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2、図書館長レグルス

長かったので、第一話を分割しました。



 ♣︎



 アリスが眠りについた頃、レグルスは館長室の作業机で一人頭を抱えていた。返却本の確認作業はまったく進んでいない。

 図書館でアリスを匿うとは言ったものの、今後どうしたもの見当もつかない。そもそも自分は人付き合いが苦手なのだ。特に子供に対しては、どう接して良いのかわからない。


「俺にもしものことがあれば、娘を頼む」


 などと酒を片手に話す王に、酔いに任せて軽く口約束をした自分を恨んだ。


 レグルスと国王・シリウスは他の臣下たちのような一般的な主従ではなかった。むしろごく個人的な付き合いだったと言える。


 偏屈で歯に衣着せぬレグルスはその性格故に友人がおらず、いつも国の端の図書館に一人篭っていた。人を寄せ付けないその場所に、シリウス王が目をつける。執務に追われたときの、良い避難場所として押しかけてくるようになった。

 いくら館長とはいえ、国王を無下に追い返す訳にもいかず、レグルスは王の好きにさせていた。


 そのうち王はレグルスの図書館での仕事ぶりを見て、王宮の執務室へ彼を引き摺り込んだ。簡単な書類整理ぐらいだったが、レグルスの得意分野であり、シリウス王の最も苦手な作業だったため、王がレグルスに頼み込んだのだ。


 その頻度は次第に増えていき、最早常勤と言えるくらいレグルスが執務室に出入りするようになると、二人は王宮と図書館の行き来が面倒くさくなった。

 そこで二人は国内でも有数の魔術の腕を駆使し、王宮と図書館を繋ぐ転移術式を作り上げてそれぞれに設置した。

 レグルスがシリウス王の仕事を手伝いに行けるように、シリウス王が息抜きに逃げ出す用に、――緊急時の避難用に。

 転移装置ができるとますます行き来は活発になり、お互いの仕事終わりに酒を持ち寄るようにもなっていった。


 図書館は行政からも軍部からも独立した公的機関だ。ここには民間へ貸し出す書籍から、国家の重要資料まで、およそ国に関わる全ての情報が集まっている。

 ここを政権が独占するということは、情報を遮断し独裁政権を敷くと宣言するようなものだ。

 だからシリウス王は、表立ってレグルスを重用することはなかった。図書館と王家が癒着している、などと思われないために。

 表向きにはあくまで、少し特殊な立場の公務員の一人として扱った。


 そして図書館を押さえられないのは軍部も同じだ。


 ここを行政が支配すれば、自分たちの権利への侵害だとして知識階級から大きな反発が出るだろう。そのリスクを取ってまで軍部が図書館を欲しがる理由もない。ここは一般的には、埃を被った古本の物置でしかないのだから。


 何か必要な情報があるなのなら、普通に本を借りにくれば良いし、漏洩して困ることであれば、関連する本を買い取れば良い。王家相手にもそれくらいの融通は利かせて来たし、軍部相手であってもその対応を変える気はない。

 レグルスとシリウス王の関係を知らなければ、軍部がわざわざ兵を率いて図書館に来る理由はない。

 ここへは王女捜索の手は届かないだろう。


 (逃走中に、俺の顔を見られていなければな……)


 何せレグルスにも急な報せだったのだ。

 ここ最近、シリウス王の訪問はなく、仕事を邪魔されることも、執務室に呼び出されることも少なかった。レグルスは元の静かな日々を、平和に過ごしていた。


 昨夜もつつがなく仕事を終え、一杯飲んで寝ようと部屋に戻ったところで懐のガラス玉が赤く光りだした。赤い光はレグルスの不安を煽るように何度も点滅する。

 国王からの緊急連絡であるその点滅に、レグルスは急いでガラス玉を握りしめて通信を繋げた。


 ガラス玉の向こうからは、大勢の人の怒声と悲鳴が聞こえてくる。王宮で何か事件が起こったのだと、すぐに分かった。

 部屋を飛び出し、王宮への転移装置へ向かって走る。握りしめたガラス玉から、レグルスへと呼びかけられる。


「友よ……娘を、探してくれ。頼む……アリスを……守って、くれ……」


 息も絶え絶えなシリウス王の声が、そこまで搾り出すように言うと、それ以降ガラス玉からは何も聞こえなくなり、通信は途絶えた。

 レグルスはシリウス王の元へ駆けつけたい気持ちを抑え、彼の最後の言葉を胸の内で繰り返す。

 転移装置で王宮へ行くと、普段通っている執務室とは反対方向、王家の私室がある棟へと向かった。

 シリウス王の言葉通り、王女を守るために。


 顔を上げて窓の外を見る。高台に立つ図書館からは国を一望でき、遥か遠くには王宮が見える。

 数時間前まではアリスが暮らし、シリウス王がいた宮殿だ。

 レグルスは小さく息を吸うと、立ち上がって部屋を出た。



 ❤︎



 アリスはそれから丸一日ベッドで過ごした。長い時間眠り、たまに起きても水を飲むとまたすぐに眠った。

 翌日の昼頃に起きても、ベッドからは出ずに窓の外を眺めていた。何かを思案するように、黙って外を見つめている。

 そんな主人に、従者の二人も何も言わずに側で控えていた。


 レグルスはアリスの部屋を入ることなく、図書館長の仕事に奔走した。

 あんなことがあったのだ。まだ小さいアリスには、気持ちを整理する時間が必要だろう。そう考え、レグルスはしばらくアリスをそっとしておくことにした。

 少し日を置いてから、今後のことを話そう。


 その間に出来るだけ図書館の雑務は終わらせておこう。そう、レグルスが館長室に篭って仕事をしていると、いきなり扉が開いて小さな影が転がり込んできた。


「クーデターが起こって政権を取られたということは、私はもう王女ではなく一般市民になったということよねっ。一般市民なら自由に市街を探索できるじゃない!」


 屋台を食べ歩きするの夢だったの! と目を輝かせたアリスが館長室に飛び込んできたのは、彼女が図書館に来て三日目の朝のことだった。


「……切り替え早くないか?」


 呆れるレグルスをよそに、元王女は早速街歩きの計画を立てる。行きたかった店や食べてみたい料理を上げて、従者たちに相談していく。


「下町に詳しいお友達が欲しいわ! 一緒にショッピングデートをするの!」


 ここぞとばかりに張り切っているアリスに、レグルスは大きなため息を吐いた。

 人付き合いの苦手なレグルスにとって、この先の日々は中々に苦労することになるだろう。


「最後の最後に、一番面倒な仕事を残していきやがって……」


 レグルスがついた友への悪態は、少女たちの楽しそうな笑い声に掻き消された。


 

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