犬耳少女と、家の鍵。
「……時にご主人様。どうしてこうなったのですかね?」
「うむ。何故だろうなぁ」
只今の時刻は午後七時。
寒風厳しい玄関前に、俺とチカは立ちつくしていた。
事の次第は、俺のシャープペンシルの芯が切れたので近くのコンビニに買いにいこうとしたことである。少しばかりでかけるだけだったのだが、この寒い中何故かチカが「一緒に行く」と言いだしてついてきたのだ。
まあ特に断る理由もなかったので連れ立ってコンビニに行き、そして帰って来たのだが……
……鍵が、無かったのだ。玄関の鍵が。
出るときにはしかと掛けたはずで、ズボンのポケットにしまったはずなのだが、どうやら道すがら落としてしまったようだな。
「ねぇご主人様。どうしてこうなったんでしょーねー」
「……はあ。わかっているぞ。俺のせいだな」
「ふっふっふー。ですよね! ですよね!
いやもー全くご主人様はだらしがないですねーホントにもー!」
「かたじけない」
「もー。そんなご主人様のためにチカが一肌脱いであげますよー!」
「楽しそうだな」
「ふっふーん」
◇
「とりあえず、コンビニまでの道のりを見てくるのです! ご主人様はそこで待っててください」
「いいのか?」
「はい! わたしはご主人様のペットなのですから……最近全然役に立ってないですけど」
「最近か、それ?」
「……。……行ってきまーす!」
「最近……ではないよなぁ。まぁ、頑張れ」
◇
「さて、とは言ったものの」
「この暗い中鍵を探すのは至難の業なのですねー」
「しかしここで頑張らずに何時頑張るのか! ファイトなのですよチカ!」
「鍵……鍵……」
ガンッ
「ぁう~~~。電柱が! 電柱が額にオンザブレイカァー!」
「痛いです……あ、たんこぶになってる……後でご主人様に診て貰わないとです」
「……はっ。ご主人様のために頑張って、ご主人様に迷惑をかける。なんというマッチポンプですかっ。危ない危ない。ついナチュラルにご主人様を頼るところでしたよ」
「いけませんね。この傷は自分でなんとかするのです」
◇
「鍵……鍵……」
ズルッ
「きゃっ! ……おおぅ、側溝に落ちやがったのですチカ」
「ううぅ~。足元がびちゃびちゃして不快なのです……」
「これは鍵が見つかったら速攻でお風呂にはいらないと我慢できないのです」
「……あ、でもご主人様が先に入らないとですね……あう」
「くぅ……しかしチカ。そこは我慢の子ですよっ」
「頑張るのです!」
ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ……
「うう。歩くたびにぴちゃぴちゃ言うのですよぅ~~」
「しかし寒空の下待っているご主人様がを思えば頑張れるのですよーー!!」
◇
「鍵……鍵……」
……
「とと。危ない危ない。もう少しでまた電柱にぶつかるところでした」
「チカは学習するのです」
「ふふ~ん。どうだ電柱! 参ったか!」
――しーん
「……凄い虚しいです……」
「はぁ。そんなことより早く鍵を見つけなくてはご主人様がひぎゃっ!?」
びたーん
「……バナナの……皮ですと……」
「……」
「……うぅ……お家帰りたいですよぅ」
◇
「おっと、コンビニが見えてきましたが鍵は……」
「むむー」
「あ! あった! ありました~!!」
「やった、やった、やったぁ」
「店長。駐車場で変な女の子が不気味な踊りを……」
「……全く。近頃の若者は……ちょっと注意して来い」
「了解です」
◇
とんとん
「やったぁ! ふふんふん……え?」
「……っ! ……何奴ですかっ! ……て、コンビニの店員さんです?」
「はい、駐車場で騒ぐな、ですか。はい」
「あ、すみません。はい……申し訳ありませんすぐに帰りますはい」
「ではご迷惑をおかけしましたー」
たったったっ
「危ねー。警察に職質されたかと思ったですよ……」
◇
「ご主人様ー! 鍵ありました……よ?」
「あれ? ご主人様がいない」
「もしかして、わたしがあまりにも遅いのでご自分でも探しに行かれたのでしょうか?」
「入れ違いになってしまったですか」
「……ってアレ? リビングの電気がついてる」
「どういうことでしょう?」
◇
がちゃ……
「あれ? あっれぇー!?」
「ドアが、開きますですと……」
「おう、チカか。御帰り」
「あ、ご主人様。ただいまです! ……じゃなくて、なんで開いてるのですか? 鍵はほら、ここにあるのに」
「ん? あぁ、有難うなチカ。鍵は普通に、自力で開けた。寒かったんでな」
「……何をさらっと言ってますか? え? 自力で?」
「ああ。庭に有った園芸用のハリガネ使ってな。意外と苦労したぞ?」
「いや……えぇー」
「なんか不味かったか? 自分の家だし大丈夫だろ」
「いや……えぇーー……」
◇
「それよりチカ。先風呂入ってこい。足元ぐしょぐしょじゃないか」
「え? いいのですか?」
「ああ。俺のために頑張ってくれたのだろう? ペットの頑張りを労うのは飼い主の役目だからな。風呂からあがったら傷の手当てもしてやろう」
「……ご主人様ぁ……ご主人様ーー!!」
ばっ……ぺしん
「靴を脱げあほう」
「うう、流石ご主人様、容赦ね―です」
「そしたら抱っこしてやるから」
「……なっ……ほ、ほんとですか!」
「ああ。汚れた足で床を踏まれては堪らんからな」
「なんとなく分かってたけど、それでも嬉しい自分が悔しいですっ」




