〈第四章〉 神と死体に囲まれたランチタイム
壮大な土気色の空間。
その中に木霊するのは、男達の悲鳴と、断末魔の叫び。
抵抗と思しき銃声は、すぐに聞こえなくなった。
それが、意味するのは、『神』の死か・・・
はたまた、男達の死か・・・・
見当は付いていた。
目の前では、徐々に砂の霧が晴れていく。
白い輝きと共に・・・
浮かび上がって来たのは、小さな、一人の影。
「・・・・・・・・ふぅ〜。スティさん大丈夫でしたか?怪我は?顔色が悪いですよ。」
そう言って、あたしの元へ向かってくるのは、乱れた銀髪をしたアルク。
背は、140くらいで、眼も淡いグレー。
杖も持っていなければ、声も幼げになっている。
それは、先程の『神』とは、完全に異なっていた。
いや、神かどうかは、まだ分からないが。
「さあ、つかまって。」
そう言って、あたしに手を差し出す。
今、気付いたが、いつの間にか倒れてしまっていたのだ。
サラサラとした砂が、髪にまとわりついてくる。
あたしは、反射的にその手を握って起きあがった。
2本の足で立ち、見回した。
すると、当然だが、周りの様子が鮮明に伝わってくる。
視神経を通して脳に伝わった情報は、信じがたいモノ。
(こ、こんな・・・)
そこは、まるで荒らされた墓の様だった。
無惨に転がる男達の左胸は、朱に染まり、大きな刺し傷が出来ている。
そして、その下の砂は、紅い血を吸って、真紅に濡れ輝いていた。
ただ、不思議な事に、男達が跨っていたステルコットには、傷どころか、飛び散ったであろう、男達の血すら、付いてはいない。
完全に、男達のみを葬っていた。
「き、キミが・・・・・やったの・・・?」
信じられない。
あり得ない。
そう思いつつ、口は、少年に、そう問うた。
声が振動する。
それに同調するかのように、足まで震えてきた。
アルクは、ゆっくり眼を閉じた。
「ええ。仕方が無かったんですよ。僕も彼らを許すわけにはいかない。」
「キミは・・・貴方は、本当に『神さま』なの?」
あたしがそう言った途端、あたしの右手をアルクがつかんだ。
そして、軽く引く。
「それについては、『中』で話しましょう。僕が美味しいランチをご馳走しますよ。」
「・・・・『中』・・・って?」
中?ランチ?
いったい、どうするつもりなのだろう?
この村には何にも無いのに・・・
「ボロいけど、どうにかこうにか我慢してください。『創造杖』でも使えばもっとマシに出来るんですけど・・・・一服するだけですし・・」
質問に答えることなく、アルクが、あたしの手を引いて行く。
いや、それが質問の答えだったのかも知れない。
そこに立ちはだかっているのは、深いグレーの、壁、屋根、扉。
たった今まで、何も無かった砂場に、忽然と姿をあらわしたのは、一軒の平屋。
もちろん、見覚えなど無く、さっきまでは、絶対になかった。
いつの間にこんなモノが・・・
「早く入りましょう」
こうして、世界を創り出した創世の神との、ランチタイムが始まった。
「さぁ、楽にして下さい。そこの椅子に座って。」
大きな平屋は、意外にも、一間だった。
ただ、縦10メートル、横5メートルはあるか・・・
その一間は、家庭的なキッチンを思わせる創り。
しかも、アルクは、白いフリルのエプロン姿。
顔を赤めらせ、両手でフライパンを握るその姿は、可愛いながら、滑稽だった。
いつものあたしなら、笑い転げていただろうが、なぜか今は、その様な感情が、全く湧かない。
それは、あの少年に対する、恐怖だろうか。
そんなあたしに、気を害した様子もなく、アルクは、あたしから注文を取った。
「お、お客様。ご、注文はお決まりでしょうか?」
ご丁寧に、メモまで用意している。
一体、どうすれば良いのだろう。
「・・・・・・・思い尽きません。」
限界だった。
それ以上の言葉を発することが出来ない。
「承りました。・・・・・・・・・お待ちしました。」
イヤ、全然、待ってない。
そんなツッコミは、この際無しとしよう。
別に、時間を早送りにしたわけでは無い。
少年が、『承りました』といってから、経ったのは、僅か2秒程度。
その頃には、皿さえ持っていなかったアルクの手に、品は、忽然と姿をあらわす。
「ぇ、えぇ!」
テーブルに置かれたのは、肉汁滴る、分厚いステーキ。
それにも驚いたが、問題は、品の来る速さだ。
ファーストフードでも、こうは行かない。
「どうぞ、お召し上がり下さい」
そうお辞儀をし、アルクは、慣れない手付きで、エプロンを外しにとりかかった。
約30秒後、ようやくアルクも、席に着く。
テーブルの大きさは、そんなに大きくない。
二人で使えば一杯になる位な物。
アルクも、あたしの反対側の席に座って、同じステーキを突き始めた。
「いっただっきま〜す」
機嫌良くそう言って、何かと勝負でもするかの様に、貪り食う。
あたしの分は、全く減らないが、アルクの分は、みるみる減っていった。
ものの三分ほどで、完食。
作るのと同様、恐るべきスピードだ。
だが、あたしは、食事どころでは無かった。
「貴方は、誰なんですか?」
あたしに、勇気というものがあれば、この一言で完全に消費してしまっただろう。
何処からか現れた布で、口元をぬぐっているアルクに、震える声で、そう叫んだ。
「・・・。神、というか、まあ、世界を創造したのが神なら、僕は神ですね。でも、僕の子供にも、神は居ます。そう言う風に考えると、神の父?とでも言うんでしょうかね。」
そう言い終わって、ガラスのコップに注がれた水を飲む。
これも、彼が創造したものなのだろうか?
「他の子・・・?」
「ええ、言いませんでしたか?僕は、全てのモノの父。その中は、当然、『神』も含まれています。でも、まあ、気軽に『キミ』でも、『アルク』とでも呼んでください。」
眼を細め、あたしに微笑みかけながらそう言う。
その、わずかな間に、コップの水は、何もない大気中から注がれる水で、一杯になっていた。
種も仕掛けもない、人間の領域を遙かに越えたその技。
あたしの中にあった疑問は、確信になった。
「じゃ、じゃあ、みんなを、村のみんなを生き返らせる事は出来ますか!!!」
最後の頼みだ。
あの生々しい光景が、夢だとは思えない。
ここまで困ってしまうと、もう神頼みしか無かった。
(お願い神様)
「出来ません」
「っえ」
アルクの顔は、笑っていなかった。
何故だ。
みんなは、何一つ悪い事をしたわけでは無い。
悪いのは、全部奴らだ。
なのに・・・・・なぜ。
「何故でしょうか・・・人は、何故か大切な人が亡くなると、絶対に、その人を生き返らせてくれ、と言うんです。何故ですか?」
「それは・・・分かりません。ただ、どうしても、みんなを返して欲しいんです。お願いします。」
「どうして、返して欲しいんですか?」
次々と来そうな質問に、あたしは、言葉が詰まった。
彼には、人の気持ちと言うものが分かっていないのだろうか。
「死んだ人たちを生き返らせる事は出来ません。今、皆さんは、死者の世界に居るんです」
「死者の世界・・・?」
天国か何かだろうか?
みんなは、そこに居る。
「はい、そうです。そこでは、死んでしまった方々が、来世に行くため、肉体の順番待ちをして居るんですよ。・・・・まあ、簡単に言えば、体を無くしてしまった方々が、新たな体を手にするため、何百年かを、そこで過ごすんです。」
アルクは、そこで言葉を切った。
椅子から立ち上がり、外していたエプロンを付ける。
「来世で出会えることを、祈って下さい。」
それだけ言うと、テーブルにコップだけ残して、皿を洗い始めた。
(意味が分からなかった・・・)
ともかく、みんなは、その世界に逝ってしまったという事だ。
(どうすれば良いの・・・)
普通のあたしなら、愛する人々が死んだ瞬間、悲しみで狂ってしまっていただろう。
ただ、目の前に『神』と言う希望がある以上、諦めたくは無い。
アルクは、未だに少ない皿を洗って、あたしに背中を向けている。
あたしは、その小さな背中に、思いっきり叫んだ。
「・・・します・・・お願いします!!」
何を考えて言った訳でもない。
ただ、その後あたしは、何が起こったか分からなくなった。
「あの人達が亡くなって悲しいのは、僕にも分かります。なんと言っても、僕の子供だ。だが、だからと言って、僕自身が自分で決めたルールを、僕が破る訳にはいかない。毎日、僕は誰かが殺されるたびに、胸が張り裂けそうな思いです。」
今のアルクは、さっきまでの彼とは違っていた。
今の彼なら、神と言われてもきっと分かるだろう。
優しい大きな瞳は、悲しみに曇り、それでもなお、厳しさを保っている。
そんな眼にのぞき込まれ、驚いたあたしは、声も出ない。
そして、彼の小さな手は、あたしの右頬を撫で、親指は目元をなぞっていた。
「あなた達、人間には、その記憶を残し、悲しみ、のみ、を消す方法を与えたハズですよ。贅沢なことだ」
アルクは、そう言い残して、あたしに背を向けた。
あたしに遠慮したのだろうか。
あたしの眼から滴る、透き通った輝きを見て。
次の瞬間、あたしは、声を上げて泣き崩れていた。
「さあ、スープぐらいなら、呑めるでしょう?」
差し出されたのは、朝呑んだ白く濁ったスープとは全く異なり、陶器の皿をほのかに黄色く染める程度の透明度をした、芳しいスープ。
「ありがとうございます」
そう言って、受け取ろうとする。
だが、その時には、スープは、あたしの手の届かないところに、引き下げられ、受け取ることは出来ない。
まるで、動物園に居る象に、餌を差し出して、鼻が届く直前に餌を引っ込める。
そんな感じだ。
「何です?」
遊ばれているのか。
直感的にそう思ったが、そうでは無かった。
「スティさん。このスープをあげる代わりに、その『ありがとうございます』とかいう、『敬語』をやめてくれません?出来れば、弟に対する様な態度で・・・」
「な、何でです?」
「あなたが、飢え死にしないため」
アルクが、そう言い終えたその時、あたしのお腹が軽快な音を立てて鳴った。
時刻は、午後4時半。
泣き疲れるとは、この事だろう。
一日の半分ほどは、泣いて、止んで、泣いて、止んで、を繰り返したのだから。
「アルクぅ。お姉さん、お腹空いて、もう死んじゃいそうなんだから、悪ふざけはやめてそのスープをこっちによこしなさい。」
「・・っっふ・・・・はぁい。姉さん。」
空腹には勝てない、といった所か。
あたしは、それを受け取り、あっという間に飲み干した。
「ごちそうさま」
早い。
ファーストフードでも、こうは・・・いかない。
「さあて、そろそろ、この家も引き払いましょうかね。」
「そういえば、あたしは、どうすれば・・・」
この建物、唯一の出口へと向かう、アルクの背中に尋ねた。
質問は、同じく質問に返される。
「あなたは、僕が神だと、信じますか?」
「っえ・・・・・」
流石に、これには即答できない。
最近の科学の進歩は、目まぐるしい物があると聞く。
この国が、遅れているだけで、先進国には、彼の様な人間が五万と居る事も考えられるのだ。
だが、彼のことなら、信じられるような気がした。
容姿はともかく、何故か分からないが、そんな気分にされる。
「まあ、信じていようが、信じていまいが、貴方には、『首都 ディマーリュ』に来て頂きます。ご同行願えますよね?」
「でぃ、ディマーリュ・・・ですか・・・?」
そこには、王の城が、今も何とか残っていて、国の人口の7割が住んでいると言う。
だが、首都と言っても、他国から見れば、田舎もいいとこだ。
ただ、ここからだと、約一万キロメートルはする計算になる。
そもそも、どうして、そんな所に・・・
「行くのは、別にかまいませんけど、何で・・・首都に?」
「それなら簡単です」
あたしが、家を出たのを見て、アルクが扉を閉じた。
「貴方が、この国の姫だからですよ」
遙か彼方では、熱いほどだった日が、空をオレンジに染め、暮れてゆく。