃね?
「広瀬…どした?」
宮木は気づいていない。立ち止まった俺に、不思議そうに声をかける。
別に関係ねぇし…
踏切の音がなり、電車がやって来る。
あいつだって、あれに乗るはずなのに、動こうとはしない。
「おい、行くぞ」
俺たちは電車の方へ向かって歩きだそうとするけど
……。
「宮木…すぐ行くから、先乗ってて」
なんなんだよ、マジでさ…。
★
なぜか、望月の前にいる俺。
「お前なんか具合悪い?」
「平気…たいしたことないから」
望月は俺の方も見ずに淡々と答える。
拒否…また「話しかけんな」…か。
まぁ、別にどうでもいいけど、お前なんてさ。
☆
駅のホーム…まだ時間がある。ベンチに座り、イヤホンをつけるとまぶたを閉じる。
現実との遮断。
心地よい音楽が私の耳に流れる。
嫌なことは見ない。
でも…
ふっと浮かんできてしまった、両親の顔…そして先程まで心地よかった音楽に変わり、怒鳴り声が聞こえたような気がした。
あわてて目を開ける。
現実だ…。
キリッ…おなかを守るように押さえた。
胃がいたい…
さらに前かがみになった。
☆
突然私の視界に、見たことのある制服のズボン。
上を向くと…なぜか広瀬日向が立っていた。
「お前なんか具合悪い?」
『平気…たいしたことないから』
私は早く立ち去って欲しくて、いつもの口調で言う。
彼からため息がもれた。
「めんどくせぇ奴…」
そっちが勝手に話かけてきたんじゃない…
「…これ、開けてないから…。さっき買ったやつ…」
広瀬くんは、鞄からペットボトルをとりだすと、ベンチに置き、そのまま行ってしまった。
……。
電車が発車し、再び静まり帰ったホーム。
私はペットボトルに手を伸ばす…
それは、光をわずかに反射して…
きらきらしていた。
再び私は目をとじる。
ひんやりしたペットボトルを頬にあてながら…。
★
「広瀬くん、これ」
隣の奴から机に置かれたのは、缶に入ったドロップ。
ドロップ?
つか、初めてこいつに話しかけられた…かも。
「これ何?俺にくれんの?」
「昨日の水のお礼」
俺、甘いもんあんま食えねぇんだけど…
彼女の中で俺への会話は終了したのか、もう視線は窓の外だ。
ほんと、なんつーか変な奴。
俺は懐かしさがただようドロップ缶をあけて、出そうとする。
振りすぎたのか、大量にでてきて、手からドロップがこぼれ落ちた。
緑に黄色、そして桃色。
「あ…悪い」
一応もらったやつだから、落として罰が悪い。
さっきまで空を見ていたはずなのに…彼女の瞳はいつのまにか俺を見ている。
「なにやってんの?」
そして吹き出した。
「なぁ、俺こんなに食えねぇから、お前も食う?」
大きくなった、彼女の瞳がまた俺を見る。
そして…
たくさんのドロップ…
俺の手のひらから桃色のドロップを1つとると、口に入れた。
「おいしい…、ね」
最後に見せたのは、ふわふわな笑顔だった。
★
カシャカシャ音がなる
電車の中…
俺は橙のドロップを口に入れた。
甘い…。
☆
隣の席の広瀬くん。
短い黒髪をいつもたててる。
迷いがなく思ったことを口にする彼を…こわいって思う。私の守るものをどこか壊されそうで…話したくなかった。
なのに…
☆
お礼は一応した方がいいって思って
大好きなドロップをあげることにした。
彼の反応は…いまいちだったけど…
なんか…手のひらいっぱいにドロップで…
面白かった。
高校に入って、こっちに来てからはあんま人と関わらないようにしてた。
世界が曇るの嫌だから。
きらきらの世界にいたいから。
婆ちゃん…待っててね、
もうすぐ会いに行くから。
☆
きらきらだった…はずなのに…
私の世界がまた曇っていく。
色はちゃんとある…けど、ぼんやりかすんでいる。
!?
腕をいきなりつかまれた。
こわい…
力強い…
勝手に身体が拒否をしていた。
☆
いつからだろう…緊張したり、焦ったりすると突然耳が聞こえなくなるようになったのは。視界がかすむこともある。
病院で調べたけど、異常はないらしい。
婆ちゃんが言うには…今私がいる世界から逃げようとしているからなんだって。
『逃げてもいいんだ』って婆ちゃんはよく言った。
でも、私は逃げたくないのに…意味がよく分かんなかった。
☆
泣きながらお母さんは私にこう言うの…
「紗香はお父さんにそっくりねって」
お母さんはお父さんのこと嫌いじゃない
じゃあ似ている私って…
私、いったいいつまで愚痴を聞き続ければいいの?
お父さんの怒鳴り声…心臓が毎回とまりそうになる。こわい人…。いつも力で私やお母さんを捕まえようとするから。
私…どこに逃げればいいの?
★
夏希からもらったジュースを飲んでたら、
隣から視線を感じた。
「なに?気持ち悪りぃんだけど」
「ねぇ、そのジュースどこで買ったの?」
は?
「知らねぇし」
「そっか…」
望月との会話はそれだけ。
なんだか、よく分かんねぇ。
★
放課後、駅前のファーストフード店。
陸と夏希、マコと俺で腹を満たしていた。
陸と俺は一気にハンバーガーを胃袋に入れていく。
そんな俺たちを、夏希たちは呆れて見ている。
ズズズーッ
俺のストローから音がなった。
「ねぇ、ヒナ私の飲む?まだ口つけてないし」
夏希が自分の飲み物をくれようとした。
「夏希、これ何頼んだの?」
「サイダーだけど…」
サイダー?
あ…そういや…
「あのさ、こないだ俺にくれたアレ、あのサイダーってどこで売ってんの?」
「なに?ヒナ気に入ったの?」
「ん…いや…まぁ」
「あれね、商店街のお米屋さんで売ってるの、一応限定だよ」
あ…あそこの無愛想なおやじがやってっとこか。
「何ヒナ買いに行くの?」
「いや…別に買わねぇし…ただ…聞いてみただけ」
☆
突然、私の目の前にキレイなびんが置かれた。グリーンがかった淡いブルー。
「やる」
そのまま、隣の席の彼は…宮木くんの方へ行ってしまった。
欲しかったびん…きらきらだ。
優しい色…。
知らないって言ってたのに…なんで?
黒板の近く…宮木くんと話す広瀬くんは、何事もなかったかのように笑ってる。
★
なんで俺こんなん買ってんだろうな…
ビニール袋にはサイダーのびんが2本入っていた。
帰り道は、まだ暑くて…俺は1本をあけた。
揺られたせいか…しゅわっと泡がこぼれた。
甘い…
俺、やっぱりサイダーあんま好きじゃない。
★
興味がなさそうなクールな瞳に、今だけ俺がいる。
何でもないふりして渡した。
宮木と話ながら、ふと…あいつを見る。
ヤバイ…。俺は慌ててて目をそらした。
不思議そうに、俺のさっきまでの視線をたどっていく宮木…
「あれ、望月…笑ってる?」
……。
★
「ありがと」
席に戻ると、隣から低いトーンの声が聞こえた。
あぁ…サイダーのことか。
言った後、彼女はすぐそっぽを向く。
「別に」
俺も一言だけ。
それだけ…。
★
次の日…
「広瀬くん、あげる」
小さなビンにつまった…こんぺいとう?
いったい何?
「これ、俺にくれんの?」
「そう、びんのお礼」
「びんってなんだよ」
俺は吹き出す。ドロップの次はこんぺいとうって。
「あのびん、すごくキレイだから」
まただ…ふわふわっと、こいつは笑う。
サイダーじゃなくて、望月はどうやら、そのびんが欲しかったらしい。
「びん集めてんの?」
大きな瞳が俺をみて揺れる。こんな表情も初めてみる。なんか壊れそうだ…
「…きらきら集めてんの」
は?
何きらきらって?
☆
『きらきら』のことを広瀬くんに教えた。
誰にも教えたことなかったのに…
なんで教えちゃったんだろ。
!?
何かが割れる音、泣き叫ぶ声…
私は慌ててて音楽のボリュームをあげる。
何も聞こえない…私の世界。
★
「おい…なんかお前顔色悪いぞ」
……。
少しずつ、話できるようになったと思ったら、またこれだよ。
返事すらしねぇし。
マジで汗でてきてんじゃん、冷汗っていうんだっけ…。
「先生、こいつ具合悪そうだけど…保健室連れてっていい?」
しょうがなく…俺は担任に伝えた。
立ち上がった俺に、反応し、望月はびくっとする。
俺を見あげた望月は…泣いていた。
あ…やべぇ…
慌てて俺は手で、望月を目隠しする。
そのまま、ざわつく教室から連れ出した。
★
泣いてるの他の奴等にバレてないといいけどな…
保健室、先生がいてくれて、任せてすぐに俺は出てきた。
手にはあいつの涙の感触…。
鼓動がはやくなる…なんだよ、これ…。
★
教室に戻ったら冷やかしが待っていた。
そんなんじゃねぇし、ただ隣だから気づいただけだって。
めんどくせぇな。
休み時間になっても、からかわれた。
なぜなら、陸と夏希がやってきたからだ。
「ねぇ、いつのまに仲良くなったの?」
2人同時だった、さすが幼なじみ。
別に仲良くねぇし…
「ヒナはああいうタイプが好きだったの?ショック」
夏希が面白がって言う。
タイプって、別にそんなんじゃないし、俺が可愛いって思うのは夏希みたいなタイプで…
「え~、俺はあんな冷めてる気の強そうな女…嫌だな…それなら、まだ夏希の方がいいかも」
陸がノー天気なことを言う。
この鈍感野郎…ちらっと夏希をみると頬をピンク色に染めていた。
やっぱこういうの…可愛いよな。
「でも、マコはほんとショックかもよ」
夏希が意味深なことを言った。
☆
なんで涙なんて出たんだろう。
泣き顔なんて見られたくなかったのに…。
瞼に彼の感触が残ってて…なんだか恥ずかしくなる。
広瀬くんってよく分からない。
★
「なぁ、これ何?」
俺の机の上に、小さな丸いゼリーが3個置かれた。
「こないだの、お礼」
いつもの淡々とした口調だ。
ドロップ、こんぺいとうの次は…ゼリーって…。
「なんで、お前いつも変なのくれんの?」
珍しく俺の発言に反応を示す。
「変じゃないよ…『きらきら』だから…」
意味わかんねぇな…だから何きらきらって?
「前にも言ってたけど、『きらきら』って何?」
「…きらきらしているものって、なんか好きなの。
こないだのびんも綺麗だったから…」
俺は机の上に置かれたゼリーを見る。
「なぁ、これも『きらきら』なの?」
小さくうなずく…。
なんとなく、分かった。
ドロップもこんぺいとうも『きらきら』なんだ。
「じゃあさ、あれは?」
俺は教室の上の方…蛍光灯を指差す。
「あれは…ピカピカじゃないかな…」
やっぱよく分かんねぇ。俺はなんか笑ってしまった。望月紗香…ほんと変なやつ。