第6話 制圧完了
ガンッと木刀の石突が地面を打つ音が響き、レイナは思わず一歩後ずさる。
「瑞希ッ!! やめなさい!!」※ぎこちない口調
声を上げたのは、ベンチに腰掛けていたレイナ(中身は俺)。
彼女は立ち上がり、こちらへ駆け寄ろうとする――が、その前に瑞希がスッと腕を広げて遮った。
「危険ですお嬢様!!下がっていてください!」
「いや、下がるのは瑞希、“あなた”なのよ!!!!」
「この者は見知らぬ男です。即時制圧しますので少しお待ちを」
「制圧せんでいい!!!その“男”はだな――」
「離れていてください!」
瑞希はレイナの腕を軽く振り払うと、自分の背後へと押しやった。
完全に「護衛モード」に入っている。
その立ち位置は、“お嬢様”を守るために全身で盾となる構えだ。
「…ち、ちょっとちょっと! 瑞希! ちゃんとその人の言うことを…ッ」
必死に叫ぶレイナ(中身は俺)だが、言葉が続かない。
中身が入れ替わっているなんて、説明しても信じてもらえるわけがないとわかっているのだろう。
そんなことはいざ知らず、瑞希は鍛え抜かれた戦闘術を披露するかの如く、攻撃体制に入る。
「お嬢様、落ち着いてください。今はこの者を排除することが先決です」
「排除って軽く言うな! 俺は虫か!? ていうか排除の定義によっては結構洒落にならないからね!?」
「ご安心ください。お嬢様に仕えてはや3年。どんな相手であろうと私の前に敵はありません」
「「敵」じゃないって! 中身はお前の――」
瑞希の視線が、まるで暗闇で光る刃のように鋭さを増す。
その両足は地面をしっかりと踏みしめ、僅かに腰を落とした。
木刀の切っ先が蓮の眉間へ、じり…と一直線に向けられる。
(や、やばい……これ、本気でやるやつだ……!)
心臓が鼓動を二つ打った次の瞬間、瑞希の全身から空気が爆ぜるような圧力が放たれた。
その動きは疾風そのもの――否、目で追うことすら困難な速度だった。
「――ッッ!!」
反射的に後ずさる蓮。だがその一歩は、すでに遅い。
瑞希の右足が砂を蹴り上げ、鋭く地面を滑るように間合いを詰めた。
踏み込みは僅か0.3秒。木刀が閃光のように振りかぶられ、一直線に振り下ろされる。
風圧が頬を裂き、シャツの裾をはためかせた。
蓮は慌てて両腕を交差させて防御――
「ちょ、待っ――!」
バキィィィィンッ!!!
衝撃は雷鳴のように全身を駆け抜けた。
腕越しに伝わる鈍い痛みが、骨まで響く。
足が勝手に地面を離れ、視界がぐるりと反転――そのまま背中から芝生へ叩きつけられた。
「ぐ、ふぉっ……!」
肺の中の空気が一瞬で押し出され、呼吸ができない。
だが、瑞希は止まらない。
「二撃目――」
「だから待てって言ってんだろ!!」
必死に声を張り上げるも、その声は無情にも空気を切り裂く二の太刀にかき消される。
瑞希は木刀を横薙ぎに構え、腰の捻りを利用して鞭のようにしならせた。
ヒュッ――ドゴォッ!!
蓮の視界が一瞬で真っ白になる。
世界がスローモーションになり、耳鳴りが脳を包む。
次の瞬間には、体が地面を二回転ほど転がっていた。
(……え、今の、なに? いや、俺死んでない?)
意識が遠のきかけたその時――
瑞希の影が覆いかぶさる。振り上げた三撃目が、まるでトドメのように迫ってくる。
「ま、待って瑞希ィィィ――!」
しかしその声は、すでに途切れていた。
木刀の石突が鳩尾に軽く、しかし的確に突き刺さる。
内臓がひっくり返るような感覚が走り、蓮の全身から力が抜ける。
「……制圧完了」
淡々と告げる瑞希。
彼女は木刀を腰に戻し、仰向けに倒れた蓮を一瞥すると、すぐさまレイナ(蓮)のもとへ歩み寄った。
そして、片膝をつき、深く頭を垂れる。
「……お嬢様。ご無事でしたか」
その声音は、先ほどの戦闘時とは別人のように柔らかかった。
しかし、その足元には――“戦果”とでも呼ぶべき気絶者が転がっている。
レイナ(蓮)は、口をぱくぱくさせたまま言葉が出ない。
目の前で起きた出来事が、あまりにも現実離れしていたからだ。
(……やば。コイツ、本気で人間やめてる)
横たわる蓮の口元から、かすかに「ぅぉえ……」という情けない音が漏れる。
それを見ても瑞希は眉一つ動かさず、ただ「脅威は排除済み」と言わんばかりに胸を張っていた。
レイナ(蓮)は、色んな意味で絶句した。
――物理的な制圧力の恐ろしさに。
――説明をする前に全てを片付ける護衛魂に。
――そして、これから蓮が目を覚ましたときの修羅場確定フラグに。
「……あ、あのね瑞希。その……説明が――」
「説明は後ほど伺います。まずは安全を確保しなければ」
レイナ(蓮)の言葉をやんわり遮り、瑞希は静かに立ち上がる。
その動きは、嵐が過ぎ去った後の静寂のように落ち着いていた。
ただ一つ違うのは――嵐の残骸として、芝生に倒れた蓮が転がっていることだった。




