10、魔術師カノープス
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「王女殿下の誘拐犯、ですか……」
「あぁ。事件の後、我々はすぐに殿下をお守りするべく居室へ向かった。しかし部屋はすでにもぬけの殻で、殿下の姿は見えなかった。
その後、宮殿内を捜索していた衛兵から、報告が入った。不審人物が王女を抱えて逃走していると」
カノープスの部屋を訪れた軍部の将軍、アルデバランは高圧的な声で淡々と話す。
「それをなぜ私に? ご存知の通り、私は王のお側におりました。王女殿下の件は、知りようがありません」
「犯人が知識階級だからだ」
アルデバランは、誘拐犯が宮殿中央の尖塔へ逃げ込んだこと、その最上階で魔術装置を用いて逃げたことを伝えた。
「貴殿には犯人が使用した装置を調べて、奴の逃亡先を見つけ出していただきたい」
――先日の不幸の折、貴殿は最も陛下の死を嘆き、憤ったと聞いている。その上、王女殿下まで拐かされたとあっては平静ではいられまい。
我々とて同様だ。一刻も早く、殿下を見つけ出し、犯人を捕らえたいのだ。軍部と知識階級は対立することも多いが、王家への忠誠は同じはず。ここは王家のため、国家のため、協力しようではないか――
立板に水のごとく、アルデバランは滔々と語る。
要するに自分たちに下れ、ということだ。
カノープスは、しばし思案する。国王暗殺の真相は到底、忘れられるものではない。しかし今、自分の返答次第で今後の知識階級全体の立場が決まる。
「……良いでしょう、ご協力します。けれどおそらく、それは転移装置です。相当高度な魔術が使用されていると考えられます。私以外が見ても何もわからないでしょう。
ですので、この件は私一人で対応します。他の者どもは、今まで通り、政務に戻して下さい」
これまでの王家相手と同様に、知識階級の保護を願い出る。その代わり、自分たちは軍部に与すると。
「……そうだな。長く国政を止めていると、国民に混乱が生じる。速やかに体制を立て直そう――私の名で」
アルデバランもその意を汲み、仰々しく頷いた。
(クソ野郎がっ)
カノープスは胸の内で舌打ちが止まらない。
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当座は軍部が臨時政府を敷き、知識階級がこれまで通り実務に対応する。そしてカノープスと兵士たちが王女の捜索にあたる、ということで話がついた。
彼女は早速、犯人が逃げたという尖塔の最上階部屋に出向く。
床一面に描かれた緻密な幾何学紋様は、カノープスでも直ぐには解読出来ないほどの、複雑な高度魔術だった。
直接この陣から逃亡先を割り出すには、長い時間を要するだろう。
けれど、それほどの魔術式を作り上げられる人物、となると数えるほどしか居ない。自分に匹敵する魔術の使い手を数人思い浮かべながら、カノープスは装置を調べた。
中央の窪みに、自身の翠緑色の魔術水晶をはめる。何も起こらない。やはり、許可された者にしか起動できないのだろうと推測する。
「王女を誘拐したという人物は、どのような方でした?」
当時、その場にいた衛兵たちに話を聞く。
「暗くてよく見えませんでしたが、背の高い女だと思われます」
「――女?」
「色の濃い、長い髪の女です」
思い浮かべていた人物の中には、そのような特徴に一致する者はいない。カノープスは首を捻る。
――いや、まてよ。
シリウス王の内密の友、レグルスを思い出した。彼はいつも、長い黒髪を胸の手前でまとめている。
彼がシリウス王と懇意にしていたことは、執務室に出入るする、ごく一部の者しか知らない。自分と、あの男くらいだ。
そして彼とシリウス王であれば、この高度な魔術装置も作れるだろう。
「その……女性、は、どのような格好でした?」
「寝巻きのような、シンプルな白いドレスを着ていました」
……レグルスは普段、伝統衣装の上着の下に、白い下着を着ている。この国の伝統的な下着である、首から足元まですっぽり覆う、男女兼用の長衣だ。
特にレグルスのそれは、肩から袖と、腰から足元にかけてがフレア状に広がっている。遠目から見ると、スカートのようにも見える。
「んふ……それは、ずいぶん無防備ですね……ふっ」
「線も細かったので、間違いないかと」
「んぶっふぁ」
普段、図書館に篭りきりのレグルスは、カノープスから見ても細い。常に鍛え上げている衛兵たちからすれば、女性と大差ないのだろう。
「そのような女性は、知識階級にも覚えがありません、ふっ。
……何者かが、紛れ込んでいる可能性があります。調査は難航するだろう、とアルデバラン将軍にお伝え下さい……んっふふ」
王女がレグルスの元にいるのであれば、軍部の手に渡るより安全だろう。
カノープスは、去し日の王を思い浮かべた。
レグルスの肩に腕を回して酒をあおる、シリウス王の顔を。
ここまでタイトル詐欺の前章になります!
次回からは、ようやくアリスが街に出ます。次回も、またぜひご覧ください!




