表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

港町

作者: あい太郎

東北地方の太平洋沿岸に「久鳴くなり港」という小さな港町がある。

漁業で栄えた時代もあったが、今は人口も減り、観光客もまばらだ。

しかし地元では昔から、満ち潮の夜にだけ現れる「渡し船」の噂が囁かれていた。


港の外れに沈んだ岬がある。

そこにはかつて「潮宮しおみや神社」という海の神を祀る社があったが、昭和初期の大津波で流され、そのまま海底に沈んだという。

それ以来、年に数度、満ち潮の夜になると、港の外れに白い渡し船が現れ、乗った者は二度と戻らない……と古老たちは語る。


新聞記者の篠田は、この噂を取材するために港を訪れた。

夜の港は静かで、波止場の灯がぼんやりと海面を照らしている。

地元の漁師に話を聞くと、皆一様に渋い顔をした。

「潮宮様が呼んでるんだ。あの船は生きてる人間を迎えに来る」

笑い飛ばすような雰囲気ではなく、本気で信じているのがわかる。


篠田は民宿に泊まり、取材を続けた。

二日目の夜、外から舟板を叩く音がした。

時計を見ると午前一時過ぎ。

窓から港を覗くと、沖合に小さな白い船影が見えた。

揺れているのに波を立てず、音もなく近づいてくる。


目を凝らすと、船の上に人影が立っていた。

それは漁師の作業着のような姿だが、顔は月光に照らされず、闇のままだ。

その人影が、港の方に向かって手を挙げた。

まるで「乗れ」と合図しているかのように。


翌朝、港でその話をすると、若い漁師が青ざめた。

「昨日の夜だろ……? あれ、誰もいねぇよ」

聞けば、昨晩、海に出た船は一隻もなかったという。

さらに、かつてその渡し船を見た者は、数日以内に行方不明になっていると教えられた。


篠田は怖気を覚えつつも、記事にするため、三日目の夜も港に向かった。

今度は防波堤の先まで行き、海を見張る。

満ち潮が近づくと、またあの白い船影が現れた。

船は防波堤の外側に静かに停まり、甲板の人影がこちらを見つめている。

そして、海面を隔てた距離から声が届いた。

「……こちらへ……」


声は奇妙に柔らかく、抵抗できない感覚が胸に広がった。

気づけば防波堤の端まで歩き、片足を海へ伸ばしかけていた。

その瞬間、背後から誰かが腕をつかんだ。

振り返ると、あの若い漁師だった。

「行くな!」

強く引き戻され、船影を見たときにはもう霧に包まれて消えていた。


翌朝、漁師は篠田に話した。

「昔、潮宮様の祭りで神輿を担いだ若い衆が海に落ちてな……見つかったのは、顔も体も海草だらけのまま、白い船に乗ってたって言うんだ」

そして最後にこう付け加えた。

「……もし三度呼ばれたら、もう助からねぇ」


篠田は笑い、取材を終えて港を後にした。

だが、その帰り道の夜行列車で、眠りに落ちた耳元に、あの柔らかい声がした。

「……こちらへ……」

二度目だった。


それから数日後、篠田が帰らなかったという知らせが港町に届いた。

港では噂になった。

満ち潮の夜、防波堤の沖に、白い渡し船がひとり分の影を乗せて漂っていた、と。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ