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第9話 ……でっっっか



レイナの意識はまだ戻らない。

黒スーツ二人はそのまま彼を軽々と持ち上げ、まるで高級家具でも運ぶかのように歩き出す。



「お嬢様、医務室にお運びいたします」



瑞希の声は落ち着き払っているが、その動作は軍事施設の搬送作業員そのものだった。


(……医務室? あ、そうか、金持ちの家って家の中に保健室あるんだっけ……ってあるかそんなもん!)


俺の周りには金持ちの友達も何人かいるが、“医務室“なんて普通ない。少なくとも俺の知ってる世界の「家」にはなかった。

そんなもん、学校か病院にしかないやつだ。

この時点で、天城家のスケールが常識外れであることを再認識する。



「お嬢様はどうなさいますか? お部屋にお戻りになりますか」



瑞希が問いかけてくる。


正直、どこがどこだか分からない。今いるのが何階なのかすら怪しい。

とりあえず、今の状況というか”居場所”を整理したかった。



「あー……えっと、その……落ち着いて話せる場所ってある?」


「承知いたしました。では、リビングへご案内いたします」



そう言って瑞希は、さっさと歩き出した。

俺――いや、レイナ(蓮)は慌ててその背中を追う。




廊下に足を踏み出した瞬間、思わず声が漏れる。

床は深い色の木材で、ワックスがけされた表面が照明を柔らかく反射している。

左右の壁には等間隔で巨大な絵画や鏡が飾られ、その合間合間に花瓶や彫刻が配置されている。


(……おいおい、これ廊下だよな? なんで廊下が美術館化してんの?)


廊下の幅は、うちのアパートの部屋より広い気がする。

しかも歩くたびに足音が軽く反響して、妙に格式ばった気分になる。


さらに進むと、右手にはガラス張りの扉。その向こうには庭が広がっていた。

昼間見た噴水の他にも、植え込みや温室らしき建物まで見える。


(温室……マジか……。あれ絶対、珍しい花とか育ててるやつだろ……)



「お嬢様、どうかされましたか?」


「…あ、いや、改めて庭が広いなー…なんて、あはは」


「……珍しいですね」


「え、何が?」


「そのように“広い”などと感想をおっしゃるのは」



瑞希が首をかしげる。



「普段のお嬢様は、庭をご覧になっても“そこにあるのが当たり前”というお顔をなさいますから」



(あっ……やばい、普段のキャラと違うのバレそう)


慌てて咳払いして誤魔化す。



「ほら、なんていうか……久々にちゃんと見たら、広いなーって思ってさ」


「そうでございますか」



どうにか流れた空気を利用して、それとなく探りを入れることにした。



「それにしても……この家って、どれくらいの敷地なの?」


「敷地でございますか?」


「ほら……端から端まで歩いたら、何分くらいかかるのかなー、なんて」


「お嬢様の足で、ゆっくり歩けば……およそ三十分くらいでございます」



(……敷地内移動がマラソンのアップくらいあるのかよ!)



「しかもそれは母屋のみでございます。あちらに見えますのは中庭で、さらに奥には裏庭がございます」



瑞希が指し示す方向には、整然と刈り込まれた生垣と、やたら立派な石造りの門のようなものが見えた。



「……あれ、庭に門あるんだ」


「はい。あちらを抜けるとクラウンメロンを栽培している温室に至ります」



(また温室かよ!? やっぱり天城家って普通じゃない……)



「こちらは中庭でございます。春には桜が満開となり――」


「お、おう……(説明が観光ガイドだ……)」




やがて廊下が開け、大きな階段ホールに出た。

中央には赤い絨毯の階段がドーンと構え、その両脇にも別の階段が伸びている。

上階の手すりは金色で装飾され、天井からは先ほどの玄関ホールにも負けないシャンデリアが吊るされていた。


(この階段、映画で主人公がドレス着て降りてくるやつだ……)


一瞬、自分がこの階段を降りてくる姿を想像したが、現実の自分は庶民男子なので即座に脳内から追い出した。



階段ホールを抜け、さらに進む。

今度は左右に扉がずらっと並んでいる。

それぞれの扉の前には、さりげなく立つ執事やメイドの姿。

みんな背筋がまっすぐで、視線をこちらに向けると同時に軽く会釈してくる。


(お、おう……全員の所作がプロ……。間違いなく俺の部屋のドア開ける時より格式高い)



「お嬢様、こちらです」



瑞希が立ち止まった先は、やけに背の高い両開きのドアだった。

彫刻の施された扉は、握りこぶし二つ分はありそうな金の取っ手が付いている。

瑞希が軽々とそれを開くと――



「……でっっっか……」



リビングという単語を軽く裏切る空間がそこにあった。

床には厚手のペルシャ絨毯が敷かれ、中央には低めのテーブルとふかふかのソファが三組。

壁際には本棚と暖炉、そして大型のテレビが埋め込まれている。

窓は天井まで届く大きさで、外の庭が一望できる。

しかも天井には、ここでもしっかりシャンデリアがぶら下がっていた。


(……あれ? さっきからシャンデリア何個見たっけ? 三つ? いや四つ目か?)


奥の壁にはグランドピアノ、そのさらに奥にはバーカウンターまである。

本当にここ、一般家庭のリビングなのか疑わしい。



「……これ、ホテルのラウンジじゃなくて?」


「いいえ、お嬢様専用のリビングルームでございます」


「専用!? これで専用!?」



自分の声が裏返った。

うちの“専用スペース”といえば、ちゃぶ台の横にある畳一畳分のコタツゾーンだ。

比べるのも失礼なくらいだ。



「では、お飲み物をご用意いたします」



瑞希がそう言って奥へと歩いていく。


俺はソファに腰掛け……いや、沈み込んだ。

座った瞬間、身体がふわっと包まれる。

この柔らかさ、きっと高級羽毛だ。値段を想像するのが怖い。


(……落ち着こう、落ち着こう。ここで庶民オーラを出しすぎたらバレる)


そう思っても、視界の端に映る調度品や家具がいちいち庶民の常識を破壊してくる。

テーブルの上の花瓶、たぶん俺ん家の家賃より高い。

壁の絵、テレビのサイズ、置物の質感……全部が“別世界”だ。


(ああ……やばい。これ、何日この家にいたら慣れるんだろ……いや、慣れたくないな……)


そうこうしているうちに、瑞希が戻ってきた。

手には銀のトレイ、その上にはポットとカップ、そして小さなケーキ皿まで乗っている。



「こちら、ハーブティーでございます。お嬢様のお好みに合わせてブレンドいたしました」



(ブレンド!? そんな注文してねぇ!!)


しかしここで庶民丸出しの反応をすれば、余計な疑いを招く。

俺はなんとか涼しい顔を作り、「ありがとう」とだけ返した。



……心の中では、すでにいろんな意味で不安がいっぱいだった。


これからの行動や立ち振る舞いはもちろん、言葉の一つ一つにだって細心の注意を払っていかなければならない。


…いや、それ以上に緊張感が半端ない。


レイナの姿をしているとは言え、この戦闘狂が真横にいるってだけでもう…

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