犬耳少女と、カレー。
「おい、チカ」
「はい、なんなのですよ~?」
「今から買い物に行ってくる。留守番を頼む」
「えー。わたしも行きたいです~」
「む、そうか」
「ですです」
「じゃあ、一緒に行こうか」
「わーいやったなのですよー!」
◇
「スーパーなのですー」
「ああ、スーパーだな」
俺達は今、最寄りのスーパー「ハリガネ矢代」に来ている。
金物屋のような名前だが、何の変哲もないただのスーパーである。
「おっ買い物! おっ買い物! おっかいぐぇ」
「はしゃぐな、みっともない」
「はい、すみません」
◇
「お、ニンジンが安いな……」
「ご主人様ー、わたしはちょっとあっちの方に行ってますね」
「じゃがいも……今夜はカレーだな。豚バラ豚バラ」
「あの、ご主人様ー」
「どことでも行け。おやつは100円以内だからなー」
「はぅぅ。こっそりカゴに忍び込ませようと思ってたのに……」
「おっ、豚も安い。今日は特売日ではなかったはずなのだが……」
「……行ってきまーすですよー」
◇
「100円以内ですかー。となると一つしか買えないのですよ~」
「いや、ここはあえてうまい棒を10本という選択肢も」
「いやしかし、今はチップスの気分ですし」
「となるとやはりポテチ……味はうす塩?のり塩?いや、コンソメ」
「期間限定うまハバネロ風味……なんかおいしそうですね」
「よしっ、これにしましょう!」
「ご主人様ー!」
たったったっ
◇
「チカ、晩飯はカレーだ」
「わーい、わたしカレー大好きなのですよ~」
「そう言えばチカが来てから作るのは初めてだな」
「ですねぇ。わたしカレーに関しては辛口ですよ? なにせ一番好きといっても過言ではないですから。里でもよく、“カレー女王”と呼ばれたものです」
「そうか、チカは辛口なのか。了解した」
「おいしいカレー、楽しみにしてますよっ」
「ああ、任せろ」
◇
「出来たぞ―」
「わーい」
バンザイをして喜ぶチカ。よほどカレーが好きなんだな。
今度からは週一で作ってやろう。
「ではいただきます」
「いっただきまーす! パク」
「うむ、こんなものだな」
「もぐもぐ……がはぁっ!」
「ん? どうしたチカ」
いきなり喉を押さえて苦しみ始めるチカ。
遂には椅子を蹴倒し、床を転がりまわる始末だ。
「あがががが、ごふっ」
「落ち着いて食べろ」
「はい、すみません」
◇
「はほ、ほふひんはは?」
「もぐもぐ」
「ほふひんははー!」
「もぐもぐ」
「……ひふ……」
チカはいきなり席を立つと、台所に行き水道に口を付け始めたではないか。
今日はなんだか様子がおかしい。
こんなふざけた真似をするなんて……いや、それもそもそも飼い主たる俺の責任なのか。
ならば、一層厳しく躾なくては、な。
「ごちそう様でした」
スタスタスタ
「あ~、辛かった。なんですかありゃあ、口から火が出るかと思ったのです。うぅ~わたしのキュートな唇が、腫れあがってしまったのですよぅ」
「って、あれ?ご主人様どちらに行かれるのですか~?」
「?」
◇
「さてチカ、お仕置きの時間だ」
あのカレーを食べる気にもならず、ご主人様が帰ってくるまで台所でぼーっとしていた時のことです。
急に背後から、地獄のような冷たい声が聞こえた……と思った瞬間にはわたしの景色は歪み、訳もわからず床に押し倒されました。
もちろん、ご主人様にです。
ご主人様に、押し倒された……キター! これで勝るですよっ!
「え、あ、え? うふん……ご主人様、遂にその気に」
「さてチカ、じっとしてろよ?」
「は、はい」
ご主人様はどこからか取りだした荒縄でわたしを縛り始めました。
そ、そんな! 確かにわたしはどちらかというとMですが、いきなりこんなプルェーイは……
ぎゅっ
ご主人様は縄を乱暴に締め上げ、きつく結びます。巻き方が亀甲縛りではなくミノムシ縛りなのが気にかかるところですが……
ぎちぎち
ああ、縄が身体に食い込んでいますっ。
いいっ、いいっ!
流石ご主人様、始める前からこの快感っですっ!
ああぁ。これからわたしはどのようなことをされてしまうのか……鬼畜なご主人様……いいっ!
「さて、と」
「どきどき」
ご主人様はわたしの前の床に正座です。
わたしはミノムシ状態で横になっています。
ああ~、今からわたしの身体は火照りに火照って今にも濡れ濡れいやらしいチカMK-2にぃ!
というかもうすでに……げふんげふん。
「チカ、話がある」
「な、なんでございましょうでありますですか?」
「最近のお前の行動は目に余るのだ」
「……へ?」
え? ご主人様を見ると、まるで駄目な犬をみるかのような眼をしておられて……
「特に今日は何だ? 食事中に奇声を発し、椅子を蹴り飛ばし床で転げまわるだと?」
「あ、いやそれはカレーが、」
「それにくわえて無断で台所に出歩いたあげく、水道に口を付ける?」
「あ、いやそれはカレーが、」
「まったく、俺は心底お前を見そこなったぞ。その性根、叩き直してくれよう!」
「……ええぇ……」
はい、お説教タイム入りま~す♪
まぁわかってましたよ? ご主人様がそんないきなりこんなことする訳ないって。ははっ。
ぐすん。冬の台所は寒いですねぇ……
◇
三時間後。
「……という訳だ。今後ははしたない行動は慎むのだぞ?」
「……」
「返事はどうした」
「……は……い……」
「よろしい、ではこのまま運んでやるから、明日までこの格好で反省していろ」
「うう~。はいぃ」
「よっ……ん?」
「え? ……あ“」
「なんで床がこんなに濡れているのだ。まさかチカお前……」
「あ、いやいやいや、これは違うのですよ!? なんというかその身体が火照った結果といか、いやその」
「トイレぐらい申告しなさい、まったくもう……よっ、雑巾雑巾」
「え、あ、いや、トイレ……? ん? そういえば確かに面積が広すぎ……いやいやいやぁぁぁあああ!? ちちち違うですよ!? チカは別におもらしなんかしな、」
「まぁ、なんだ、悪かったな」
「謝らないでぇぇぇええ!!」
気ぃ失ってる間にわたしはなんて粗相をぉぉぉぉお!?
◇
ふきふき
「うう、ぐすん。もうお嫁にいけない……」
「とりあえず縄はほどいてやるから、風呂に行ってきなさい」
ふきふき……しゅるしゅる
「あうぅ」
「あ、後もう一つ」
「な、なんですか?」
「カレー、ちゃんと食べなさい。温め直してやるから」
「ぐ。流石にご主人様、しっかり覚えてましたね……」




