第二話 ドベ
ゴルドラス孤児院。
マオ大陸中央に位置する都市国家ドランクに建つ孤児院。
過去から現在に至るまで数多くの子どもを育てては世に送り出してきた。
彼らが辿った人生は多種多様多岐にわたる。有名から無名、果ては悪名までも。
ゴルドラス孤児院出身かどうかを見極める方法は容易である。彼らは皆、同じ家名を名乗っている。
かつて竜だったらしい老婆シルバー・L・ドラドは人間への慈悲の心から自らの出費でゴルドラス孤児院を運営している。
婆曰く
(拾った子どもの新しい家族になってやるだけさ。寂しくない幼少期を過ごしてくれればそれだけで充分さ。)
「拾って育てた子どもはね。後に大金持って恩返しにやってくる事があるのさ。ケヒヒヒヒ………あ」
…………。まあ、とにかく、故に俺はルート・L・ドラド。ゴルドラス孤児院、新入りで最年少となった。
孤児院は社会だ。血の繋がりを持たないコミュニティ、各々が各々の利益を最優先に動く。
俺はそんな社会の新入り、最年少。つまりは最下層、最弱だ。
俺が一石を投じようものなら、それは波紋を呼び、やがて大きな波となって返ってくる。俺もろとも飲み込んでしまうだろう。
つまり、俺は今、大人数部屋にいる。俺よりも少しだけお兄さんお姉さん方とご一緒の布団が敷き詰められた大人数部屋だ。各々が好き勝手、そこかしこに転がっている。
ここでほんのわずかにでも騒いだなら、それはすぐさま連鎖を起こし、連鎖は連鎖を呼び、収拾のつかない事態にまで発展してしまうということだ。
静かに生きねば……お兄さんお姉さん方にご迷惑をお掛けしないように…。はぁ……。
しかし、希望はある。年月を重ねれば少人数部屋に移れる、最終的には個室にまでありつける。当面はそこを目標に生きていく。
そうと決まればやることはひとつ!!!!もない。
なんにもできない。だって、俺、赤ちゃんだから。
やっと少人数部屋に移れたある日、部屋で一人、布団を被って横になっているとドアが開いた。
誰かが入ってくる。同じ部屋の子どもじゃない。
ゲートとロードだ。この世界で俺を見つけた子ども達。
あーまたかくれんぼだろうか。
俺に目もくれずにコソコソしている。
この部屋はかくれんぼの定番の隠れ場所のようで、定番過ぎて鬼もまず確認しにくる程だ。
「ユウキ、俺はココに告白する。」
………。ココ・L・ドラド、ゴルドラス孤児院で働くメイドのお姉さんだ。彼女もまたこの孤児院出身らしい。シルバー婆さんの秘書のようなこともやっている。
「フッ、ホント年上の女の人好きだよね?ダイヤは…」
………。
「違ェよ!ココがアピールしてくんの!告白してくれたら応えるよって。だから、俺から告白してやんの!」
「どうしてそう思ったの?」
「え…朝からずっと一緒にいてくるし…」
「仕事だね、みんな一緒に住んでる。」
「何度も一緒に食事をしたし…」
「仕事だね、みんなでご飯の時間だ。」
「風呂まで一緒に入ってくるし…」
「仕事だね、みんなで大浴場だ。」
「ユウキは見たことないと思うけど、俺にしか見せてない普段の大人の雰囲気とは違う可愛い笑顔で話しかけくるし…」
「仕事だね、僕も見たことあるよ。そこを好きになっちゃったんだ、ダイヤは。」
「ああッ!!もうッ!仕事だとしてもだッ!!!だとしても、大人は仕事相手がいい人、いい奴、いい子だったら好感度爆上がりで好きになっちまうんだよッ!!ユウキお前、大人知らねェだろッ!?」
「知らないよ。大人になる前に死んだから…」
「俺も」
「「ギャハハハハハ」」
「ダイヤ……ユウキ……」
もう二度と、もう二度と呼んでも決して返事は返ってこないと、いつからか声に出せなくなってしまった名前。
その名前を耳にして頭の中の最前面に彼らのバカみたいに笑う顔が想い起こされて、思わず呼び掛けるようにその名前を呟いてた。
口はその名前の形を覚えていたが、何分久しぶりの響きだったため一音一音、丁寧に丁寧に発音していた。
それを聞いたゲートとロードは慌てた様子で顔を突き合わせた。
「ユウキお前、ダイヤとか呼んでんじゃねェよ!!!」
「違うよ!ダイヤが先にユウキって呼んだんじゃん!!」
ハッ……ハッ……
口の中の何も無いを飲み込んだ。
そうしないと喉から心臓が胃が腸が芋づる式に出てきてしまいそうだった。
ああ、一旦落ち着こうと一度だけ瞬きをした。閉じた瞼の裏は眼球が浮かび上がりそうな程に水が溜まっていた。再び目を開けると水は涙となった。
「ダイヤァ………うぅユウキィ………あぁ俺だよぉぉ………俺ェ……えぐっ…俺ヨシヒロだよぉぉおおおおおお……うわあああああんあああああああああああああああああああああん」
「「ヨシヒロッ!!?!!!?」」
「うああああああんああああああああああんああああああああああああああああああああん」
俺は泣いた。三才ちょっとの子どもだからだろうか死ぬ程泣いた。生まれ変わる程泣いた。
途中、ダイヤとユウキがシルバー婆さんに連れてかれたのが見えたが、それでも泣いた。
怒られてたならごめんね。
泣いた後はもちろん寝た。
次の日、目が覚めた。
「よっ」
「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
俺は鉛筆のキャップのように布団の上を跳ね転げ回った。
コイツ……マジで……
目を開けた瞬間、視界の全てがダイヤ、もといゲートの顔面で埋まっていた。
「バカバカバカ、静かにしろって……またシル婆に怒られるって……」
「いや、今のはどう考えてもダイヤが悪いでしょ。おはよ、ヨシヒロ。」
「おー……ふぅー……おはよう、ダイヤ、ユウキ……ゲート、ロード……?うぅ……ユウキィ……」
ああ、ダイヤもだけどユウキが生きて動いてる……。それだけで俺はもう……。もう……。
「おいバカ、泣くな泣くな。」
「ヨシヒロ…泣きすぎだよ………へへ……ダイヤと…ユウキでいいよ…三人の時はさ、ね?…ヨシヒロ。」
「ユウキ、ちょっともらい泣きすんな。」
ダイヤ、コイツホント泣かないな。いつ泣くんだ?
「ヨシヒロは……さ……僕のこと殴んなくていいの……?」
「あ、やべ」
ダイヤがこっちに顔を向けたまま摺り足だけで遠ざかっていく。器用な奴。
「ダイヤにさ……色々話したらさ……殴られちゃった……」
「えぅ……殴るわけ、ないぃ………………ッ!?ダイヤ!お前、ユウキ殴ったのかッ!?………グスッ…ユウキィ…また会えて……うぅ嬉しいぃ………」
ダイヤをじろりと見る。コイツ今泣かしてやろうか。
「いや、情緒。もう謝ってますぅー。仲直り済みですぅー。去年のことですぅー。てか、ヨシヒロさー、冒険行かね?」




