12、止められた市場
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市場は喧騒と怒声に包まれていた。
無数の荷箱が高く積まれ、その周りを商人たちが苛立たしげに行き来している。
「おい、まだか? 早くしろよ」
「先に知識階級のヤツらから聞き取りだとよ。こっちに回ってくるまで、だいぶかかりそうだ」
「ふざけんな、こっちは魚扱ってんだぞ。いつまでこんな所に放置させる気だ!」
多種多様な商人と品物が市場を埋め、中心の人だかりを伺っている。
特に生鮮類など、足の早い商品を扱っている者は誰よりも気が立っていた。
レグルスはそれらをざっと見渡して、それとなくアリスを繊維製品の業者が集まっている辺りに誘導した。
荷箱からは、麻布の反物が顔を覗かせている。この辺りの商人たちは、比較的穏やかに困った表情で、お互い顔を見合わせていた。
「こんにちは。この騒ぎは、いったい何があったのかしら?」
温厚そうな老商人を見つけると、アリスが声をかけた。
「こんにちは、お嬢さん。何でも軍部からの命令だそうです。市場の流通量の調査だとか言って、市場が止められているんですよ。何もこんなやり方でしなくても、ねぇ」
「え、調査のために全部止めているの?」
ここで買い付けて、小売業者たちが市民に下ろす。おろし市場を止められると、市民の生活が立ち行かなくなる。
「市場を止めるなんて。いったい、どんな調査をしているのよ」
商人が言うには、市場を管理する監督官に、自分たちの売買量を報告しなくてはいけないらしい。
農水産業者や日用品を扱う経済省の知識階級、彼らが卸す品目と量をまず報告する。次に、それを買い付ける各小売業者たちが、購入する品目と量を報告する。
あくまで「調査」であるため、その内容に対して申請やら許可といった、面倒な手続きがあるわけではない。けれど、この報告をしないと、市場での商売を許可しないと言うのだ。
朝から一人ずつ監督官に報告しているが、おろし市場は扱う質も量も多い。報告の列はなかなか進んでいないとのことだ。
「ずいぶん乱暴ね。どうして軍部は、こんな無茶なことしているのかしら」
「……横流しの対策ですって。市場を止めたら、余計に物が回らなくなって裏に流れるでしょうに」
軍部の言い分を整理するとこうだ。
王女を誘拐した市民の反体制派は、まだ見つかっていない。彼らは市井に潜伏し、今も活動を続けている。
しかし、活動を続けるにはそれなりの物資が必要だ。彼らがまとまった量を買い付ける、もしくは商人が彼らに物資を横流ししていないかを探るため、今回の調査が行われた。
売り手と買い手にそれぞれ内容を報告させ、以前の数字と比較して、大きく離れている所はないかを調べるらしい。
「……言いたいことはわかるけど……」
「……それにしては、乱暴すぎるな。商人の言う通り、市場を止めてしまったら、表で売りに出せなかった商品が裏に流れる。逆効果だ」
小骨の詰まったような違和感に、アリスたちは首を傾げる。
なんとか中心の――監督官の元へ行けないかと、アリスは人だかりに割って入ろうとした。
それはさすがに、レグルスとカストルによって止められた。
「軍部が関わっているなら、お前はこれ以上ここにいない方がいい。帰るぞ」
自分が捜索されていることを忘れたのか、とレグルスが厳しい口調で釘を刺す。レグルスにそう言われて、アリスも残念そうに振り返った。そこで、ユメノが近くに居ないことに気がついた。
ユメノを探して辺りを、特に上空を見渡す。すると、市場の横の建物が、不思議に光っているのを見つけた。
市場が設営されている広場を、見下ろすように幾棟かの建物が並んでいる。その最上階近くの、建物同士の隙間に捩じ込むように、簡易小屋が据え付けられていた。
粗末な造りのその小屋が、ぼんやりと光っている。
「あの小屋、魔術で出来ているのね」
アリスは昔からそのように、光る物を度々目にして来た。彼女だけに見えるその光は、最初は誰も信じなかった。
けれど、彼女が光っていると主張する物は全て、魔術で作られた物だった。それに気がついたシリウス王がアリスの言葉を信じ、アレもコレもと魔術製品を持って来た。
わかったのは、全ての魔術製品が光って見える訳ではない、ということだった。
「ま、全部の魔術製品が光って見えたら、王宮中眩しくて目を開けてられないしな」
シリウス王はそう笑ってアリスの頭を撫でた。
そのような話を聞いていたので、ユメノと出会った際も、従者二人はすぐにアリスの言葉を信じた。アリスには見えて、自分たちには見えないものがあると、知っていたから。
「魔術だと? ……あんな場所に、あんな適当な造りで?」
レグルスが不審げに建物を見上げた。その小屋は、建物同士の影に隠され、よくよく見ないと気づかない場所にあった。アリス自身も、光っていないと気が付かなかっただろう。
まるで周囲から隠すために、急いでそこに作られたようだった。
「……怪しいわね。行ってみましょう!」
「あっ、おい待て!」
再び走り出したアリスを、レグルスたちが追いかけた。
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建物の下まで行き、件の簡易小屋を見上げる。建物は集合住宅であり、小屋の少し離れた場所に空き部屋があった。
「あそこの部屋から、小屋を調べられないかしら?」
「わかりました。オレが壁を伝って調べて来ます。お嬢様は空き部屋で待っていてください」
じゃないと、自分が行くと言い出しかねない。
アリスの性格を考えて、カストルが名乗り出る。レグルスが無言で、同情の目線を送った。
空き部屋まで登り、カストルが窓から外に出る。壁のレンガを慎重に進み、簡易小屋に飛び移った。
近くで見れば、より粗末な造りの小屋だった。ボロ板をつなげて箱を作り、それを建物間の構造体に渡して置いただけのものだ。
カストルは腰元に隠した短剣に手を添え、小屋を検分する。荒い造りの小屋はあちこちに隙間があり、そこから中を覗けた。
「――っ!」
小屋の中には、成人男性が一人、手足を縛られて閉じ込められていた。
彼もカストルに気がつき、必死に何かを訴える。しかし、口に猿轡をはめられ、意味のある言葉を出せない。
何とか小屋を壊せないかと、カストルが隙間に手を入れ力を込める。だが、適当な造りであっても小屋は魔術で固定された物だ。人力で破壊するのは難しかった。
レグルスなら魔術を解除できるだろうと、カストルは慎重に小屋を空き部屋の前まで移動させた。
説明を受けたレグルスが藍色の魔術水晶を取り出し、簡易小屋の前に翳す。小さく音を立てて、小屋を作っていたボロ板が外れた。
小屋を解体し、中にいた男を落ちないように部屋の中に入れる。男は簡素な服の胸元に、役職を示す金属製のエンブレムを付けていた。何かしらの公務に就く、知識階級であることがわかる。
彼の手足を解き、口を覆っていた猿轡を取った。
「助かった! 急に誰かに襲われて、あそこに閉じ込められたんだ。市場はどうなってる? 急がないと今日の開場に間に合わない!」
男は矢継ぎ早に叫び、大急ぎで階段を降りていく。アリスたちも、慌てて彼を追った。
長く縛られていたせいで足がもつれたのだろう、途中で盛大に転んだ男を支えながら一行は外に出た。
「市場はどうなってる。私がいないと、市場が止まってしまうぞ」
まだ覚束ない動きで、広場の中心に向かおうとする男に、アリスたちはどう声をかけたものか迷う。
すでに市場は止まっている、と男に言いかけたところで、上空からユメノが現れた。
「アリス、こんな所にいた! 勝手にいなくならないでよ」
ユメノはアリスたちを見つけると、探したんだから! と頬を膨らませて怒る。
しかし、その中の見慣れない顔を見て、アリスに問いかけた。
「あれ、市場の監督官? なんでアリスたちと一緒にいるの?」
さっきまで市場の中心に居たのに。
ユメノは不思議そうに首を傾げた。
こちらで読んでくださっている皆様には大変申し訳ございませんが、本シリーズは「小説家になろう」での投稿を一時中断とさせていただきます。
続きは「カクヨム」にて掲載していく予定ですので、よければそちらからご覧ください。
タイトルとペンネームはこちらと同名です。
状況が変わりましたら、こちらでも再開しようと考えております。
その際はぜひよろしくお願いします。




