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激痛マッサージ師、異世界転移で拷問官となる

作者: ときわ わず
掲載日:2026/01/14

本作に登場するマッサージは、物語上の演出およびフィクションとして描かれたものです。現実の医学的・科学的知見を正確に反映することを目的としたものではありません。

また、マッサージの効果や感じ方には個人差があります。

あらかじめご了承のうえ、フィクションとしてお楽しみいただければ幸いです。

 テレビ局の廊下は、慌ただしくスタッフが行き交っている。


(何度来ても慣れないなあ……)


 鈴木健太郎は、落ち着かない気持ちでバラエティー番組の収録現場へと向かっていた。

 鈴木は、芸能人ではない。世間的に分かりやすい表現をすれば、マッサージ師である。

 芸能人に“激痛マッサージ”を施術する。鈴木は、彼らからリアクションを引き出すための舞台装置のようなものだ。


(痛ければいいマッサージというわけでもないんだけどな)


 案内されたスタジオの前で、深呼吸する。営業用の穏やかな笑みをつくり、鈴木は重い扉を開けた。

 すると、


(――眩しい)


 強い逆光が目を刺す。何も見えない。

 次いで、足元がぐわんぐわんと揺れるような感覚に襲われた。立っているのがやっとだ。思わず目をつぶり、やり過ごす。耳鳴りもひどい。

 立ち眩みだろうか。自分の健康管理がおろそかになっていたことを鈴木は反省する。

 立ち眩みが少し落ち着き、まだ少し余韻が残る中で慌ててお辞儀をする。


「本日は、よろしくお願いします」


 視界がはっきりしてくる。足元は、スタジオの床とは思えない、石造りだった。


(こんなところまでセットの作りこみを?)


 不自然に思いながらお辞儀から戻ると、目の前にいたのは軍人のような制服と帽子をかぶった男だった。


「貴殿が噂の拷問官殿か。よろしく頼む」

「は、はあ……」

(もうカメラ回ってるのかな)


 聞いていた段取りとは、大きく異なる。

 動揺した鈴木が思わず周辺を見回すと、そこはスタジオとは思えないほど細長く薄暗い廊下だった。どういうわけだか、背後にある扉も、入ってきたときのものとは違うように見える。

 理解が追い付かないが、鈴木は流れに身を任せることにした。

 軍人のような男が歩き始める。鈴木はその後ろを恐る恐る付いていく。


「なかなか口を割らない囚人がいてな。貴殿にはそいつを拷問していただきたい」


 鈴木の動揺をよそに、男は説明を始める。


「拷問官ならご存じかと思うが、我が国の法では、流血を伴うような過激な拷問は禁じられている」

「ええ……」


 鈴木は拷問官ではない。マッサージ師だ。ゆえに、そんな法など知らない。

 それでも目の前の男――おそらく看守役だろう――に鈴木が訊ね返さなかったのは、「これもどうせバラエティーの設定なのだろう」という思い込みのせいだった。

(段取りとは違うが、たぶん急な変更とかで情報の行き違いがあったんだろう)

 自分はあくまで裏方のような存在だ。演者と比べると、重要度が低い。連絡が行き届かなかったのもそのせいだろう。

 半ば自分に言い聞かせるように、鈴木は理由をこじつけた。


「また、拷問を長時間継続することについても、近年は問題視されていてな。囚人側は制限があるとは知らないが、最長でも一時間で頼む」

(コンプライアンスか。たしかに、痛がっている様子を笑うってのは、問題視されてもおかしくはないのかもな)

「この扉の先に、貴殿に担当してもらう囚人がいる。安全のために、私も同席するから安心してくれたまえ。王都の治安のためにも、くれぐれも頼んだぞ」


 看守役の男の真剣な眼差しに、鈴木は思わず緊張する。

 バラエティーにおいて、マッサージ師は主役じゃない。

 存在感を出しすぎず、被施術者からいいリアクションを引き出す。

 あくまで、自分の役割を全うするだけだ。

 鈴木が気を引き締めて部屋に入ると、“囚人”は鋭い目つきで鈴木を睨みつけてきた。

 黒い髪もぼさぼさでセットされていないし、顔や身体には刃物でつけられたような傷跡が複数ある。ガラの悪い男、といった印象だ。

 足と手には、それぞれ枷がはめられている。


(そこまで世界観を重視しなくても……。というか、手枷とか足枷の方がコンプラ違反になるんじゃないか?)


 その男の顔には、見覚えがない。きっとこれから売り出す予定の芸能人なのだろう。

(そんなことより――)

 鈴木は困惑した。


「ベッドは、ないんですか?」

「はあ?」


 鈴木の言葉に、ここまで案内してくれた看守が怪訝そうに訊ね返す。

 部屋は、机と椅子が3つ。それだけだった。

 ベッドがない状態で施術するのは難しい。


(世界観に則った会話のほうがいいんだよな?)


 鈴木は少し悩んで、看守役に伝える。


「“拷問”のために必要なので、用意していただけますか。簡易的なものでいいので」

「……ふむ。分かった」


 看守役の男は立ち上がると、扉を少し開けて何かを囁いている。きっと、他の看守に命令している――という筋書きなのだろう。


(尺の無駄遣いじゃないか?)


 しかし、鈴木はバラエティーの専門家ではない。

 これがマッサージに入る前の前振りとして必要なのだとしたら、受け入れるしかない。

 程なくして、机が外に運び出され、代わりに組み立て式のベッドが設置される。


「では、仰向けに寝てください」

「お、おう……」


 囚人役の男は戸惑いながらも、ジャラジャラと足枷の鎖を引きずり、素直に鈴木の言葉に従った。


「では、始めます」


 鈴木は、持参してきたタオルを男の足に被せて、タオル越しにツボを押した。


§


「い゙っっっってぇえええええ!!!」

 臨時の拷問官が囚人の足に触れた瞬間、囚人は大声を上げて身をよじった。

「――――!」


 痛がる囚人の様子を目にした看守 ヴォルフガングは、その様子に目を見張る。

 囚人の名は、ハンス。帝国の裏社会を牛耳る悪名高い犯罪組織≪混沌の大蛇≫の構成員の一人だ。

 ようやく掴んだ手がかり。何としてでも情報を得たいところだったが、この男はなかなか口を割らなかった。


(物理的な痛みだけでなく、魔力抵抗も強いため幻覚魔法による拷問もダメだった。それなのに――)


 この拷問官は、そのハンスを一瞬で痛めつけた。

 しかも、ハンスの痛がり方からすると信じられないが、指で足を押しているだけだ。ヴォルフガングには魔力も感知できない。よほど高度な技術なのだろう。


(この拷問官殿ならば、あるいは――)


 期待を込めて、拷問官の男を見つめる。

 ベッドの設置を要望されたときにはどうなるものかと不安を抱いたが、今、ヴォルフガングは期待に胸を高鳴らせている。

 痛みに悶え苦しむハンスの様子を気にも留めず、彼は足を指圧するという不可思議な拷問を黙々と続けていた。


「…………」


 しかし、三十分が経過しても、ハンスが情報を漏らすことはなかった。

 こうなると、ヴォルフガングの胸中にも焦りが生まれてくる。

(もしやこの拷問官、痛めつけることは得意でも、それ以外はからっきしなのではあるまいか……?)

 囚人の不安を煽ったり弱みに付け込むような言葉。それを浴びせるのもまた、拷問官の腕の見せ所である。

 しかし、この男はどうだろう。あれから一言も発していない。

 耐えかねたヴォルフガングは、咳ばらいを一つして訊ねた。


「拷問官殿、どんな具合かね?」


 訊ねてから、この言葉選びはどうなのだとヴォルフガングは後悔した。まるで娘の結婚相手と気まずい会話を始める父親のような拙さではないか。

 少し間をおいて、拷問官は淡々と答えた。


「胃腸の調子が悪そうですね。肝臓も弱っているので、お酒は控えたほうがいいでしょう」


 想定していたのとは異なる言葉だったが、それを聞いたハンスは目を見張っている。きっと心当たりがあるのだろう。


「腰痛もひどいですね。重たいものを持つと響くでしょう」


 あくまで淡々と、拷問官は指摘する。

 そこで、拷問官の手が止まる。少し悩んだ素振りで、ヴォルフガングの様子を伺っている。


「拷問の手法は、全て貴殿に一任する」


 拷問官は、拷問のプロフェッショナルだ。ヴォルフガングは、その腕を信頼することにした。


「では、うつ伏せになってください」

「お、おう……」


 困惑しながらも、ハンスは拷問官の言葉に従う。

 うつ伏せになったハンスの、臀部の外側を拷問官が指圧するとハンスは呻き声をあげながら握りこぶしでベッドを叩く。大分拷問が効いているようだ。

 それからも、拷問官は口をつぐんだまま、太ももや腰を中心に指圧していく。


(いいだろう。これが貴殿のやり方ならば、私はそれを見守るだけだ)


 ヴォルフガングは、拷問に口出しをせず静観することに決めた。


§


(なんだってんだこの拷問官は……)


 ハンスは心の中で呟いた。

 ハンスは、犯罪組織≪混沌の大蛇≫の構成員であり、今は囚人の身だ。

 ヘマをして捕まり、この数日は拷問を受けている。

 恫喝まがいの尋問、むち打ち、幻覚魔法。どれも裏社会を渡り歩いてきたハンスには、音を上げるほどのものではなかった。

 ところが、今日の拷問官はどうだろう。

 ベッドに寝そべるハンスを揉むという拷問。それはあまりに異様だった。というか変だった。そんな拷問、聞いたこともない。

 力任せに殴っているわけではない。ただ、押されているだけなのだ。そして、それがやたらと痛い。


(それに、不調を的確に言い当ててきやがった)


 長年の暴飲暴食が祟ったのか、胃もたれがひどくなってきた。腰痛も長年の悩みの種である。

 幼い頃から、組織の中で生きてきた。自分を拾ってくれた組織に報いるために、身を粉にして働いた。


「どうだ、ハンス。情報を吐くなら早い方がいいぞ」


 看守が話しかけてくるが、無視する。

 当時は規模の小さかった組織も、今じゃ帝都で悪名高い存在となっている。

 自分の身はどうなってもいい。最後まで口を割らなければ、きっと組織も自分を認めてくれるはずだ。

 これまで、何度も自分に言い聞かせてきた言葉だった。しかしそこに、疑念が生まれる。


(組織は、俺を顧みてくれたことがあっただろうか)


 俺の不調を、気にかけてくれた奴が構成員にいただろうか。使えなくなったら捨てるだけの道具としてしか見られていないんじゃ――。


「――そうか。今日の拷問はここまでだな。早く吐かなければ、もっとひどい拷問になるぞ」


 脳裏をよぎる雑念を振り払いながら、ハンスは身を起こして立ち上がる。

 そして、すぐに違和感に気づいた。

 拷問官に振り返って、問いかける。


「てめえ、俺の身体に何をしやがった……!?」


 ハンスの言葉に慌てたのは、看守だった。


「拷問官殿、まさか、人道に反する拷問を――」

「いや、そうじゃねえ」


 誤解した看守の言葉を遮って、言い直す。


「身体が、楽になってやがる。長年苦しんでた腰痛もだ。てめえ、何をしやがった」


 拷問官の顔をまじまじと見つめる。

 犯罪者であるハンスの視線に怯えることなく、拷問官はまっすぐ見つめ返す。


「腰痛にお悩みとのことでしたので、痛みを取り除くために、臀部、太もも、腰を重点的に施術しました。症状が和らいだのであればよかったです」


 穏やかに微笑んでそう言ってのけた拷問官に、ハンスは呆気にとられた。


(拷問相手の痛みを取り除くなんて、そんな拷問、前代未聞だろ)


 思わず笑いが込み上げてくる。

 そして、組織に忠誠心を抱いていたことが、途端に馬鹿らしく思えてきた。

 きっと、これまでの人生で一番ハンスを慮ってくれたのは、この拷問官だ。


「気が変わった。情報を話すぜ」


 ハンスの表情は、憑き物が落ちたかのように晴れやかだった。


§


 感謝しきりの看守役の男とは打って変わって、鈴木は落ち込んでいた。


(腰痛がひどそうだったからって、うつ伏せで腰痛を取り除くためのマッサージをするのは出しゃばりすぎたな……。それまでのリアクションで取れ高が十分そうだったからって、いくらなんでも……)


 看守役の男は聴取を部下に任せて、鈴木を出口まで見送ってくれるらしい。


「いやあ、実に見事な拷問だった! 長年看守を務めてきたが、あれほど平和かつ効果的な拷問はこれまで見たことがない。また難儀したときには、貴殿に依頼するとしよう。これは今回の報酬だ」


 見覚えのある扉までたどり着いたところで、じゃらじゃらと鳴る巾着のようなものを手渡される。


「ありがとうございます……」

(こんなところまでオンエアするか?)


 鈴木の心の中で、これまで少しずつ抱いていた懸念が大きくなっていく。

 笑顔の看守役が扉を開く。

 その向こう側に広がっていたのは、見覚えのないレンガ造りの建造物が立ち並ぶ街並み。

 口をあんぐり開けていると、夕焼け空を何かが飛んでいるのが見えた。

 飛行機ではない。あれは、小説や漫画で見る――


「竜……」

「ああ、もう訓練を終えた竜騎士が戻ってくる時間か」


 鈴木の呟きに、何でもないことのように看守役が答える。

 呆然と立ちすくむ鈴木を、看守役は――否、看守は不思議そうに見つめている。


(今まで散々現実逃避してきたけど……)


 さすがに、認めざるを得ない。


「俺、異世界転移してるー!?」


 鈴木の叫び声が、帝都の高い空にむなしく響いた。



 なお、余談ではあるが、鈴木と入れ替わりで現代日本に転移してきた拷問官ミュリエルは、自称エルフの催眠術師としてバラエティー番組に引っ張りだこになっていた。


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