犬耳少女と、限界への挑戦。
「ご主人様~、お腹すいたのですよ~」
「チカ……もはや奉仕の「ほ」の字も見当たらないな」
「ご主人様がいつもいつもタイミング悪くわたしにご奉仕させてくれないせいなのですよっ」
チカはぷんぷん、といった様子で、ソファーの背もたれの方を向き、足をばたばたさせる。
お行儀が悪いな……あと3秒待って直さなかったらお仕置きを……お、止まった。
「それは世間一般では“逆ギレ”というのではないか?」
「うっ……いや、そういわれると全くその通りなのですよぅ」
「まぁチカはペットだからな。別に構わないのだが」
「う~。最近日々をどう過ごせばいいのか、悩みに悩みまくりですよぅ」
「普通に過ごせば良いじゃないか。ほれ、こっちこい」
手を軽く広げ、チカを待つ。
そして近づいてきたチカをすかさずがっちりと抱きしめ、髪の毛をわしゃわしゃっとする。
「きゃぅ!ちょ、ご主人様、くすぐったいのですよ」
「よしよしよしよしよしよしよしよし……」
「なんか呪文みたいになってますっ!?」
◇
「もう、ご主人様は……突然こういうことをするんですから」
「チカは家にいてもいいんだぞ?」
「……え?」
「いや、チカの顔が寂しそうに見えてな。つい頭を撫でてしまったのだが、いけなかったか?」
「あ。いえ!そんなことないのです!嬉しかったのですよ!」
「そうか、なら良い。では俺はおやつを作るが、なにか希望はあるか?」
「ブッシュ・ド・ノエルが食べたいのですよ?」
「ブッシュ・ド・ノエルか。ふむ、悪いのだがチカ、」
「な~んて、冗談なのですよ!いくらご主人様でもいきなりブッシュ・ド・ノエルなんか作れないのですよね~」
「今日はクリスマスじゃないからな。普通のチョコレートケーキで我慢できるか?」
「そこなのですかっ。いや的を射てはいますけれども、そもそも作れるのですか?」
「余裕だな」
「さすがご主人様底知れないですね!?」
◇
「あむあむ……んー、おいしいのですよ~」
「ふむ、我ながらうまくできたと思うが、何かが足りない気がするのだ」
「足りない?もう充分ですってば」
「う~む」
「あむあむ」
「ああ!そうか!チカ、ちょっと留守番していてくれ」
「はい?どこかお出掛けになるのですか?」
「ああ、ちょっとローソクを買ってくる。俺は今年で18だから、18本だな」
「何故おやつにローソクたてようなんて思いやがりましたか!?そしてそもそも歳の数を立てるのは、誕生日ですっ」
「あれ?そうだったか?」
◇
「あまあまぁ~。しかしご主人様はホントなんでもできるのですね。このチョコレートケーキも甘さが絶妙で凄く美味しいのですよ」
「それはどうも。まぁしかし、俺にだってできないことはある」
「もぐ?例えば?」
「針の穴に糸を通すことだな」
「意外っ!!」
「普段は糸通しを使って裁縫をしているな」
「あ、裁縫自体はできるんですね」
◇
「ではここに針と糸を用意しました。さぁご主人様、ご自分の限界を超えるときがきました!……正直これ以上人類の限界を超えないで欲しいという思いもありますが」
俺の前に用意された、裁縫用の針と、白い糸。
この小さな穴に通す感じがなんとも、イラッとしてしまうのだよなぁ。
「う~む……むむむむむ」
「ほんとですね~全然通ってないです。お、これはわたしチャンスですかね?わたしのご奉仕、その名も裁縫の時に針に糸を通すだけ!ってしょっぼ!!」
「むむむ」
「……セルフツッコミほどうすら寒い気持ちになるものはないのですよ……」
◇
「むむむ」
「あの、ご主人様?そろそろよろしいのではないですか?」
「むむむ」
「あの~、ご主人様~!聞いてますか!?ごしゅぐばはぁっ」
「うるさい」
「はい、すみません」
◇
「むむむ……あ、できた!できたぞチカ!ほら、ほら!」
「ぐ~……はっ!何事ですかっ」
「ほらチカ!みろ、針に糸が通ったぞ。俺は自分の限界を超えたのだ」
「わぁ~凄いですね~」
「だろ?」
「何が凄いって、」
チッチッチッチ、カチッ
「もう真夜中なのにずっとやってられるその精神力ですよね!?」
「なんだ、もう一時半か」
「何時間やってましたよ?えっと、十時間以上ですか……?すっごい集中力ですね!!そっちの方がむしろ限界こえてますよっ!」
「ん?よくあることだろう?」
「よくあってたまるかっ」
◇
「それでは皆さん、今回はもう寝るのでこの辺りで。御機嫌よう」
「誰に向かっていってるですかっ?わたしはお腹がぺこぺこなのですよぅ」
「じゃあこの機会にチカが夕飯を作ればよかったではないか」
「……!!ご奉仕チャンス逃したぁっ!!」




