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4、不思議な少年



 ♦



 一般職員用の共同キッチンは、部屋も作業台も広い。様々な器具も充実している。「へぇ、使いやすそうじゃん」とカストルも満足気だ。


 アリスはテーブルの一席に座り、その対面に幽霊少年が座――れないのでふよふよ浮いている。

 十代後半ほどの、整った容姿の少年はずっと迷子のような不安げな表情を浮かべていた。


「お名前は? ここに来る前はどこに居たの?」


「知らない。何も覚えてない。気がついたらこんな格好でここに居た」


 こんな格好、と邪魔くさそうに少年は身につけたアクセサリーを引っ張る。


「いつからここに居るの?」


「もうずっと。季節が何回も回った。もう飽き飽きしてるのに、僕、なぜか図書館から出られないんだよ」


「……じゃあその間、ずっと一人だったの」


 何年もの間、誰にも認識されずに一人図書館を彷徨い続ける少年を想像して、アリスは身を震わせた。


「つまり、今ここにオレたちには見えない誰かが居る、と言うことですね」


 カストルがアリスの目線の先で手を振って尋ねる。スカスカと彼の手が少年を空振る。


「あらカストル。信じてくれるのね」


「当たり前でしょう。疑うなんて思われてる方が心外です。あ、いや、でも……」


 カストルが何か思案するように口籠った後、思いついた! とばかりに笑みを浮かべた。


「本当にソイツが存在するか確かめましょう! オレたちがまだ入ったことない部屋に先に行かせて、そこに何があるか報告させるんです!」


 ふむ、とアリスも考える。ここ最近の目まぐるしい出来事で、アリスの環境は大きく変わった。慣れない環境に疲れた脳が、おかしな幻覚を作り出した可能性もある。


 ……目の前にはっきりと浮かんでいる少年に、直接は言えないけれど。


「そうね、カストルを納得させるために、協力してちょうだい」


 アリスがカストルの提案に乗ると、少年も素直に頷いた。


 居住棟の上階に並ぶ、一般職員用の個室。それらの中に、かつて使われた形跡のある部屋をいくつか見つけ、扉の前まで行く。


 少年が先に部屋に入り、見たものをアリスたちに報告し、その後全員で部屋に入って答え合わせをする。

 打ち合わせをして、少年が部屋の中に入っていくのをアリスが見送る。

 スゥっと扉を通り抜けていく姿に、不思議に感心する。


「といっても、今は誰も住んでいない空室ですから、大したものはないでしょうね」


「ま、そうよね」


 カストルと二人、つまらない予想を立てて少年を待つ。


「……デスクの裏に、日記帳が落ちてた」


 触れないから、中身はわからないけど。と、扉から顔だけ出して少年が報せる。急な少年の出現に、アリスが驚いて仰け反った。


 少年の言葉をカストルに伝え、二人も部屋に入る。デスク裏を探せば、確かに古い日記帳が出てきた。カストルは遠慮なくそれを開き、中身を確認する。


「⚪︎月⚪︎日、晴れ――春の眩しい日差しの中では、館長の笑顔は一層輝いて見える。館長は普段、誰にも笑いかけないけれど、私を見る時だけは頬が少し持ち上がる。不器用なその笑顔に私の心臓はドキンドキン。菜の花が咲くより先に、私たちの恋の花が咲きそうね」


「⚪︎月⚪︎日、雨――雨の日の薄暗い部屋の中にいる館長は、とってもロマンティック。彼の艶やかな髪をかき上げてみたい。ずっと見ていたかったけれど、私の視線に気づいた館長が照れて部屋を出てしまった。そんなところも、恋に疎い彼らしくて可愛い」


「⚪︎月⚪︎日、曇り――あぁ、館長。私の心はもうはち切れそう。今すぐあなたの服のドレープに飛び込みたい……」


「「「……」」」


「……次の部屋、行きましょう」


 アリスの言葉に二人とも無言で頷く。カストルは日記帳を閉じて、素知らぬ顔で懐にしまった。

 

 その後も、いくつかの部屋で同じことを繰り返す。同じ造りで、最低限の家具しかない部屋でよくもまぁ、と色々なものが出てきた。


 カーテン裏の落書き、チェストの隙間にラブレター、捨て置かれた鉢植えの下のヘソクリ。

 幽霊少年が「ベッドの下に何かある」とだけ伝え、女性物の肌着が出てきた時は、カストルが可哀想なくらい狼狽えていた。


 それを見て少年がクスクス笑う。


 そのうちカストルも、見えない相手とのアリス越しのやり取りにも慣れていった。もう、検証どうこうは忘れていた。


「レグルスに伝えましょう。退去の際は忘れ物がないか、しっかり確認するようにって」


 探検を終え、満足した表情でアリスたちは共同キッチンに戻る。カストルは途中で、レグルスの自室に走って行った。

 

「この日記帳を、レグルス殿の机の上に置いておきます」


 職員の私物でしょうから、と嬉々とした表情ではしゃいでいた。彼は数日で、ずいぶんレグルスに懐いたらしい。


 キッチンではポルックスが、昼食の準備をして待っていた。焼きたてのミートパイが香ばしい香りを漂わせている。


「おかえりなさい、姫様。面白い発見はございましたか?」


「ええ、中々楽しかったわ」


「それは何よりでございます」


 話しながらポルックスが紅茶を淹れる。アリスは椅子に座り、用意されたミートパイに手を伸ばした。


 その時、カストルがレグルスの部屋から戻って来た。彼はテーブルに座るアリスと、その前に置かれたミートパイを見つけて青ざめる。


「いけません、殿下ーー!」

 

 慌ててカストルがアリスを止めようと走る。アリスは熱々のパイを切り分けて、一口、口に運んだ。


「あーむっ、んむっ?! ぐふぅっ」


 ぱたっ、とミートパイを食べたアリスが倒れる。カストルとポルックスが急いで駆け寄り、アリスを抱え起こした。


「まぁ、姫様! どうなさいましたの?」


「ポルックス、この、不届者ーー!」



 ♣︎



 アリスは自室のベッドで目を覚ました。


 隣には心配そうにこちらを見守るカストルと、その向こうで何故か正座させられているポルックスがいる。


「殿下、お加減はいかがですか。吐き気や気持ち悪さなどはありませんか?」


 カストルの声にも、まだ頭がぼんやりしていて応えられない。


「……変な夢を見たわ。派手な格好の幽霊が出てきて、夢の中で遊んだの」


「派手な、は余計だよ」


 いきなり目の前に少年の頭が出てくる。ベッドを突き抜けて現れた少年に、アリスは完全に目を覚ました。


「……あなた、夢じゃなかったのね」


「夢のようなものだけどね。君以外には見えないし」


 アリスが王宮から出て初めて出来た友人は、彼女にしか認識できない風変わりな少年だった。


 名前がわからないと不便なので、少年のことは「ユメノ」と呼ぶことにした。


 

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