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とある作家の場合:バズらない夜に思うこと  作者: Sora


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001_文豪たちの目に映るネット文学

深夜の書斎で、もし夏目漱石が目を覚まし、現代の光景を見渡すことができたら、彼は何を思うだろう。

百年以上の時を経て、漱石が抱いた文学への熱情は、果たして今日の小説投稿サイトに何を見出すだろうか。

このサイトは、誰もが作家になれる場所だ。

アカウントを作ればすぐに物語を公開でき、読者は指先ひとつで評価を下す。

ブックマークやランキング、コメントがリアルタイムで流れ、創作者はその反応に一喜一憂する。

漱石が生きた時代には、出版の壁が厚く、作品は編集者の手を経てやっと世に出ることができた。

だからこそ、彼の目にはこの「即時性」と「民主化」が、まず驚きとして映るに違いない。

しかし漱石はすぐにその表層を見破るだろう。

ランキング上位を目指した人気重視の作品の多くは、心理描写の深みや人間観察の精緻さに欠けている。

文章は流暢だが、心の奥底を掬い取る文学的手触りは薄い。漱石なら、おそらくこう皮肉るだろう。

「人の心の微細な揺れや社会の真実を描く力が、評価数の多寡で測られるとは。」


次に目を通すのは芥川龍之介だ。

彼は短編を愛した。

短く、鋭く、人間の心を切り取ることに精通していた。

サイトにあふれる無数の物語を見て、芥川は眉をひそめるかもしれない。

文章の品質には極端な差がある。即効性のあるキャッチーな設定や、ファンタジー色の強い異世界ものが目立つ。

だが、芥川なら同時に、その膨大な「素材の豊富さ」に目を輝かせるだろう。文章の技巧やテーマの斬新さを、発掘する喜びを見出すはずだ。


太宰治の目には、サイトの光景はどのように映るだろう。

彼は自己投影型の作品で、心の闇や孤独を描くことに長けていた。

読者の評価が即座に数字やコメントで返ってくる環境は、太宰にとって皮肉と誘惑が混ざったものに違いない。

「若者の心の叫びをリアルタイムで集められる」という可能性は、文学の新しい形として魅力的でありながら、承認欲求の罠が潜むことも察するだろう。


宮沢賢治の視点はまた異なる。

彼は理想と想像力を重んじた。

現代の異世界ファンタジーや、自由な世界観の創作を前に、宮沢は微笑むかもしれない。

「ここにはまだ、宇宙的な夢を描く余地がある」と。

彼にとって、現実と想像の境界が自由に揺れるこの場は、試行錯誤の庭のように映るだろう。


そして、三島由紀夫が現代の創作の場を目にしたならば、彼の目は鋭く、冷たく、しかし好奇心に満ちて光るだろう。

戦後の混沌を生き抜き、文字と肉体と精神を研ぎ澄ませた彼にとって、SNSや投稿サイトに漂う即時的評価は、時に虚飾のように映るかもしれない。

だが同時に三島は、その自由さと多様性に目を見張るはずだ。

誰もが創作の場に立ち、世界を描き、表現できる現代の状況は、かつての制約の中で己の美学を磨いた彼にとって、驚嘆すべき「創作の解放」である。三島は冷ややかに、しかし深い洞察でこう告げるかもしれない。

「おまえたちは数字に惑わされる。しかし、真の文学は数字では測れぬ。魂を揺さぶる瞬間を、恐れずに文字に刻め。」

彼の言葉は重く、しかし励ましに満ちている。

ランキングやPV、ブックマークに揺れる創作者の心を、三島は一歩引いて見つめるだろう。

だが同時に、挑戦する勇気と創造の喜びを讃え、深い精神性を求める声を鼓舞するだろう。

三島の目には、表面の軽やかさや即時性の中にも、鋭く光る魂の痕跡が見える。

異世界ファンタジー、心理描写、自己表現……あらゆるジャンルやスタイルの中に、文学としての価値や可能性を見出すに違いない。

彼はこう付け加えるかもしれない。

「読者の心を動かせ。それができる者にこそ、現代の舞台はふさわしい。」


こうして文豪たち、漱石、芥川、太宰、宮沢、そして三島の視線が重なり、現代のネット文学はその光と影を映し出す。

評価や数字に振り回される創作の現実と、魂を揺さぶる文学の可能性。過去の巨匠たちがそこに見出すのは、危機であり、同時に挑戦の舞台である。

夜が更け、電気の明かりに照らされた画面の上で、無数の物語が生まれ、消えていく。

コメントが流れ、ブックマークが増え、ある者は歓喜し、ある者は挫折する。

文豪たちはそこに深く息づく創作の熱量を感じ取るに違いない。


もし彼らが言葉を残すとすれば、きっとこうだろう。

「文学とは、評価ではなく、魂の交わりである」

数字に惑わされることなく、読者の心に届くかどうかを確かめる場として、このサイトは存在している。

現代文学の危機であり、同時に可能性の宝庫でもある。

そして私たち読者や創作者は、その声を拾い、選び、育てる責任を持つ。

文豪たちが生きた時代と異なり、今の創作者には無限の舞台が与えられている。

スクリーンの向こうに無数の物語が息づくこの世界で、私たちは、新しい文学の風景を目撃しているのだ。


数字やランキングに一喜一憂しながらも、静かに物語を書き続けるその営みの中に、文学の本質は変わらず息づいている。

過去の文豪たちがもし現代に立ち会ったなら、きっとその光景に驚き、考え、そして微笑むだろう。


小説投稿サイトは単なるウェブの集合体ではない。

そこに響く無数の声こそ、時代を超えた文学の鼓動である。

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