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犬耳少女と、説得。

 

「工藤さん、おはよう」

「……お、おはよう千日君」

「? どうしたんだ? やけに警戒されているようだが」

「いやだって、昨日あんなこと……その……あたしだってオンナノコだし、もっとデリカシーというかさぁ」


「え? 何? どしたん?」


「! お前はこっちくんな!」


 ドグシャァ


 登場から数瞬で、工藤さんの右ストレートによって教室から退場となる田中。

 クラスの連中も、もはや風物詩のように眼を細めてそれを見ている。

 あたかも、陽だまりの中に居るような緩やかな空気が教室に流れ――


「って、この扱いはやっぱしひどぐばらっ!?」


 匍匐前進で教室に入って来て、そのまま工藤さんを下から見上げようとした田中が、床にめり込む勢いで沈んだ。

 原因は勿論、工藤さんの足である。

 田中の頭の下から、何やら血のようなものが溢れだしてきた。


「ったく、世話の焼ける下等生物だな……ほれ」


 仕方ないので、手近にあったソレを田中の頭の上に放る。

 田中はうつ伏せのまま、それをわさわさと手で確認し、


「んぁ……なんだ、ハンカチか? へへっ、誰か知らんがこのクラスも捨てたもんじゃ……」

「雑巾だ。さっさと汚物の始末をしろ、低能が」


 ガクリ、と力尽きる田中。


「…………ですよねー」


 学校は、今日も平和だ。


 ◇


 昼休み。


「時に千日君や」

「なんだ、工藤さん」

「チカちゃんってさ、学校とか通わないの?」

「……あぁ、ペットだし必要ないだろう。犬耳のおっさん方からも特に何も言われてないしな」

「犬耳のおっさん? ……なにそれ怖い」

「ん?」

「いや、なんでもない。

 ……でもチカちゃんも年頃だし、通えるんなら通っといた方がいいと思うんだけどねー。アレでしょ? ペットとかも千日君のそういうプレイな訳でしょ? 本当は親戚の子預かってるとか、そんな感じで」

「プレイ……? いや、チカは本当にペットなんだが。というかそうでなくては、俺は監禁罪あたりで国家権力の狗にパクられ……はせんか。親公認だったな、そういえば」

「監禁罪……? 親公認……? 

 せ、千日君は随分とその、素敵な趣味をお持ちなんだね……」

「なにか勘違いしていないか?」


「だ、大丈夫だよ? あたし、結構Mだし! 

 ら、拉致監禁束縛目隠し拷問なんでもどんとこいさー! 神社の子なめんなよ!」


「……なにやら工藤さんの中で、俺はもの凄いことになっていそうなのだが」


「い、委員長が拉致監禁束縛目隠し吊るし三角木馬で《自主規制》や《自主規制》、さらには《自主規制》なことまどぶれはぁ!?」


「あんたの趣味はよーく分かったから、さっさと死んでくれるかな?」

「教室で汚らわしい単語を羅列するな、虫唾が走るわ。貴様の存在を規制してやろうか」


「……いや、今のはホントすんませんだから千日が殴るのは洒落にならなぎゃーーー!!!」


 今日の田中。

 三階の窓から転落。

 奇跡的に下にあった花壇により、大した怪我は負わず。


 ちっ。


 ◇


「さて、ゴミの後片付けは清掃委員さんに頼むとして」

「花壇は園芸委員の領分ではなかったか?」

「あ、そっか。じゃあ、園芸委員さんに焼却してもらうとして。チカちゃん、なにか学校に通えない事情があるの?」

「……」

「あ、別に人に話せない感じの事情だったら別にいいんだよ! その、ごめんね、ぐいぐいきちゃって。

 ……ほら、実はあたし前に千日君の家にいってからさ、チカちゃんとはちょくちょくメールとかしてるんだよね。それで、チカちゃんが『学校いいなぁ』みたいなこと言ってたからっていうか、」


「工藤さん。何やら聞き捨てならないことが聞こえた気がするのだが」


「え?」

「……メール、といったか?」

「え? うん。一ヶ月くらい前かな。千日君の家に学校帰りに行ってみたら、千日君夕飯の買い出しに行ってたみたいで、チカちゃんしかいなくてさ。

 その時にちょっとお話して、アドレス交換したんだけ、ど……」

「……チカ、携帯なんか持っていたのか」


「把握してなかった!?」


「俺ですら持っていないというのに」


「そうだったの!? ……通りで、メアド聞いても断られる訳だ」


 ◇


「……ああ、それと工藤さん」

「なにかな」

「チカが学校に通えない理由何だが」

「あ、うん」

「良く考えたら、何もなかった」


「あ、そう……」


「……あ、いや待て、今思いあたった。校内はペット立ち入り禁止だ」


「どんなハードな内容のプレイしてるの!? 流石に可哀そうだよチカちゃん!」


 ◇


 ・・・少女説得中・・・



「ほら、千日君にとってペットでも、学校側からするとただの女の子っていうかさ、問題ないって、うん!」


 ・・・


「むしろペットだとしても、教養は必要じゃん? チカちゃんの将来を考えるなら、やっぱり学校は必要だと思うなぁ」


 ・・・


「大丈夫大丈夫、だってあのチカちゃんだよ? 良い子だし、可愛いし。流石になんの理由もなく、学校に通えないってのはかわいそうって言うかさ」


 ・・・


「あ、お金の心配してるんだったら……ん? それは大丈夫? あ、そう」


 ・・・


「だったらなおさら学校にチカちゃん連れてきて欲しいというかさ! 

 ぶっちゃけ言うと、メールでチカちゃんに、『一人でお家寂しいですよぅ』みたいなのが、一日何十件も来てるわけですよ。わかりますか? この気持ちが。授業中にひっきりなしに携帯がバイブレーションするこの気持ちが! あの子絶対病んでるって……多分千日君のプレイのせいで病みまくってるって……」


 ・・・


「お願いします、千日様! この通り! 土下座でもなんでもするんで、チカちゃん学校に通わせてあげて! このままじゃあたしもチカちゃんと一緒に病んじゃいそうなんです! お願いします!」


 ・・・少女説得中・・・


 ◇


 最終的に、工藤さんが泣きながら四つん這いになって俺の椅子になったこの状況。

 流されるままにここまで来たが、流石にこれは工藤さんの尊厳的にどうなんだろう。


「ハァハァハァハァ」


 工藤さん、よだれ的なものも垂らしながら過呼吸だし。

 田中も四つん這いになって、工藤さんの後方から何かを覗きこもうとしているし。


「委員ちょぉげばぜらっ!?」


 適当に空気を圧縮して上から押しつぶしたら、沈黙したが。


「ハァハァ……あの、んっ、千日君。チカちゃんのこと、どうかしら? 考えて、あぅ、くれる?」

「まぁそうだな。工藤さんの頼みとあらば仕方ないだろう。学園長に話して、来週からでも編入させるとしようか。教養は確かに大切だしな」

「そっか……ぁ、……じゃあ千日君、そろそろ授業始まっちゃうし、」

「……ああ、そうだな。すまない工藤さん。つい流れで上に乗っていたが……」


「つ、続きは……んっ、……誰もいない所に移動して……ってあぁ! ちょっと千日君! どこいくの!?」


 スタスタ


「さて、次は現国だったな。ふむ」


「ああ……これが放置プレイ! いいわね!」


「工藤さん、君も席につけ――――五秒やろう」


「イエス! サー!」


 学校は、今日も平和だ。



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