9、王宮にて
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一晩で主人を変えた王宮は、その新たな主、軍部によって厳重な警戒体制が敷かれていた。
急な政権交代に混乱はつきもの。いつ誰が何をしてくるかわからない以上、どれだけ警備を置いても足りないくらいだ。
国王暗殺の報せは、すぐに国中の公務員に届いた。
この国の公務員は、町役場の雑務係から政府の大臣まで、およそ国の運営に関わること全てを知識階級が担っている。公務員、すなわち知識階級であり、知識階級は皆、何かしら公務の役職についている。
他の国では、「貴族」と呼ばれていた立場に近い。
事件以降、彼らは皆不安を抱えながら過ごしていた。
直接的に国政や王宮に関わらない公務員はこれまでと同じ日々を送る。
王宮へ勤めていた者たちは、果敢にも軍部に問い合わせる者もいたが、大部分は沈黙を貫き状況を見極めようとしていた。
問題は王宮内に部屋を与えられ、クーデター当時に宮殿にいた者たちだ。
事件に巻き込まれた彼らは軍部に拘束され、身動きがとれなくなっていた。安全の確認と、実行犯との関係の有無などを確認するため、それぞれの部屋に押し込められた。
「国王陛下に手をかけた下劣な奴らを、野放しには出来ん。必ずや全ての関係者を洗い出し、断罪に処す。
貴殿らにも早急な解決のため、我々にご協力いただきたい」
重々しい口調で軍部の将軍が尋問の指示を出す。
(白々しい、自分たちで招き入れたくせに)
国王の側近として、クーデター現場に居合わせた書記官のカノープスは、心の内で舌打ちした。
あの晩、王の執務室には通常より多くの者が出入りしていた。
省庁横断の案件に追い込まれ、各省の官僚たちが次々に書類を抱えてやってくる。
普段は執務室に入らない立場の者も多かったため、シリウス王は奥の手のレグルスも使えず、苦手な書類仕事に奮闘する。
カノープスもそれを横目に自身の仕事に追われていた。
夜遅くまで灯りは消えず、そのうち限界を迎えたシリウス王が席を立った。カノープスが王を追いかけ、尋ねる。
「どちらへ?」
「根を詰めすぎても仕事は進まん、気晴らしに歩いてくる。お前も来るか?」
彼女は王の誘いに乗り、二人で部屋を出た。
もう少し落ち着いたら、後の書類はレグルスに丸投げしよう、などと王と軽口を叩いて歩いていると、前方から複数人の衛兵がやってきた。
「陛下、こちらにいらっしゃいましたか。急ぎ、お耳に入れたい件がございます」
衛兵たちの後ろには、もう一人、明らかな下位役人がいた。
それなりに身なりを整えてはいるが、着慣れない服のせいか動きもぎこちない。壮麗な宮殿の圧力と、国王からの視線に、彼は落ち着きなく周囲を見渡している。
「郵便局西支部職員のエルナトにございます。先の遠征に際して、この者から重大な目撃情報があると申しております」
ピクッ、とシリウス王の指が動く。今まさに、政府をおおわらわにさせている案件だ。
「……良いだろう、申せ」
少し離れた距離で王が発言を促す。
エルナト、と呼ばれた下位役人は一歩前へ踏み出すと、「ははっ」と頭を下げて口を開いた。
「お伝え申し上げます。先日の遠征にて、私は目にいたしました――」
話しながらエルナトはさらに一歩踏み出し、そして突然――走り出した。
「――王が死ぬ瞬間をっ!」
彼が素早く懐に手を入れ、鋭利な短刀を取り出す。
「シリウス王っ!」
カノープスがその鈍い光を見て、咄嗟に王の前を行こうとする。しかしそこに衛兵が立ち塞がった。
「何をする、邪魔だ! どけ!」
カノープスが叫ぶ向こうで、シリウス王に刃が迫る。王も身を返して避けようとするが、彼の両脇を衛兵が押さえていて動けない。そこを易々とエルナトの短刀が食い込んだ。
シリウス王の腹に深く刺さった短刀を、エルナトが引き抜く。同時に、ようやく衛兵たちが動いた。
「――捕えろ!」
一斉に彼を取り囲み、拘束する。哀れ、捨て駒は用済みとなったのだろう。
カノープスも眼前にいた衛兵を押し除け、シリウス王の元へ駆け寄った。王の腹部からはダクダクと血が流れ、宮殿の廊下を染めていく。
血の赤に隠れるように、王の胸元で彼のガラス玉――魔術水晶が赤く光っていた。その光に向かって、王は何か話しかけている。それも直ぐに途切れ、ヒュー、ヒューと喉が鳴ると、それきり王の息は途絶えた。
騒ぎを聞いた他の官僚たちも駆けつけてくる。
「国王が凶刃に倒れた」と、捕らえた下手人を見せつけながら、衛兵が官僚たちに説明する。
カノープスがそれに反論しようとすると、背中に鋭い刃先を突きつけられた。背後の衛兵が、周囲からは見えないように「余計なことは言うな」と脅してくる。
騒ぎはあっという間に王宮内を駆け巡った。混乱する官僚たちに軍部が指示を出し、彼らを宮殿内に留まらせる。そして王宮中に衛兵を走らせ、他の侵入者の捜索と要人の保護を命じた。
あまりにもスムーズに。
それ以降、カノープスは宮殿内の自室に閉じ込められ、ほとんど軟禁状態にされていた。出入り口には衛兵が見張りにつき、常に監視している。
国王暗殺の場に居合わせた彼女は、軍部から強い警戒を向けられていた。下手をすれば、濡れ衣を着せられたり、最悪命まで取られかねない。
けれどそれは、軍部にとっても避けたい事態のはずだ。
カノープスは知識階級の中でも、王家に次ぐ高位階級にあたる。
知識階級が知識階級たる所以、『魔術』を使いこなす彼らの中でも、カノープスは最も高度な『魔術』の知識と技術を有していた。
それ故、カノープスは他の知識階級の取りまとめ役でもあった。彼女を排除してしまうと、知識階級を統制する者がいなくなる。
軍部は国家機関の中で唯一、知識階級ではない一般市民からも人を集めている。戦場においては個人の技術とは別に、単純な人海戦術も必要になるからだ。
その出自故に、軍部は各省庁の中でも浮いた存在だ。階級主義の多い他省庁とぶつかることも多く、知識階級と軍部は、お互いに良い感情は抱いていなかった。
それでも現状、国政のほぼ全てを知識階級が担っている。そのため、軍部は知識階級に頼らざるを得ない。
いくら武力で制圧しても、実務が回らなくては国は立ち行かないのだ。
そして知識階級を登用する以上、まとめ役であるカノープスを無下に扱うことは出来ないだろう。
(それも私の、立ち振る舞い次第だろうな……)
あの現場にカノープスが居合わせたのは、軍部にとっても予期せぬ不運だったのかもしれない。
今後の軍部の動きと、知識階級の反応を考え対応を練っていると、部屋にノックの音が響いた。
情報がごちゃついている部分があるかもしれません。
知識階級=魔術師(実力はそれぞれ)=全員公務員です。
数が多いので当然、立場の上下もあります。下位の者はほとんど一般市民です。




