犬耳少女と、説明。
「ご主人様、お話があるのですよ」
「なんだチカ?」
晩御飯を食べ終わった後。
チカは真剣そうな表情を浮かべてそんなことをいった。
「わたしがこの家にきた経緯についてなのです」
「捨てられたんだろう?」
「違うのですっ!」
なんと。捨てられた訳ではなかったというのか。
段ボール箱に入ってたのだからてっきりそれしかないと思っていたのだが。
「いやしかし、昨日は捨て犬だと」
「すいません……」
「いや、いい。きっとなにか事情があるのだろう?」
「ご主人様……」
「素直に捨てられたと言えない事情が」
「だから捨てられてないのですよっ!」
◇
「わたしの一族は、元はこことは違う世界からやってきたのです」
「ふむふむ」
「しかし、この世界の住人とわたし達“獣人”は、あまりにも姿かたちが違いすぎたのです」
「そうか?さほど離れてはいないだろう。耳ぐらいではないのか?」
「いえ。最初は私たちの祖先は、本当に異形の存在だったのですよ。それが、長い年月を経て今のわたしのような人間に限りなく近い姿へと変化していきました……人間との交わりによって」
「ほう、なるほどな」
「聞けばご先祖様は、秘密裏に、人間を無理やり力で従わせ、関係を迫るやり方を強行していたそうなのですよ」
「なんと、それは酷い」
「はい、酷いのです。ですから数十年前からは、もっと穏便な方法がとられるようになりました」
「というと?」
「その頃にはもう私たちは人間になかなか近い姿を獲得していたのです。ですから、目星をつけた若い人間の異性の元へと年頃の少年少女を送り込み、その人間の同居人としてもらうのが第一ステップ。これによりわたしたちは利便性と後ろ盾を得るのです。わたしたちには基本的に戸籍がないですからね」
「ふむ、普段は山奥にでも暮らしているのか?」
「なのです……その人間と、ある程度絆を深めた場合は、そのまま両者合意の上で、対等な関係――その、こっ、恋仲へと進展させるのが第二ステップ」
「ほう」
「そして最終的にそのまま……関係?を持ち、一族の血を受け継ぐ、というのが第三ステップです」
「なるほど。つまりチカ達は穏便にこの世界に溶け込むために人間と暮らす、ということか?」
「はい、その解釈で間違いないのですよ。大昔にご先祖様がうけた迫害はそれはそれは非道なものでしたということなのです。それを繰り返さないために、自分たちが生きやすいように、最終的には人間と全く変わらない姿を得るのが、我が一族の悲願なのです。」
「そのための目星をつけた人間、というのが俺だったわけだな」
「なのです」
「そうか。では一つ質問をいいか?」
「どうぞですよ」
「結局チカは犬なのか?」
「あー。まぁ、そうですね。姿は人間に近いですが、この血と中身はたしかに犬なのですよ。わたしたちが人間の元へといくのも、この内から湧き上がる“ご奉仕衝動”を解消するためでもありますし……わたしは他の皆さんと比べてやや薄く、理性がぶっ壊れるほどではないのですが」
「他の皆さんとやらは大変なのだな……そうか、やはり犬か。なら良い」
「なにがですか?」
「いや、そんな話をするのだからてっきり自分は人間だ、とか恋仲になれ、などと要求するのかと思ってな。人間であるならば、国家の狗のお世話にならねばならんしな。犬であればいいのだ。手間が省けて助かったぞ、はっは」
「あ、はい、良かったのです……ご主人様から離れるのはわたしも嫌ですし……最悪理性にかかわるのです(人間なら警察行きで、犬なら一生ペット関係なのですかっ!?おじい様方は選ぶ人間さんを間違えているような気がするのですよ……)」
「ではこれからもよろしく頼むぞ、チカ」
「あ、はい」
「そちらの都合はわかった。期待に添えるかはわからんが、善処しよう」
「!ホントですか!?」
「ああ、まずは首輪を買ってきてやるからな!」
「結局畜生の扱いなのですよっ。善処ってなんのですか!」
「チカの良い飼い主となれるよう、善処するつもりだが?」
「……も、いいのです、それで……」
◇
「大昔のご先祖様はどうやってご奉仕衝動とやらを解消していたのだ?」
「……とらえた人間に無理やり、だそうです」
「獣に無理やりご奉仕されるか……なかなかにご愁傷様だな」
「歪んでるのです。今は健全でいいのです」
◇
「そもなぜに異世界などからやってきたのだ?」
「さぁ?なんか気づいたらこの世界にいた、みたいなニュアンスで伝えられているのですよ」
「アバウトだな」
「アバウトですね」
◇
「ちなみにわたしたちが言っているペットというのは、飼い主さん=同居人さんに保護してもらうため、このような言い方をしているのですよ」
「いわゆる隠語というやつでもあるのです。わたしたちは基本的に謙虚な一族なのですよ」
「普通の、たいていの飼い主さんは、そこらへんの事情をくみ取って、わたしたちとは普通に接してくれるそうなのです」
「ご主人様は、普通ではなかったのです……」
「なにか言ったか?」
「なんでもないのですよ!」