8、王家の事情
レグルスおじ様回です。
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レグルスがそこまで話すと、アリスは毅然とした表情で顔を上げた。
「だったら私は、なおさら街に出ないといけないわ。
お父様の娘として、街の人々から目を逸らすわけにはいかないもの」
アリスの宣言に、レグルスは顔を顰める。護衛のカストルも懸念を示した。
「けれど殿下、もし市民に殿下の正体がバレたら、彼らは軍部との対立に殿下を巻き込みます」
「あら、それは大丈夫だと思いますわ。姫様は本当は十七歳でございましょう。きっとみんな、十歳の姿の姫様には気付きませんわ」
ポルックスがアリスに助け舟を出す。その言葉を聞き、レグルスは苦虫を噛み潰したような顔で二人を見た。
シリウス王の妻ミラは、子供を産んですぐに命を落とした。
王族含む知識階級は皆、魔術で自分の身体を一定年齢に固定することで長く生きる。
身体の変化を止めたその術は、子孫を残せない。なので子を望んだ知識階級は、一般市民の女性を召し上げ、子供を産ませることが多い。
そもそも自分が長く生きるのだから、多くの後継など必要ない。知識階級にとって子供はほとんど道楽だ。
けれどミラはその慣習を破って、自分自身の子を望んだ。
シリウス王と王妃ミラは、国一のおしどり夫婦と呼ばれるほど、仲睦まじい夫婦だった。そして愛する夫と、自分の血を受け継いだ子供が欲しいと、ミラは自身の身体にかかる魔術を解いた。
……長く変化を止められていたミラの身体は、出産の急激な負荷に耐えられなかった。
最愛の妻を亡くしたシリウス王は茫然自失となり、長らく無気力に襲われた。
その間、彼はミラの忘れ形見である王女を秘匿し続けた。誰にも合わせず、自身と共に王宮の隅に引きこもったのだ。
レグルスは、当時の抜け殻のようになったシリウス王を思い出し、一口お茶を啜った。
けれど世界は止まってくれない。
シリウス王が王宮に引き篭もっているうちに、戦争はどんどん悪化した。そして数年が経つ頃、最悪の事態となった。
王室と政府は国を守るため、国土の転移という大胆な手に打って出た。その巨大プロジェクトには、シリウス王はもちろん、国中の知識階級が協力した。
国家転移と、その後に続く物資戦略という大仕事がシリウス王に活力を取り戻し、彼は再び政務に復帰した。
その頃から王宮の一角が王女用に整えられた。侍女や使用人が入れられ、彼女たちは王女の世話を任された。
しかし、本来七歳になるはずの王女は、生まれたばかりの赤子の姿をしていた。
シリウス王はミラの死を受け止めきれず、王女の成長を止めていた。彼女を当時の姿のまま保つことで、思い出の中に立ち止まっていたと王は溢した。
そうして王女は十七年前に誕生して、十年前から成長を始めた。今レグルスの目の前に座るアリスは、多くの国民が想像する姿より、かなり幼い見た目をしている。
レグルスは今日一番のため息を吐いた。
後ろでカストルが、無言で同情の視線を送る。
「……表通りだけだ。治安の悪い場所には、行かせないからな」
絞り出すように言うレグルスの声に、アリスは満面の笑みで頷いた。
「私、噂のパンケーキを食べてみたいわ! 案内してね、レグルスおじ様!」
「おじ様?!」
「正体を隠すなら、別の身分を考えなくてはいけないでしょう。だから私、今日からレグルスの姪になるわ!」
娘にはなれないの、ごめんなさいね。私のお父様は、シリウスお父様だけだもの! などと、アリスが好き勝手言う。
(それだと、俺とシリウスが兄弟ということにならないか……?)
レグルスは頭を抱えて、部屋中の苦虫を噛み潰した。
♣︎
アリスたちが相談している間、幽霊少年のユメノは黙って部屋の中にいた。
最初に不審者扱いしてきたレグルスに腹を立て、会話の間中ずっと彼の周囲を漂っていた。
レグルスの身体を突き抜けて、行ったり来たりして遊んだり、彼の上から身体を被せてレグルスの振りをしてみたり。
正直に言うと、アリスはずっと笑いを堪えていた。
アリスとの間で話がつき、レグルスが立ち上がると、ユメノはレグルスの股下をスライディングして遊びだす。
ついにアリスが堪えきれずに吹き出した。
アリスの突然の挙動に、レグルスが理由を聞く。そして彼は、図書館にとっての重要事項がまだ残っていたことを思い出した。今日何度目かもわからない、ため息を溢す。
レグルスは一応、ユメノに「アリスの出入りする場所以外行かないように」と、アリス越しに言い含めた。
アリスにしか見えない彼が、本当にその言葉に従うかは確認しようがないけれど。
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