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とある作家の場合:バズらない夜に思うこと  作者: Sora


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006_現代ラノベの文体を考える_川端康成の眼差し

夜更け、子らの寝息が家を満たす沈黙のなか、私は画面の光に目を凝らす。そこに並ぶのは、無数の文字列であり、しかし私の眼には、文字の裏に潜む「魂の匂い」はほとんど感じられない。現代の小説投稿サイトを開けば、ランキング上位は異世界、恋愛、令嬢、チート能力、無限に続く会話と心理描写。すべてが目の前で展開される即時的な感情の洪水だ。


──平易で口語的。──会話主体。──キャラクター中心。──心理描写は即座に、言葉の裏に思考を残す余地は少ない。──記号化され、テンポ重視。


私はノートに書き留める。これが現代ラノベの「特徴」と呼ばれるものであり、そして多くの批評家が指摘する「簡便さと奥行きの欠如」でもある。


だが、私はふと考える。もし川端康成がこの光景を見たなら、何を思うだろうか、と。


川端康成。私は彼の小説を読むとき、いつもその文章の「透明な奥行き」に心を奪われる。『雪国』の雪景色の描写、ひとひらの雪に映る孤独と儚さ。『千羽鶴』の静謐な心理描写。彼の文体は、平易でありながら、読む者に深い情緒と感情の余韻を残す。沈黙や行間、描かれない部分にこそ、心理や情景の奥行きがある。


現代ラノベの文体と川端の文体には、一見すると距離がある。しかしよく観察すると、共通する点もある。まず、心理描写が読者に直接訴えかける点。川端も登場人物の内面を描くが、それは会話主体ではなく、自然や状況、象徴的描写を通して行われる。ラノベでは言葉そのものが心理を直接示す。「~と思った」「~と感じた」と即時的に書く。それは、川端の「余白に委ねる心理描写」の逆像であるとも言える。


私は想像する。川端康成が現代ラノベを読んだらどう反応するか。


おそらく彼は、まずその「即時性」に驚くだろう。すべてがテンポよく展開し、読者は瞬時に感情を追体験する。しかし、彼はその背後にある「感情の持続性」や「余白の深さ」を求めずにはいられないだろう。登場人物が何を考え、何を見落としているのか。情景の微細な揺らぎにこそ、物語の魂が宿ると彼は信じている。ラノベの世界では、その余韻はほとんど削ぎ落とされ、文字列の洪水に埋もれてしまう。


しかし、川端は批判だけに留まらないだろう。彼なら、この「平易さ」「テンポの良さ」「即時的心理描写」を逆手にとり、微細な象徴や自然描写を挿入することで、文章の深みを取り戻そうと試みるはずだ。たとえば、キャラクターの何気ない台詞の背後に、雪や雨、光の揺らぎを置き、読者に行間を読ませる。ラノベの読者が求める即時性を維持しながら、心象風景の奥行きを加えるのだ。


また、川端は「キャラクター中心」も興味深く見るだろう。現代ラノベではキャラクターの個性は一種の「記号化」され、読者にすぐ理解されやすい形で描かれる。クールな少年、元気な少女、天才的な頭脳。彼らは立体感よりも、機能性で動く。しかし川端は、同じキャラクター中心の手法を用いながらも、内面の複雑さや存在感を自然描写に溶け込ませることができる。雪国の駒子や島村のように、人物の心理は自然や風景の中で呼吸する。


この発想をラノベに応用すれば、テンポ重視・心理描写即時の文体は保ちつつ、奥行きのある情緒表現を挿入できる。短文と会話の合間に、象徴的な描写を忍ばせることで、読者はキャラクターの心理だけでなく、世界の空気や情緒をも感じることができる。


現代ラノベの「簡便さと奥行きの欠如」を批評することは簡単だ。だが、川端康成なら、否定するよりも「可能性」を見るだろう。文体の平易さや即時性は、むしろ読者の心を直接揺さぶる力として利用できる。文学の深みは、書き方そのものではなく、書き手が何を象徴として選び、何を余白に残すかによって生まれると、彼は考えるだろう。


私が想像する川端の現代ラノベ批評は、こういう調子だろう。


「あなたの文章は軽やかだ。読者は瞬時に心情を追体験できる。しかし、雪や風、月や花を少しでも描き入れるなら、キャラクターの感情はさらに豊かになる。行間を読ませる余白を少しだけ残せば、平易な文章は詩的な奥行きを持つ。読者はただ読むだけでなく、感じることになるだろう」


この視点は、単なる文学批評ではない。ラノベ作家への提案であり、川端が現代の文章に遺せる「教育的視線」である。平易で口語的、会話主体、心理描写即時、記号化、テンポ重視――これらの特徴は、批評の対象であると同時に、創作の素材でもある。川端が目を凝らすのは、文字列そのものよりも、そこに潜む可能性である。


夜が深まる。画面の光はまぶしく、子らの寝息はなお静かだ。私は思う。川端康成の目で現代ラノベを見たら、そこには批評と希望が同時にあるだろう。簡便な文章の向こうに、微細な心理描写、象徴的描写、自然の余白を忍ばせることができれば、現代ラノベはさらに豊かになるはずだ。


そして私もまた、ペンを取り、画面に向かう。平易で口語的な文章を書きながら、行間に風景を、会話に静けさを、キャラクターの心に奥行きを込める。川端康成の目は、きっと微笑み、そして試すように見つめているだろう。

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