11、パンケーキを食べに行こう!
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リゲルは今日も今日とて暇を持て余していた。
毎日同じ場所に行き、同じ仕事をする。一日一回のその仕事が終われば、後はもう残りの時間を全て自分のために使える。
知識階級としてこの役職に就いて以来、数年間そんな日々が続くと、いい加減やりたいことも無くなってくる。最近のリゲルは、毎日ただ時間潰しに生きていた。
「なーんか国がひっくり返るような面白いこと、起こんねーかなー」
などと軽口を叩けば、同僚のベテルギウスが湯の沸いたヤカンのように怒る。それを多少の暇つぶしにする。
「王家が襲撃された」という報せを聞いたのは、そんなある日のことだった。
王は暗殺され、その場で死亡。王女は襲撃者の仲間に誘拐され、行方をくらませている。
政務は臨時に軍部が引き継いだ。
「王宮に出仕していない一般の公務員は、引き続き自分の職務に努めるように」
知識階級の実質の長、カノープスからそんな伝言が触れまわったのは、事件から数日後のことだった。
同時に、未だ行方不明である王女の捜索、および誘拐犯の確保に協力するよう軍部が要請を出した。
「へー、面白いこと起こったじゃん」
リゲルは舌舐めずりをして、これからの遊びを考えた。
暇つぶしに街のあちこちに出入りしているリゲルは、逃亡先になりそうな場所を思い浮かべる。
ここ最近、市民が怪しい動きをしている。心当たりはいくつかあった。
「どーせ軍部は、政権返す気なんて無いんだろうし。お姫様捕まえて、今後の上司に恩売ってやーろう」
そして、もっと面白い役職に口利きしてもらおう。
リゲルは今後しばらくの暇つぶしが出来たことに喜び、弾む足取りで街に繰り出した。
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「図書館から出られたーー!!」
青空の下をユメノがくるくると飛び回る。
長年一人で漂っていたユメノは、ようやく意思の疎通ができる相手を見つけて、以来アリスの側を離れなかった。
先日レグルスと相談して、外出許可をもらったアリスは早速翌日には街へ向かった。それに何とかついて行こうと、ユメノはアリスにしがみついて図書館を出た。
不思議なことに、ずっと図書館に閉じ込められていた彼も、アリスのそばに居れば外に出ることができた。
久しぶりの開放感に、ユメノは長い銀髪をなびかせて遠くまで飛んでいく。
「ユメノ、迷子にならないようにね」
アリスもそれを止めはしない。自分もずっと、街へ出ることを夢見ていたのだ。
今日は街でも評判のパンケーキ屋、「スバル」へとやって来た。従者二人と、レグルスも一緒だ。
「ここは色んな味の生地に、たくさんのトッピングから選んで、自分好みのパンケーキを作れるんですって。私は雑誌に載っていた、チョコクリームと山盛りフルーツのパンケーキを食べたいわ!」
ふんっ! と張り切って、アリスは店に入る。軒先のガラス窓には、「パンケーキ販売してます」と大きく書かれた貼り紙があった。
けれど席に座りメニューを見ると、パンケーキのページはほとんど上から線で塗りつぶされていた。横には「材料不足のため、販売中止」と書かれている。
かろうじて、すみに小さく書かれた「プレーンパンケーキ」の文字だけ残っていた。
「姫……お嬢様、どうされますか?」
「物資不足だものね、仕方がないわ……」
そう言いつつ、アリスは見るからに落ち込んだ顔で唯一残っているプレーンパンケーキを頼んだ。男性陣は二人ともお茶を、ポルックスはアリスと同じものをそれぞれ頼む。
運ばれて来たそれらに舌鼓を打っていると、店の奥から店員の騒ぎ声が聞こえて来た。
「おろし市場が止められたぁ?」
店の女将らしき人と、小売の業者らしき者が裏口で揉めている。
「朝からお役人が調査だなんだと言って、市場の売買を止めちまってるんだ。今日中には卵の買い付けは出来ないだろうね」
「どうするんだい、卵なんてすぐ悪くなるじゃない。再開はいつになりそうなんだい?」
「さあ、何でも軍人さんの命令だとか……」
小売業者は申し訳なさそうに話すと帰って行った。それを見送った女将は、食材庫を覗いて深いため息を溢した。
「卵が足りないのかしら?」
いつの間にか近くに来ていたアリスが、女将を覗き込んで尋ねる。
「あぁ、聞かせちゃったね。大丈夫、今日の分は足りてるから。
しっかし、困ったね。ただでさえメニューを絞ってるのに、卵まで手に入んなくなったら何も出せなくなるよ」
参った、という表情を隠さずに女将がぼやく。他の販売中止になっているメニューは、既に材料が入って来ていないのだろう。
「それは困るわ。せっかく美味しいお店を見つけたのに」
つい先ほど、ポルックスとも「また来よう」と話していたのだ。
「ふふ、ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ。こんな時代だからね、少しでもお客さんを元気づけられるもの作るのが、アタシの仕事さ」
「こちらのパンケーキを食べれば、誰だって元気になれるわ!」
アリスの弾んだ声に、女将は少し切ない顔で笑った。
「どうかね? 今はどんどんお客さんも少なくなって、みんなパンケーキなんて食べてる余裕無いのさ。
……何でもいいから、この生活苦を吹き飛ばしてくれるような、英雄を待ってるんだろうね」
そんな簡単に良くなる訳ないのにね、女将の声は口調に反して重く響いた。
「それでもどうにか、この店を続けて来たけど……」
「それが仕事だから?」
「そうだね、少しでも自分にできることをしないとね。
これはアタシの戦いさ。苦しい時代だからって店を畳んだら、負けちゃうじゃないか……時代に」
アリスと会話しているうちに、女将は少し落ち着いたらしい。体を伸ばしながら、「それにしても、明日の卵をどうしようかね」と独りごちた。
食事を終え、一行は店を出た。レグルスは、アリスが口を開く前に先手を打つ。
「アリス、今日はもう帰るぞ」
「アリス、おろし市場はあっちみたいだよ」
が、少し遅かった。上から街を見下ろしていたユメノが、市場の喧騒を見つけアリスに告げる。アリスはユメノを見上げると、ニンマリ笑って頷いた。
「市場に行ってみましょう!」
くるっと体の向きを変えると、アリスは一目散に走り出した。
「殿下……お嬢様ーー!」
護衛対象を追いかけ、カストルも続く。
その後ろを、既に疲れた表情のレグルスと、どこか楽しげなポルックスが続いた。
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