5、街の様子
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図書館の一般閲覧室では、数少ない司書のデネボラが仕事に精を出していた。
「デネボラ、何か変わったことはないか。例えば……物騒な奴らが訪ねてきたり」
外出用のマントを手に、館長のレグルスが声をかける。
「……へぇ? 物騒な奴らが訪ねてくるような、ナニカがあるんスか」
「ふんっ」
「……王宮でなんかあったみたいっスね。
館長、厄介なことに巻き込まれてんじゃないスか? ただでさえアタシら、面倒な立場なのに」
デネボラは食えない笑みでレグルスに探りを入れる。こういった所が、彼女を雇い続ける理由だ。同時に、レグルスが人付き合いの苦手な、最たる理由でもある。
「今んとこ、こっちはなんも無いっスよ。誰か来るようでしたら、こう言っておきます。
『館長はマダム・アダラにフられたショックで、ヤケ酒二日酔いで動けませ〜ん』つって」
「やめろ。絶対、やめろ」
マダム・アダラの、あの止まらない口を思い出してレグルスは震える。
「しばらく、表には出られなくなる。誰か訪ねて来たら名前だけ聞いて、留守だと伝えてくれ」
「ういっス」
信用はできないが信頼する部下に仕事を託し、レグルスは街に出た。
あの日、王宮から帰ってきて以来の外出だ。マントを深く被り、市街地へと続く通りを下った。
街は一見、普段通りに見える。
王がいなくなっても、実務を回す官僚さえいれば国は回るということか。レグルスは自嘲気味に笑って、適当な大衆食堂に入った。
「いらっしゃい、何にする? 混んでないから、すぐ出来るよ!」
「……何か、流行っているものはあるか? それをくれ」
席に座り、威勢のいい店主に曖昧な注文をする。
「流行りねぇ……最近は流通も不安定だから、手に入る物で作れるメニューしか出してないんだ」
今日のメニューはそれ、とテーブル横の貼り紙を店主が指差す。
「あぁ……そうか。仕事でずっと部屋に篭っていたから、最近の事情はわからなくて……」
適当なメニューを指差し、レグルスが会話を続ける。
「あー、その……なんだ、物流が不安定なら、治安にも響くんじゃないか……?」
「この辺りは安全だが……王宮の方が荒れてるらしいね。一部の市民が打倒王政やら、知識階級の撤廃やら騒いでいたが……アイツら、とうとうやりやがった」
「市民が? クー、いや、政権を取ったのは軍部じゃなかったのか?」
レグルスは王宮から逃げる時、自分たちを追っていた兵士を思い出す。彼らは、国の正規軍の格好をしていた。
「あぁ、今は軍が政治を代行しているよ。昨日、発表があった」
「俺ら一般市民が何やったって、軍に敵うわけないだろう。馬鹿だねえ。奴ら王宮に乗り込んで、軍人にとっ捕まったのさ」
「……捕まったのは、その王宮に乗り込んだ市民、全員か?」
どうも自分の知らない話がありそうだ。レグルスはシチューを食べながら、続きを促す。
「いいや、それが恐ろしいことに、お姫様を誘拐した犯人がまだ見つかってないらしい」
「んぐっ……!」
喉に人参を詰まらせて、咽せた。店主が慌てて水を持ってくる。レグルスは水を飲んで、深く呼吸した。
「そんな辛気臭い顔で食ってるから、喉詰まらすんだよっ」
「……辛気臭い……」
水をもう一杯飲んで、シチューを平らげる。
「王女を誘拐した犯人は、どの辺に逃げたんだ?」
「さあねぇ。手配書は出回ってるけど、どこに隠れているのやら。
何せ、奴らの運動は市民の多くに広がってるからね。関係者全員を洗い出すのは、中々大変みたいだ」
同じ市民だからって、とばっちりが来ないといいけど。店主の方が辛気臭い顔でため息を吐く。
「彼らが抱える大本の不満をどうにかしない限り、解決にはならないだろうな」
食事を終え、レグルスが席を立つ。どうにも、自分が思っている以上に込み入った話のようだ。
「お客さん。お会計」
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――王女の誘拐犯というのは、間違いなく自分のことだろう。
手配書が出回っていると食堂の店主は言っていた。やはり、顔を見られている。
フードを深く被り直し、レグルスは街を歩く。できれば、その手配書を確認しておきたかった。
昼下がりの大通りは人通りも増え、賑わいが増していく。
しかしよく見ると、店先で売買する人たちはどこか皆ピリピリして、余裕のなさそうな様子だ。道の隅には、剣を腰に下げた物々しい男たちもいた。
(彼らか? 市民の反乱分子というのは)
男たちは路地裏に入っていく。周りを見渡せば、他にも物騒な格好をした者たちがチラホラ見えた。彼らも皆、路地裏を出たり入ったりしている。
レグルスは手元の紙に適当な地図を描き、道に迷っているフリをして路地裏に入った。
男たちは路地の奥深くまで入っていく。レグルスがそれを追って、適当なゴミ箱の影に身を屈めた。
隠すように設置された喫煙所。そこに集まった男たちが口を開く。
「くそっ! アイツら、俺たちを利用しやがって」
「初めからコレが狙いだったんだ。俺らに協力して王族を襲わせて、その後自分たちで捕まえて、権力を独り占めしやがった」
「エルナトの奴、可哀想に。アイツも、今回加担した奴らも全員、軍部に捕まっちまった……」
レグルスは息を殺して男たちの会話を聞く。おそらく市民の反体制派である彼らが、どこまで事の全体像を掴んでいるのか、聞き逃さないように。
それが今後、自分の――アリスの安全に関わってくる。
「まだ手はある。軍部が隠している王女を見つけ出すんだ。
王女を見つけ出して、俺たちに行政権を渡すよう宣言させよう」
「軍部め、何が王女誘拐犯だ。王族が残っていたら、自分たちで権力を独占できないから隠しただけだろうがっ! その汚名まで俺たちに着せやがって」
男の一人が、喫煙所の壁に貼られたポスターを殴りつける。遠目に、人物画らしきものが描かれているのが見えた。
「王を倒したところで、軍部に奪われちゃ意味がねぇ……! 今まで知識階級が独占してきた富と権力が、今度は丸ごと軍に行くだけじゃねぇか!」
「もう、物資が足りなくて貧困層から限界が出始めてる。時間がない、いずれ街中も荒れ出すぞ」
「真っ先に追い詰められるのは、いつも市民だっ!」
男たちの声が荒くなっていく。熱気を帯びた声で「王女だ! 王女を見つけ出せ!」と呪文のように繰り返す。
レグルスは眉を顰めて、その場を離れようと後ずさった。
「にゃー」
急にゴミ箱から出てきた猫が、レグルスの長い髪にじゃれついた。レグルスがそれを避けようとするほど、髪が揺れて猫がじゃれつく。
猫を宥めきれず、レグルスがゴミ箱の影から身を出してしまった。男たちがそちらを振り向いた。
「誰だ、そこで何をしているっ!」
「猫に襲われているっ……助けて!」
割と真剣に、必死な声でレグルスが懇願する。男の一人が手近にあったゴミを振って猫を誘い、ポイっと遠くへ投げやった。つられた猫がそちらに走っていくのを横目に、改めて男たちはレグルスを取り囲んだ。
「お前、そこで何やってた?」
「み、道に迷っていまシタ……マダム・アダラのお宅はどちらデスカ?」
レグルスはオドオドと目線を彷徨わせて、用意していた言い訳をする。男たちは顔を見合わせてため息をついた。
「……反対方向だよ、馬鹿」
「お前、どんくさそうだな。最近は物騒な輩が多いから気をつけな。……特に、王宮とかに」
「あぁ、王女殿下を誘拐した者がいると、噂で聞きマシタ。……コワイデスネ」
身を守るために、誘拐犯の顔はわかりまセンカ? レグルスが聞くと、男が喫煙所の壁からポスターを一枚剥ぎ取って渡す。
そこには、白いワンピースを着た、髪の長い女性が描かれていた。
「うん?」
顔は曖昧にぼやけて、横に大まかな体型が書き添えられている。「細身長身の女性」……女性?
「んんん?」
「……絶対、自分たちが疑われないように適当に作ったろ、コレ」
ボソッと呟きながら、男の一人がポスターの裏面に簡単な地図を描いた。
「ほら、道順。あの喧しいバアさん、待たせると面倒だぞ」
「あぁ、ありがとう、ゴザイマス……?」
しっしっと追い払われるまま、レグルスはその場を後にした。貰った地図をひっくり返すと、そこには見知らぬ女性の手配書。
「何がどうして、こうなった?」
首を傾げながら、レグルスは図書館へ戻った。とりあえず、この顔は見られていないらしい。
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