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犬耳少女と、好きな人。

「今朝は寒いですねー、ご主人様」

「そうだな。だからと言って、起きて早々からコタツでゴロゴロするのは感心しないが」

「えー。いいじゃないですか、折角のお休みですよ? まったり過ごすに限るのです」


 チカはコタツの中に頭まで潜りこみ、みょんと足を突きだす。もう少しでコタツテーブルを蹴りそうだ。

 重力を操りその足を軽くたたき落とすと、「ぬおっ!?」という声がコタツから聞こえてチカの頭が再度外へとでてきた。


「学校に行き始めてから、なんだかおとなしくなったなチカ。まぁ、構ってくれとせがまれるよりはよほどマシなのだが」

「えへへ……ご主人様が学校に行かせてくれるおかげで、その……わたし、寂しくないですからね。毎日、楽しいのです!」


 はにかみつつも、コタツの中では足をさすっている様子のチカ。お行儀の方はあまり改善されていないな……


「そうか、それは良かった。一日一日を楽しめるということは、何にも代えがたい幸福であるからな。それを享受する権利はもちろん、犬畜生であるチカにもあるだろうて」


「ご、ご主人様……」


「ん? どうしたチカ。そんな改まった顔をして」


「まだわたしのこと、犬としてしか見てないんですかっ!?」


 それはまあ、勿論だな。


 ◇


「朝食ができたぞ」


 今日の朝食は、ピザパンにしてみた。先日良いチーズが手に入ったのでな。


「うう……どうしましょう。

 どうしたらご主人様は、わたしのことを恋愛対象として認識してくれるのでしょうか」


「チカ」


 呼びかけるが、チカはなにやら思案顔で俯いている。


「ミコちゃんや皆に聞いて、いまどき女子の格好もしてみましたし。ナチュラルメイクというやつも覚えましたし。『男を喜ばせる百の方法』という本も読みましたです……過激すぎて、実践はしてないですが。それでも、女子力とやらは上がっているはずなのです」


「おい。チカ……」


「なのに! なのにどうしてなのですかご主人様! 

 お洋服もお化粧道具もハウツー本も雑誌もすべてご主人様に買ってもらっているのが悪いというのですか!? しかしこれも女子としての本分のはずでは!?」


「……チカ!」


声を荒らげると同時に、チカの服の背中を少しだけ凍結させる。


「うっひゃぁっっ!? な、ななな、なんなのですか!?」


「どうやら、朝食はいらないらしいな」



 俺はそそくさと、チカの分の朝食を自分の方へと引き寄せ……


「……はっ! いつの間にかコタツテーブルの上に朝ご飯が!?

 ごめんなさい要ります要ります超いるのです!」


 チカは即座にコタツからでて綺麗な土下座を披露する。


「考え事も良いが、もう少し周囲に気を配ることだな」

「はい……」

「ん。さて、ではいただきますをしようか」

「あ、はい!」


 ◇


「……あの、ご主人様。つかぬことをお聞きするのですが」

「ん、なんだ?」

「その……ご主人様って、好きな人とか……います?」


 朝食後。コタツで寛いでいるとチカがそんなことを言ってきた。


「好きな人か……。ふむ、その"好き"というのは、どういう意味でだ?」


 人間性が好きと言う意味では、何人か当てはまる人物は存在するが。

 好意と愛情とは、また分けるべきものだろう。


「えと、女の子的な意味でなのです。ほら! ご主人様っていろいろと凄いじゃないですか。だから憧れてる女の子もいそうだなーというか、なんというか。ご主人様はそういうことに興味はないのかなーって」


 ふむ。種の繁栄を助ける、愛情の方か。


「まあ。興味がないこともないな」


「え゛!?」


 チカが、つぶれたカエルのような声を出した。驚きのあまり、手に持った剥きかけのミカンがポロっと落ちたので、カスが散らばらないようにゆっくりと机の上に着地させる。


「なんだ、その意外そうな顔は。俺も一応人間だからな。種の繁栄のこともある程度は考慮するさ」


 ある程度はな。うむ。


「え、あ、あー。なんか、私が思ってたのと違うです……。

 種の繁栄とかそんな大層なことじゃなくてですね。こう、ご主人様が『いいなー』って思ってる女の子とかはいないのかな、ということを聞きたかったのですが」

「つまり、俺に相応しい交配相手の話か。やはり種の繁栄に繋がってくると思うのだが……」

「あ、駄目そうですこれ。

 というか、先日『分裂しろ』とか人類に向かって言っていたくせに、なんだかんだ言ってそういう所を考えてはいるんですね」

「分裂はエネルギーの消費が激しいからな。これからはエコの時代だということに最近気付いたのだ」

「待って! さらっと怖い事言いましたよ!?」


 ◇


「……つ、つまりご主人様は、今は好きな人はいないと……」

「チカの価値観に照らし合わせるとそうなるようだな」


 チカが聞きたいのは、俺が"愛を向けるべき人間の女がいるかどうか"ということだったらしい。


「……疲れた。ここまでこぎつけるのにお昼過ぎちゃいましたよぅ……」


 いままでチカに質問責めにされていた俺の方が疲れているとは思わないのか? まあ、疲れてはいないんだが。


「そうだな。それでチカ、その話がどうかしたのか?」

「ええと、ですね。ではそのお話を踏まえて。

 ……ご主人様は、わたしの事をどう思ってるですか? 犬畜生以外で」

「……難しい問いだな」


 犬以外で、か。難しい問いだ。


「そんなにわたしに対してのイメージは犬畜生で埋め尽くされているですか!?」


「うむ。……うーん、そうだな。……可愛いペットだ」

「か、かわっ!? ……って、結局ペットじゃないですか!」

「あとは、明るい娘だとは思うな。

 チカが来てから、俺の人生ははっきりと分かるほど明るくなった。そこは、感謝したいと思う。ありがとう」


 なんだかんだいって、こうして話し相手がいるというのはいいものだからな。


「! わふ……そ、そんな不意打ち、ずるいですぅ」


 素直に礼を言うと照れるチカ。可愛い奴め。


「チカはペットだが……正直、俺にとってはそんなものは些細なことなのだよ。人間だろうが犬だろうが。チカはチカで、それ以外の何物でもないのだから。俺は種族や身分、立場の格差などには頓着しない主義でな。俺の価値感は、俺だけのものだ」

「後ろ二つはともかく、種族はどうなんでしょう。いや、わたし的に文句は無いのですが」

「だから好きな"人"は居ないのだが……好きな"犬"と言われれば、すぐにチカと答えるだろうな」


 愛情に差などない。チカが言う恋愛感情とやらも、おそらく俺が思っているものと対して変わらないだろう。であるならば、俺はチカのことが好きだということになるな。


「……………ん?

 ……………んん!?

 ちょ、ご主人様!? それって、つまり……そういうことですかっ!?」


 いきなりチカが立ち上がり、なにやら慌て始めた。

 どうしたというのだろうか。


「……」

「あわわわ」

「……」

「あうー……」

「……」

「あの、ご主人様?」

「チカ」

「はい、なんですか?」

「すまないが、『そういうこと』とはどういうことだろう」


「あっれぇ!?

 いやそのつまり、ご主人様が異性としてわたしのことを好きなのかという」


 異性。うむ、チカは俺にとっての異性だな。

 そして異性として好きといえばやはり……


「ああ、そういうことか。

 まあそうだな……交配相手とするなら、今のところチカが一番だとは思っている。長く連れ添うのであれば、やはり肩肘の張る相手よりも気心の知れた方がいいだろう? ……正直に言うとだな。チカ。いままで俺と接した人間は、少なからず俺に警戒心を抱いていたのだ。クラスメイトであっても、心の片隅――己ですら気付かない所では俺を恐怖していた。しかし、チカにはそれが見受けられないのでな。俺としてもやりやすい」


人の心の中が分かるというのも、存外に不便なものだ。

俺は手のひらの上に火を出し、焼きミカンを作りながら答える。


「はぁわぁぁああああ………ご、ご主人様ぁぁあああ!!! 

 やっぱり交配とかいうのが気になるけど意外とまともな理由! どど、どうしましょう、どうしましょう! とりあえず里のお父さんに連絡をして、」


「それにチカは、なんだかんだ言ってなかなかに性能は高いからな。

 もう少し鍛えれば、及第点に届きそうだ」


「式の日取りは……って、へ? ……ご主人様、今なんと?」


「いや、いくら一番と言っても、俺の求めるパートナー像には程遠いからな。仮にチカが俺と恋人になるにせよ、結婚するにせよ、もう少しレベルアップして貰わないといけないなという話だ」


 お父様に頼まれたということもあり、俺としても将来チカを貰うというのは悪くないと考えているのだが……それでも最低限、こちらにも条件と言うものがある。

 勿論それはチカの方も同じだろうし、そもそも本人の気持ちもよく聞いていないのだがな。


「……レベルアップ、ですか」


「ああ。チカの今のレベルは3くらいだからな。あと97程上げないといけない」


 道のりは結構長そうだな。


「……3?」


「ああ。ちなみにチカについで高いのは工藤さんで2だな。それ以外は1か0だ」


 田中は例外でマイナスをぶっちぎっているが。能力的には確かに見るべき点もあるが、性格面が大きく邪魔をしているだろう。


「……何基準でしょう」

「俺を100とした場合の総合能力だが?」


「わたしは100にならなくてはいけないと?」


「仮に俺のパートナーとなるならの話だが。

 ……頑張り次第では100以前でも認めることもあるかもしれないが、どうだろうな」


 それはつまり、俺の判断基準が下がるということだからな。よっぽどチカに絆されない限り、まずないだろう。


「……お父さん、お母さん。

 チカはもしかしたら、一生独身のまま骨を埋めるのかもしれませんよぅ……」


 そういってチカは、べちゃっとコタツにつっぷすのであった。


「ふむ。チカの戦いはまだ始まったばかりということだな」

「うっわぁ、打ち切り臭が凄い! 頑張りますけど! 頑張りますけどね!」


 ああ、そうだな。

 本当に、頑張ってもらいたいものだ。


 俺は長男で一人っ子だからな。

 将来はすわ本気で分裂をせねばならんかと思っていたところだ。


 ……まあ長い目で、これからもじっくりチカを育てていくことにしよう。


 俺の戦いもきっと、まだ始まったばかりという奴だろうしな。


別に風属性だとも言っていないご主人様

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