犬耳少女と、暗闇。
「ふむ、こんだけ買えば充分だろう」
俺はスーパーで一週間分の食糧を確保し、ただいま家の玄関の前だ。
買い物袋を両手もちから肩手持ちにシフトさせ、鍵を開ける。
ガチャリ。
すぐさまキッチンへと移動し、冷蔵庫へ食材をつめる。
冬だからといって油断はできない。出来るだけ早くひえひえにしておくに限るのだ。
そしてリビングの電気をつけると、そこにはへんなモノがあった。
低い、ソファー前の座卓からつきだされた真っ白な桃。
ときおり小刻みにぴくぴくと動いているのだ。
というか。
チカが真っ裸で座卓からお尻だけつきだしてぷるぷるふるえていた。
きっとお尻は空間の縦のスペースの関係で入らなかったんだろう。
しっかし肌すべすべだな。とても昨日段ボールに入っていたとは思えないぞ。
俺はとりあえず、その尻を思いっきりはたいてやった。
「なにやってんだ、よ」
パシーン
「ひゃぅぅぅぅう!!」
ガンッ!
チカがもの凄い勢いで座卓の天板に頭をぶつけ、ぶつけた所をおさえながらずるずるとはいでてくる。
しばらく間抜けな姿で、シミ一つない艶やかな白い肌を晒しながらよろよろきょろきょろとしていたが、俺をみるや否や、
「ご主人様ぁぁぁ!おうおうぉぅぉぅ……」
と俺に抱きついてきて、胸に顔をうずめて泣きだした。なんなのだ、この犬はいったい。
ふれた体は冷たく冷え切っており、まるで昨日に逆戻りしたかのよう。
風呂にはいったんじゃないのか。匂いは改善されており、仄かに花の香りが漂ってくるが、服を着ていない。
まさか。
犬だから服は着ないというのか……それは盲点だった。
形態が人間なので服は着るものだとばかり思っていたが、チカは犬なのだ。
ならばむしろ服などきないのが道理であろう。
「チカ」
「ご主人様……わたし、怖かったです……」
チカは鼻をすんすんいわせながらこちらをみあげてくる。
なんとなくピンク色の空気が漂っている気がするのだが、恐らく気のせいだな。
「そうか、すまなかったな……まさか、服を着るのがそんなに嫌だったなんて」
「……へ?」
「気づいてやれなくてすまなかった。明日は帰りに首輪を買ってきてやるからな。だから、泣きやめ」
「……ぁ。みやぁぁぁぁぁああああ!!」
「うるさい」
チカは自分の格好を見やり、いきなり顔をぼふん、と真っ赤に染めたかと思うと、両腕で自分の身体を抱きしめながら脱兎のごとくリビングからでていってしまった。
犬を飼うとは、難しいものだ。
◇
改めて服を着て戻ってきたチカに聞いてみれば、急にお風呂場の電気が消たので、慌てて風呂からあがってみれば家中真っ暗、さっきまでいた二人もいない。
風がびゅうびゅういう音がやけに大きく聞こえたのが怖くてリビングの座卓の下に隠れていたそうだ。
風呂場の電気、そう言えばはずみで消してしまっていたか。
おそらく湯船につかっていた最中だったのだろう、中から音がしなかったから習慣で消してしまったのだな。
「ご主人様。出かけるのなら一声かけてくださいですよ」
「ああ、すまない」
「あと、わざわざお風呂の電気まで消さないでくださいですよ、もう。本当に怖かったんですからね!」
「すまないな」
とりあえずその震える体躯を、膝にのせて抱きしめてみた。
テレビとかでよくペットを膝の上に乗せているのをみるからな。
「……許すのです。わたしはご主人様のペットなのですから」
この反応を見る限り、これは正解のようだ。テレビは素晴らしいな。
その頭に顎をのせ、しばしリラックス。ペットとはいいものだなぁ。
「……むぅ……わたしはペットですが、なんかわたしの思ってる感じとは違う気がするのですよ……裸をみてもなにも言いませんでしたし。ご主人様のばか」
「なんかいったか?」
リラックスしすぎで何も聞いていなかったな。どうしたのだろうか?
また少し不機嫌になっている気がするのだが。
……腹が減っているんだな!
「よしわかった。少しまっていろ。すぐに晩飯をつくってやるからな」
「あ……はい。じゃないです!ごはんならわたしが」
「なにを言うか。ペットのご飯を作るのは飼い主の役目だ。そこで座っていろ」
「いやでも、わたしはご主人様のペットとして、ご奉仕するために来たんですよ!?」
「そうなのか?」
「……あー!そういえばいってなかったですっ!」
「まぁ、来たばかりなのだ。今日ぐらいゆっくりしていろ」
「そういえば昨日わたし警察におびえて清々しいほどはっきり“捨て犬です”っていってたのですよぉー!」
「ゆっくりはしていいが、うるさい。すこし黙らんか」
「さー、いえっさー……」
さて、今日の晩飯は何を作ろうか?
犬が食べるのだから、豪勢にステーキでもいってみるか。幸い材料は一通りそろっているしな。
俺は、久し振りに料理を作ることが楽しみになっていることに気がつく。
「ペットとは、いいものだな……」