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3、図書館でお留守番

こちらも話数を分割しました。



♣︎



「平気よ、私も街に行く!」

「だめだ。俺が安全を確認するまで人前に出るな」


 すっかり調子を取り戻したアリスは、今すぐにでも下町へ繰り出そうと外套を羽織る。


「王宮から脱出するとき、追手に俺の顔を見られたかも知れない。一度、今の状況を確認してくる」


 お前は居住棟で大人しくしていろ、と諭すもアリスは納得せず頬を膨らませている。


「お前たちからも何とか言ってくれ」


 レグルスはアリスの従者、カストルとポルックスに水を向ける。

 流石に主人の安全に関わるとあっては、従者二人もレグルスに味方した。


「姫様、本日はお部屋で過ごしましょう。わたくしが姫様のお好きな、ミートパイをお作りしますわ」


「ひぇっ」


 ポルックスの発言に、今まで彼女の手料理を食べたことがあるのだろう、カストルが震え上がった。

 

「そ、それより殿下! まだ図書館の探検が終わっていません。今日はレグルス殿の私室を捜索しましょう!」


 カストルが必死な声でアリスとポルックスを説得する。横から「やめろ」とレグルスの声が飛んできた。


「王宮の動きを確認したらすぐに戻る。アリス、それまでは図書館の一般閲覧室にも出ない方がいい。どこに目があるかわからないからな」


 アリスが不服そうに了承する。一拍置いて、ニヤリといたずらな笑みをレグルスへ浮かべた。


「顔を見られた可能性があるということは、レグルス、あなたそのまま街に出るのは危険じゃない?」


「は?」


「あなた、髪も長くて綺麗だし、細身だし……。ポルックス、私の荷物の中に髪飾りも入ってるわよね?」


 アリスの言いたいことを瞬時に理解して、ポルックスも満面の笑みで頷く。


「ええ、姫様。わたくしのジャンパースカートもお貸しできますわ。動きやすいようにゆとりがありますから、きっとレグルス様でも入りますわ」


 少し丈が短くなるでしょうけれど、と言いながら二人の少女がレグルスへにじり寄る。

 巻き込まれてはたまらない、とカストルが全速力で逃げだした。


「い、いいっ、やめろ! 俺で遊ぶな!」


 慌ててレグルスは、近くに掛けてあったフードマントを掴む。


「いいか、大人しくしていろ。居住棟から出るな。俺の部屋を漁るな」


 レグルスが矢継ぎ早に叫びながら、早足で部屋を出て行った。

 オモチャに逃げられた二人は「ちぇ」と悪態をつく。


「腰まで髪を伸ばしているなら、結い上げた方が楽なのに!」


「そうですわ、そこにちょっと彩りを加えるだけですのに! ……まぁ、今日のところはカストルで我慢するしかありませんわね。あら? カストル?」


 兄妹そろいの梔子色の髪で遊んでやろうと、ポルックスがターゲットを移す。

 けれど自分たちが盛り上がっているうちに、カストルがその場から居なくなっていることに気がついた。


「逃げられちゃった。いいわ、今日はカストルを探しながら、居住棟の探検をしましょう」


 アリスが今日の予定を決めた時、どこからかクスクスと笑い声が聞こえてきた。


 不思議に思い周りを見るが、自分たち以外誰もいない。楽しそうに笑うポルックスの声だろう、とアリスは部屋を後にした。



 ❤︎



 この国立図書館は国中の情報が集まる、とても大きな施設だ。本来ならその管理のため、多数の職員が必要になる。そして彼らの生活空間として、居住棟も整えられている。


 しかし、レグルスは人付き合いが苦手なため、現在は最低限の職員しかいない。彼らには図書館の本館に部屋を設けられており、誰も使用しない居住棟は埃をかぶっていた。


  居住棟は三階建ての細長い作りをしている。

 一階中央に玄関ロビーがあり、上階へ続く階段と各種生活設備が揃う。二、三階は中心を長い廊下が走り、その両側に個室が並んでいた。


 そして南端に館長の専用エリアが、北端にそれ以外の管理職のための専用エリアが置かれている。それらの専用エリアから、図書館本館へ続く渡り廊下が伸びている。


 アリスたちが図書館に来ると、南端の、本来は図書館長が生活するためのエリアに身を置いた。キッチンやバスルームも専用のものが備えられ、従者用の部屋もある。要人が生活するにも充分な設備があった。

 当然そこも埃だらけだったため、双子が突貫で部屋を整えた。


 二人はその館長専用エリアから、一般職員用エリアの廊下へ出た。

 端から端まではかなりの距離があり、アリスの視界では向こう端が見えない。


「カストルは姫様の護衛でもありますから、そう遠くへは行きませんわ。あちらから目に入る場所に居るはずです」


 キョロキョロと周りを見ながら、ポルックスと廊下を進む。


「ということは、今も私たちを見える場所で物陰に隠れているのね」


 一つ一つ部屋を開けて、中を確認しながら進む。

 やがて中央の玄関ホールに来た。東側の正面玄関と、対面の大きな階段。上部は吹き抜けになっている。


「二階に上がったのかしら」


 アリスが吹き抜けを見上げる。


 ――目の前に、銀髪の少年が現れた。


 豪奢な伝統衣装に身を包み、体中に金銀のアクセサリーをつけた少年が、玄関ホールの宙に浮かんでいる。少年は自身の長い銀髪をいじりながら、興味深そうにアリスたちを見ている。


「……あなた、誰?」


 驚いたアリスが声をかけると、少年はもっと驚いた顔をした。キョロキョロと周りを見渡し、それから自分を指差してアリスに聞き返す。


「え、僕に言ってる?」


「あなた以外、誰がいるのよ。この建物には私たちしか住んでいないはずなのに……どこから入ってきたの?」


 少年はまだ驚いて、あり得ないものを見るような顔をしている。

 彼を見上げながら会話するアリスに、ポルックスが怪訝な声で尋ねる。


「姫様、どなたかいらっしゃいましたか?」


 アリスは再び驚いて、少年を指差し「この人、この人」と伝える。目の前にこんなに派手な人物がいるのに。

 けれどポルックスは、宙を見ながら不思議そうに首を傾げる。アリスが何を言っているのか分からないという顔だ。


「無理だよ。僕の姿は誰にも見えないんだ。今まで図書館のお客さんにも、誰にも気づかれなかった」

「どうして君には僕が見えて、会話まで出来るんだ?」


 少年は幽霊にでも出会ったような顔で、アリスに自分のことを説明する。宙に浮くその姿は、彼の方こそ物語に出てくる幽霊そのものだった。


 よくよく見ると彼の像は揺れていて、時折向こう側の玄関扉が透けて見える。


「ゆ、幽霊?」


「さあ? いつのまにかここに居たし、誰にも気づかれないから、僕にも自分が何者か分からないんだ」


 アリスの不可解な様子に、階段脇からカストルも出てきてポルックスに話を聞く。ポルックスは、やはり首を捻るばかりだった。カストルはどこかで落ち着いて話そう、と主人を誘導する。


 アリスが少年についてくるよう言うと、彼も大人しくアリスに従った。



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