〈第二章〉 神々の神殿
天をも見下ろす場所に位置した、巨大な建造物。
眩しい白に染められた、これの名は、『神殿』
地球という、生命唯一の楽園から逃れで出た神々は、この『神殿』から、生物の
進化を見守っていた。
ドーム型に広がる、大きく、明るい部屋。
『神殿』の中心部であるこの部屋も、外部と同じく、白く滑らかな大理石で造られ、
室内は、微妙な冷たさを含んだ空気が充満している。
そんな室内を見回して見ると、部屋の隅に、ザクロの木が立ち並んでいるのが分か
るだろう。
このザクロは、この部屋の主である男が、妻の機嫌をとるために植えたものだ。
ちなみに、『機嫌をとる』とは、『命を守る』と言う意味に直結している。
その『主』とは、先程から、部屋の真ん中にある玉座に腰を下ろし、手に握る
鏡の様なものをのぞき込んでは、しきりに何か呟いていた。
薄い金髪を額の中心で分け、一枚の白い布を体に巻き付けている、天使の
様な風体をした、あの男。
彼は、数多に存在する、神々の最高位に立つ神。
『最高神 ゼウス』
そして、今やっている事は・・・・・・・
「これもダメ・・・・あれも、あっちも・・・」
鏡の中に写っているのは、天から見下ろした、たくさんの人々。
彼が探しているのは・・・・
「ん〜いい娘いないかな〜」
そんな、最高神にあるまじき独り言は、先程から、彼の口より零れ出ている。
だが、彼にとって、この、『浮気相手探し』は、日課と言うべきこと。
正直、一日も休んだことが無い。
もちろん、妻であり、結婚の神である『ヘラ』には秘密だ。
昔は良かったが、今では半殺しにされる。
それを防ぐため、彼女の神木、『石榴の木』を植えているのだが、これの
おかげで命を救われた、と言った試しは無かった。
「見つかんないな〜しょうがない、今日は・・・」
収穫ゼロ。こんな事は、あまり無い。
そう思いながら、サラサラの金髪を、撫でるようにかき上げながら言った
言葉を、ゼウスは途中で飲み込んだ。
ヤバイ『あいつ』が来る!
咄嗟にそう感じ取り、何かに刺されたかと思うほど素早く、鏡を手の中へ吸い
取り、消した。
その、DNAに刻み込まれたとでも言うような素早い反応が終えられて、わずか
数秒後、部屋のドアが、ゆっくりと開かれる。
あわてて玉座に座りなおしたゼウスの目に写ったのは、予想通りの女性。
「ゼウス、お客さんよ。」
そういったのは、ゼウスと同じような服装で、同じ色の金髪を腰の位置まで伸ばした、
美しさ溢れる、彼の妻。
『結婚の神 ヘラ』
そして何より、彼女は、ゼウスの実の『姉』でもあった。
「え、あ、ああ、うん。ありがとう。で、誰?」
妙に焦った様子を見せないよう、注意してはいるが、演技は苦手。
どうしても、声に、動揺と恐怖がにじみ出す。
だが、今回に限って、ヘラがその事につっこむ事はなかった。
「ハデス。」
ゼウスの問いに答えた、この短い言葉には、かすかに親しみが込められていた。
「え?何でハデス兄さんが?」
「もう忘れたの?・・ハデス、怒るでしょうね。じゃ。」
ゼウスの声を聞き、あきれ顔になるが、すぐに体を持ち上げ、背筋を伸ばすと、
ドアの向こうに見えなくなった。
「あ〜あ。質問、無視されちゃった」
深いため息と共に、玉座へ体を深く押し込む。
柔らかな玉座は、彼の体を包むように形状を変える。
そんな玉座へ身をまかせるゼウスだったが、顔は、何処か不満げ。
「なんで、ハデスの兄貴が・・・・?」
「我が輩が居てはまずいか?」
深みのある、何処までも冷たいバリトンボイスが、ゼウスの背後から響き出る。
その瞬間、少々肌寒い程度だった気温が、いっきに低下し、威圧された周囲の
大気は、逃げ場を求めて、ドアへと流れていくようだった。
そんな周囲の様子に、少々驚いたようなゼウスが、ゆっくりと立ち上がり、後方を振り
返る。
「ハデス兄さん!!!」
「なんだ、うるさい」
即答でそう答えたのは、『冥界の神 ハデス』
西洋の貴族風な正装と、黒い帽子に固められた、この強面な表情の中に、あの
ゼウスと共通するところは、全くない。
唯一、同じといえば、その帽子から溢れる、薄い金髪ぐらい。
あとは、何から何まで、兄弟であることを連想させる部位は無かった。
「そんなこと言わないで・・何で兄さん来たんだ?あっちはどうしたんだよ」
元の居心地良い玉座へ、腰を落ち着けながら、そう尋ねる。
『あっち』とは、ハデスの支配下にある『冥界』のこと。
地獄と言った方が分かりやすいか・・・
「大事な仕事、放って来たのか?」
「・・・貴様・・・・・」
刺さるような、鋭い赤眼が、ゼウスを見下ろす。
「な、なんだよ・・・・・」
最高神にも、恐いものがいくつか・・・・・・・・・・否、いくつもある。
その中には、『兄』も含まれていた。
「貴様という奴は・・・またも忘れたのか!!あれほど言って置いたというの
に・・・ならば、他の神々には知らしていないのか!!」
怒声は、ドームの様なこの部屋の中で、様々な方向へ反響していき、震える空気
は、引きつった顔をしたゼウスの肌を打った。
それでもなお、最高神の威厳を保とうと、弟は、無謀にも口を開く、が先程のよう
に、演技は苦手で、力弱い震えた声が、流れ出す。
「だ、だから・・何・・が?」
「・・・・・・・・」
やってしまった。
瞬間的にそう感じ取ったゼウスの目に、今映っているのは、殺意を浮かべる兄の姿。
「あ〜そうだった!今日は、兄さんの誕生日だね。プレゼント何にしようかなぁ・・
・・・グホォ」
そんな兄の表情をみとり、慌ててそう叫ぶが、どうやら、誕生日では無いらしい。
ハデスの、細くても力強い指が、最高神の喉に食い込む。
「貴様・・何度言ったら分かる?今日は、『あの方』がお目覚めになるのだぞ。
それを忘れて・・・どうせ、人間の女でもあさっていたのだろう?そんな事では
・・・・」
顔を真っ赤にした弟に、ハデスが淡々と告げていく。
その間にも、ゼウスの足は、地面と別れようとしていた。
それでも、窒息寸前の彼を、神が哀れに思ったのか、ギリギリで、『救いの神』が降臨した。
「そのくらいにしてやれよハデス。ゼウスが死ぬと厄介だろ?」
室内に、野太い声と、海水の香りが充満する。
ハデスが、弟を解放して、背後を覗くと、そこに居たのは、スキンヘッドに、海パン、
そして、ゴーグルを装着した、筋肉だらけの大男が、海水を滴らせ、こちらに向か
って来ていた。
その手にあるのは、三叉の鉾。
「ポセイドン。やはり、貴様までは、流石に覚えていたか。」
『海洋の支配者 ポセイドン』
当然、救いの神では無いが、ハデスの弟であり、ゼウスの兄。
まだ他にも兄弟はいるが、ゼウスは、一番下だった。
「覚えてるも何も、親父さんが眠った日、知ってんのは、俺らだけだろ?・・ああ、
ゼウス・・お前忘れてたんだなぁ〜」
ゴーグルを外しながら、からかうようにそう言うポセイドンの、碧眼が、ゼウスの
目を覗く。
その時、やっと、『あの方』『親父さん』の意味を理解した。
彼らにとって、父とは、『時の神クロノス』だ。
だが、このクロノスは、彼らの手で、冥界に送っている。
残る、『父』と呼べる存在は、だた一人。
宇宙発生以前の、混沌とした空間、『カオス』を造った、全てのモノの父。
「ああそうか!!もう99神年も経ったのか。はえ〜な」
「ようやく思い出したか。」
記憶を手にしたとき、特有の幸福感に打ちひしがれてるゼウスの元に、ハデスが歩み
寄ってきた。
「99神年、825年前、『あの方』は、この世界が平定へ向かうことを楽しみに、
眠りに入られたのだぞ。全能なる最高神の支配地、『陸』は大丈夫なのだろうな?」
そう問われ、ゼウスの頭に、大昔のあの日が思い出された。
彼ら、3人は、支配地を『くじ』で決めたのだった。
ハデスは冥界。ポセイドンは海
そして、ゼウスは、天と陸。
ハズレ引いたな・・・
もっとも、当時は大喜びだったが。
「い、いや・・・ちょっと人間が・・力を持ってきたっていうか・・あ、頭が良くなった。
んで、その事を自己主張してる。」
「つまり、戦乱の世か。」
ポセイドンが、横から、フォローを送る。
「ち、ちがうんだよ、ハデス兄さん!!これは・・・」
「ほぉう。なるほど。ゼウス、貴様は、よく仕事をこなしていたようだな。おかげで、
『父上』は、大忙しだ」
「いや、違うんだって!これは、」
血の凍る様な、鋭く、冷たい視線が、ゼウスの碧眼を捕らえる。
それを、痛い程感じながらも、ゼウスが言い訳をはじめた。
が、その声は、身を砕く様な轟音によって、かき消された。
彼らから、少し離れた場所。
そこでは、風が渦を巻いて、周囲の石榴を揺すっている。
「来たのか?」
ゼウスがそう言って、立ち上がる。
それと同時に、元々白かった室内が、それをゆうに上回って、真っ白い輝きに包み込
まれた。
失明しかねない光力に、全員が、目を手で覆う。
どの位の間そうしていただろういか。
風の音は、突然聞こえなくなる。
光も消えたようだ。
三人が、ゆっくりと、顔を上げ、目を開く。
「で、デカッ」
「すげぇ」
「全く、これはいつ見ても・・」
室内は、先程と、あまり変わっていない。
ただ一つ。
彼らの目の前に、白の床へと、金色の影を落とす、とてつもなく、巨大な扉が出現していた。
細かい紋様を彫り込まれたそれは、壁も何もないところに建っている。
見上げるほど高い。9〜10メートルはあるか。
その時、耳に響く、不吉な音と共に、『扉』が開く。
その向こうに居たのは、長いひげを蓄えた、しわの深い老人・・・では無く、
「親父」
「父上」
「親父さん」
そこに居たのは、癖のある銀髪をした、10歳程度の、『男の子』だった。
この章までは、意味不明な名前なども有るかもしれませんが、次作からは、完全オリジナルの人物ばかりになります