犬耳少女と、円周率。
「ご主人様~。授業で分からない所があるのです。ちょっと質問したいのですよ」
「なんだ、今は夕飯の途中だぞ? うちの学校に食育の授業は無いのだが」
「いやいや、違いますって。ごはんを食べ終わったら、聞きたい事があるのです。
里の学校で高校卒業レベルまでの勉強は一通りやっていたと思ったのですが、どうやらお父さんは嘘を吐いていたようなのですね」
「む、そうか。では早く、かつ味わって食べると良い。よく噛むんだぞ」
「割と難しいこと言いますよねご主人様」
「口を高速で動かせということだ」
「もしかしてご主人様基準なのですかね」
◇
「それで、わからないというのは何処だ」
「はいなのです。ええと、ですね……この物理の教科書の、ここなんですけど……。何回やっても、答えがこの通りにならないのです。もしかしたら、教科書が間違っているかもなのですよ」
「ふむ……ふむ? いや、この答えは正しいぞ? お前はなんて出たんだ」
「ええと、441です」
「なぜ整数になるのだ……」
「え? いやだって、問題に整数しか出てきてないのですよ?」
「……チカ。円周率はいくつだ。言ってみろ」
「3です!」
「それだな」
◇
「……さ、さんてん、いちよん……? え? なんですかそれは」
「里はゆとり教育だったのか。なるほど、それでこの頭の緩さか……」
「な、なんですかその憐れなものを見るような目は!?」
「じゃあチカ。重力加速度はいくつだ」
「えっと……10です」
「教科は変わるが、アボガドロ数は?」
「……ろ、ろくせんがい?」
「数字として認識してるのか?」
「……、えへ」
◇
翌日、学校。
「というわけで、チカの頭の緩さが露呈した訳だ。まぁ、ペットととしては十分に高等な部類ではあるのだが……いや、それもどうだろうか。最近のマダム達の教育は熱心と聞くからな。円周率を覚えている犬もざらやもしれん」
「んな訳ねーのですよっ!?」
「あー、そうかもね。最近の犬はね~」
「ミコさんも乗っからないでくださいっ!」
「んー? 何の話してるんだ?」
「来たな下等生物……貴様、円周率は言えるか?」
「んあ? あー、中学校の時に趣味で覚えたなぁ。ちょいまち、えーと……
3.141592653589793238462643383279……」
「なんだ、言えるのか……おいチカ。この田中でさえ覚えているんだ。チカも頑張るのだぞ」
「いや……えー……まじですか」
「うわー、田中の意外な特技発見しちゃったよ。気分悪いなぁ」
「ふむ、しかし下等生物でさえ一般教養レベルの知識を持っているというこの事実……やはり世の賢いわんこ達も、こぞって円周率を暗唱するのであろうな」
「いや、千日君。これ一般教養じゃないから。なんかの呪文だから。ふっかつのじゅもんとかと同レベルだから」
「そ、そうですよ! こんな意味のわからない数字を並べられても、さっぱりなのですよ!」
「チカは偉そうに胸を張るな。その平らな胸、更に均して欲しいのか?」
「ひィっ!? さらっと発言が鬼畜なのですよ!?」
「じゃあじゃあ千日君。あたしのこのナイスバデーなら、張ってもよろしいのかな? かな? ほーれほれ~」
「……ふむ。目ざわりだな。もぐぞ?」
「のわっ!? 千日君は巨乳に興味が無いとおっしゃるのか」
「まぁ、そうだな。邪魔だとは思う」
「まじっすか……」
「まじなのですか! ならわたしにもワンチャン……!」
「……32823066470938446095……って、アレ? 聞いてる?」
◇
「しかし……これ、いろんな定数を覚えなおしなのです。面倒臭いのですよぉ」
「ふむ、チカならやればできると信じているぞ。なにせ、俺のペットなのだからな」
「おお、珍しくご主人様が優しい言葉を!」
「やってできないことはないというからな。まぁ大丈夫だろう。次の授業までに終わるか?」
「あっれ、なんかやっぱり基準がおかしいですよ!?」
「ねぇねぇミコちゃん。どうだったさっきの円周率! 俺百桁覚えてんだぜ?」
「ふーん。ごめん、聞いてなかった」
「ええぇぇ……じゃあ今聞く? 聞いちゃう? YOU聞いちゃいなYO! YO、YO!」
両腕をゾンビのように振り上げながら、巫女を教室の壁際にまで追い詰めていく田中。誰が見ても即通報間違い無しの光景である。
「うっざ……千日くーん!」
「うむ」
千日が田中の方に腕を伸ばし、手でデコピンの形を作る。
そしてそれを目にも止まらぬ速さで解き放つと、次の瞬間、田中の頭が勢いよく前に傾いだ。
「グボぁ!?」
「きゃーこわかったよー千日くーん」
「なんだその棒読みは」
「……なんですか今の……空気の弾丸!? そう言えば前にもこんなことが……里に帰った時は、湯気を操作してうんぬんとかも言ってましたし……まさか、大気操作? まじでバケモンですね……
そして、どうしてこのクラスの人達はまったく驚いていないんでしょうか……」
「まぁ、慣れだねぇ~。千日君だし、で大体納得できるからさ」
「ご主人様ってホント、一体……」
「ちょおい千日! あやうくドタマ貫通するところだったぞ! 死んだらどーすんだ!」
「安心しろ。峰打ちだ」
「いや峰もくそもないよね!? 完全に全体的に凶器だよね!?」
「はぁ? お前は何を言っているのだ。ただの空気だぞ? それが凶器だとしたら、お前は何を吸って生きているのだ。流石は下等生物、俺には理解不能らしい」
「いやお前が使うと凶器に……すんませんすんません生意気でした、だからその腕はおろしてください至近距離で顔面はまじ洒落になんないっす」
「……超能力者って、いるもんだよね~」
「そんなほのぼのと言うことですかね!?」
雨に当たらないタネはこれ
※能力うんぬんは千日さん(とその周囲)がおかしいだけです。この世界のデフォルトではないのであしからず。




