そこまでする必要ありますか?
ベーテニア王国王女カタリナ・ベーテニアはソーサリー王国の魔法学園に留学している。
学園の寮にて、カタリナは朝起きてすぐに窓を開けて祈りを捧げる。
「光の女神ポース様、闇の神スコタディ様、今日も朝をくださりありがとうございます。どうか一日安寧に、そして正しく過ごせるよう、ご加護をお与えくださいませ」
目を閉じて手を組み、カタリナは祈りの言葉を口にした。
光の女神ポースと闇の神スコタディは夫婦神で、この地に降り立ち魔力を作り出したと言われている。
よってカタリナの祖国ベーテニア王国や現在カタリナがいるソーサリー王国があるこの大陸一帯では光の女神ポースと闇の神スコタディが信仰されているのだ。
祈りを捧げているカタリナの紫の髪は、朝日を浴びて輝いている。
「さあ、今日も素敵な一日にしましょう」
祈りを終えたカタリナは目を開け、朝日に向かい微笑んだ。
ルビーのような真紅の目は力強く輝いていた。
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カタリナは午前の授業を終え、カフェテリアで昼食を取っていた。
「アンジェリカ・グランツィオーソ! 今を以てお前との婚約を破棄する!」
そんな中、優雅なカフェテリアに相応しくない声が響き渡る。
(あれは……コンブリオ侯爵令息レックスだったかしら)
カタリナは眉を顰めて声の主に目を向けた。
レックスは小柄な令嬢を連れ、彼の婚約者グランツィオーソ伯爵令嬢アンジェリカが座る席の前で仁王立ちしている。
「レックス様……このような場で婚約破棄ですか。理由を聞かせていただいても?」
一方的に婚約破棄を告げられたアンジェリカは、困惑しながらも冷静だった。
「白々しい! アンジェリカ、お前は伯爵令嬢という身分を振り翳してガリナに嫌がらせをしているからだ!」
「全く身に覚えがありません。証拠はございますの?」
「そんな……アンジェリカ様、私、貴女に教科書を破られたり池に突き落とされたんですよ!」
(彼女はプレスト男爵令嬢ガリナだったわね)
カタリナは冷ややかな目でガリナに目を向けている。
「ガリナがそう言っていいる! 証拠なんてそれで十分だ! それに、お前のような性悪女は俺に相応しくない! お前からの嫌がらせを健気に耐えていたガリナこそが俺に相応しい!」
(とんだ茶番劇だわ)
カタリナは呆れてため息をつき、アンジェリカに助け舟を出そうとした。
その時、凛々しい声が響き渡る。
「それは証拠として不十分だね」
(ソーサリー王国王太子、マクシミリアン様だわ……)
まさか王太子が登場するとは思っていなかった。
「まずガリナ嬢、アンジェリカ嬢に教科書を破られたと言っていたがそれはいつの話だ?」
「えっと……丁度二週間前の放課後です」
マクシミリアンからの問いにガリナの目が泳ぐ。
「それならアンジェリカ嬢は学園内の魔法薬学研究室にいた。アンジェリカ嬢は私と同じ魔法薬学研究クラブに所属していてね、丁度二週間前なら私との共同研究で忙しくしていたよ」
「ありがとうございます、マクシミリアン殿下」
アンジェリカはホッとしたような表情だった。
「だがガリナが池に突き落とされたのは事実だろう……!?」
レックスは悔しそうにアンジェリカに突っかかる。
「先程も申し上げましたが、身に覚えがありませんわ」
「ガリナ嬢、アンジェリカ嬢から池に突き落とされたのはいつの話だ?」
マクシミリアンは厳しい目をガリナに向けている。
「それは……えっと、丁度一週間前の昼休みに……」
ガリナの声は小さくなる。
「それなら池の近くにある監視魔道具の映像を見てみようか」
マクシミリアンがパチンと指を鳴らすと、今から丁度一週間前の昼休みの池付近の映像が映る。
映像には確かにガリナが映っていた。
しかしアンジェリカはおらず、ガリナが一人で勝手に池に落ちていた。
「ちょっと、早く映像を止めてよ!」
ガリナは必死に叫ぶ。
ガリナの自作自演がカフェテリアにいる生徒達に知れ渡ったのだ。
「つまり、ガリナ嬢の発言は全て虚偽のものだ。カフェテリアという大勢の生徒がいる場でアンジェリカ嬢を陥れようとした行為、断じて許されることではない!」
マクシミリアンはアンジェリカを守るように前に出て、レックスとガリナにそう言い放った。
「レックス様、婚約破棄を受け入れますわ。その代わり、この婚約破棄は貴方の有責でございます。すぐに家に連絡いたしますわ」
アンジェリカは毅然とした態度だった。
周囲はヒソヒソとレックスとガリナを嘲笑している。
レックスとガリナは居心地が悪くなり、逃げるようにカフェテリアから離れるのであった。
「マクシミリアン殿下、助けていただきありがとうございました」
「いや、アンジェリカ嬢が不当に陥れられている様子を黙って見ていられなかった」
マクシミリアンは凛とした様子だ。
しかし、アンジェリカを見る目は優しかった。
「アンジェリカ嬢、レックスとの婚約はなくなるのかい?」
「ええ。こうなった以上きっとそうなるでしょう」
アンジェリカは困ったように微笑む。
すると、マクシミリアンはアンジェリカの前で片膝をつく。
「アンジェリカ嬢、私は魔法薬学を熱心に研究する君の姿を見ていた。民の為になる魔法薬を開発しようとしている君と共にこの先の人生を歩みたい。私と婚約してくれないだろうか」
すると、一部の生徒達が「きゃあ、素敵」と盛り上がる。
(あらまあ……)
カタリナも、ことの成り行きを見守ることにした。
「マクシミリアン殿下……私に王太子妃が務まるでしょうか?」
「民のことを考えて研究をしているアンジェリカ嬢ならきっと務まる。私も全てを賭けて君を支えるし、君を守る」
真剣な表情のマクシミリアン。
その様子に心打たれたのか、アンジェリカは頷いた。
「喜んでお受けいたします。マクシミリアン殿下」
するとカフェテリアの生徒達は「殿下、アンジェリカ嬢、おめでとうございます!」と盛り上がった。
ちなみに、騒ぎを起こしアンジェリカを陥れようとしたレックスとガリナは十日間の停学になった。
(マクシミリアン様の正義感、アンジェリカ様の毅然とした態度……確かに上に立つものとして必要だわ)
出る幕のなかったカタリナは、マクシミリアンとアンジェリカを高く評価していた。
しかし、その評価は十日後に崩れることになる。
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十日後、レックスとガリナの停学が解除された日に異変は起こった。
「停学という罰を受けたにも関わらず全く反省していない顔だな」
マクシミリアンは学園にやって来たレックスとガリナにそう言い放った。
「私、正直レックス様とガリナ様の姿を見たくありませんわ」
アンジェリカは困ったようにそう言い放つ。
「皆、レックスとガリナが余計なことをしないよう監視しておくように! 彼らには何をしても構わない!」
マクシミリアンは周囲に向けてそう宣言したのだ。
(まあ……)
カタリナはその宣言に唖然とした。
ソーサリー王国王太子マクシミリアンは、魔法学園で最も身分が高い存在だ。
学園内では身分を問わず平等であるが、学園は社交界の縮図だ。
頂点に立つマクシミリアンと次期王太子妃の座が確定したアンジェリカがレックスとガリナを排除する動きを見せた。当然のようにそれに従い続く生徒達が現れる。
レックスとガリナへのいじめが始まったのだ。
教科書などレックスとガリナが学園で使用する物品が破られる、壊される、隠される。わざと二人に聞こえるような悪口や罵倒。休憩中二人に水をかけたり暴力を振るう者まで現れた。
カタリナはレックスとガリナをいじめる者達を諌めた。
しかし二人をいじめる者達は決まって「これは正義による制裁だ」と言い張る。
ある日の昼休み、カタリナが中庭を歩いていた時のこと。
「きゃあっ!」
ある女子生徒の悲鳴と共に、ザバンと何かが水に落ちる音が聞こえた。
(この声は……ガリナ様の声だわ! 確かこの近くには池があったはず!)
カタリナは急いでガリナの声が聞こえた方に向かう。
そこには池に落ちたガリナを嘲笑する男女複数の生徒達がいた。
「無様にもがく姿、お似合いね」
「池から二度と上がれないように水魔法でガリナを閉じ込めておくか」
「それ良いですわね。でもガリナが溺死してしまいません?」
「その時はその時じゃないか。未来の王太子妃殿下になられるアンジェリカ嬢を陥れようとしてのだから、死んだとしたら当然の報いだ」
「ついでにレックスも縄で縛って池に突き落とそうぜ」
「それ、面白いですわね。明日になったら池に溺死体が二つだなんて」
「じゃあまずは溺死体一つ作るか」
男子生徒が水魔法を発動した。
(いくらなんでもそれは……!)
カタリナは唇を噛み締め、炎魔法でそれを止める。
「きゃあ!」
「何だ!?」
突然炎が飛んで来たので、生徒達は戸惑っていた。
「あなた達! それはやり過ぎよ!」
カタリナはガリナを池に突き落とした生徒達をキッと睨む。
「は? 何だお前?」
「ちょっと、この方ベーテニア王国のカタリナ王女殿下よ」
カタリナに突っかかろうとした男子生徒。しかし隣にいた女子生徒はカタリナが何者かを知っていたので男子生徒を止める。
下手に突っかかると国際問題に発展しかねないことを理解しているようだ。
「興醒めだ。行こうぜ」
カタリナに突っかかった男子生徒はつまらなさそうに舌打ちをし、他の生徒達と共にその場を立ち去った。
「ガリナ様、大丈夫かしら?」
カタリナはすぐに池で溺れているガリナを救出した。
「はい……。ありがとうございます。えっと……」
「私はカタリナよ。ベーテニア王国第一王女、カタリナ・ベーテニア」
「いつもありがとうございます。カタリナ……殿下。何度か庇ってくれてましたよね。あれで少し救われています」
お礼を言うガリナは弱々しかった。
アンジェリカを陥れようとした時は随分と幼稚で愚かな印象だったが今は随分と違う。
カタリナはフッと口角を上げる。
「お礼を言われる程のことではないわ。私は正しいと思ったことをしているだけよ。さあ、まずは着替えましょう。風邪をひいてしまうわ」
カタリナはガリナを医務室へ連れて行くのであった。
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その後、カタリナは学園のサロンを借りてレックスとガリナを呼び出し話を聞いていた。
「俺は……アンジェリカが自分よりも優秀で、それがコンプレックスを刺激されて……彼女が気に入らなかったんです。その時にガリナに出会って、アンジェリカよりもガリナが良い。大勢が見ている前でアンジェリカに婚約破棄を突き付けたらあいつを辱めることが出来ると考えていました」
レックスは俯きながらカタリナにそう話した。
「私は、ただレックス様が好きで、アンジェリカ様さえいなくなれば彼と結ばれると考えていました」
ガリナも俯きながらカタリナに話した。
「今考えると、本当に愚かだと思います」
「私も、馬鹿なことを考えて……恥ずかしいです」
レックスとガリナは反省しているようだ。
「ええ。確かにあの時のお二人は愚かだったわね。私は一体何を見せられているのかしらとも思ったわ」
カタリナは苦笑した。
「だけど、今の態度を見る限り、お二人は反省している。それに、十日間の停学という学園から公に出された罰も受けた。それ以上の罰は受ける必要がないと私は考えているわ」
カタリナはルビーの目を真っ直ぐレックスとガリナに向けた。
二人はごくりと息を飲む。
「今あなた達が受けているのは、過剰報復。要するに私刑よ。これは決して許されることではないと思うの。だから、私はお二人がこれ以上学園で憂き目に遭わないよう協力するわ」
カタリナは力強く微笑んだ。
すると、レックスとガリナの表情が少し明るくなる。
「「ありがとうございます」」
お礼の声は、綺麗に揃っていた。
「まあ私のお父様、要はベーテニア王国国王の力を頼ることになるから少し大事になるかもしれないけれど」
カタリナは悪戯を仕掛けた子供のようにふふっと笑った。
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数日後の昼休み、カタリナはレックスとガリナを引き連れてカフェテリアにやって来た。
レックスとガリナがベーテニア王国王女カタリナと一緒にいるので、他の生徒達は何事かと目を見開いている。
カタリナはソーサリー王国王太子マクシミリアンと彼の婚約者となったアンジェリカが座る席へ向かう。その様子は堂々としていた。カタリナの後ろを歩くレックスとガリナは緊張気味である。
「マクシミリアン様、アンジェリカ様、少しよろしいかしら?」
するとマクシミリアンとアンジェリカは驚いたように立ち上がり、カタリナを見る。
「これは……ベーテニア王国第一王女カタリナ様」
「私達にどういったご用件でございましょうか?」
他国の王女カタリナに対し、丁寧な対応である。
「こちらにいるレックス様とガリナ様への対応を考え直していただく必要がありますわ。お二方、そしてこの学園の生徒達がレックス様とガリナ様に対してしていることは、過剰報復、私刑ですわ。いますぐやめるべきです。そこまでする必要ありますか?」
カタリナの凛とした声がカフェテリアに響き渡る。
「過剰報復……私刑……。私はそうは思いません。彼らへの対応は正当だと思っています、カタリナ様。アンジェリカが不当に陥れられた。これは断じて許されることではないですから」
自身の正義を信じて疑わないマクシミリアンだ。
「マクシミリアン様、貴方が正義で動いていることは認めましょう。ですが、今の貴方は行き過ぎた正義を振り翳しています。私の父であるベーテニア王国国王にも学園の様子を相談いたしましたわ。すると、父からこのような返事が来ましたの。『もしもこの先マクシミリアン様が国王として即位された場合、今のように行き過ぎた正義感で周辺国を振り回しかねない。今後ソーサリー王国との取引を考え直す必要がありそうだ』と」
カタリナは父からの手紙を読み上げた。
「何だって……!?」
いきなり国際問題に発展しかねない状況に、マクシミリアンは驚愕する。アンジェリカや他の生徒達も困惑していた。
「あの、カタリナ殿下、いくら何でも学園に国際問題を持ち込むのは……。それに、私はそちらのレックス様とガリナ様から被害を受けましたのよ」
アンジェリカは困惑しながらも反論した。
「アンジェリカ様、確かに貴女は被害者です。ですが、被害者ならば加害者に何をしても良いのですか? 確かに、被害者感情も考慮すべきですが、私は被害者が加害者に直接制裁を加えることは良くないと思っております。被害を受けたという理由で不当に過剰な制裁を加えかねないので」
「それは……」
カタリナの言葉にアンジェリカは黙り込んでしまう。
カタリナはルビーの目を真っ直ぐマクシミリアンとアンジェリカに向けた。
どうか伝わって欲しいと願いを込めて。
「感情と罰は切り離して考える必要があります。そしてマクシミリアン様、アンジェリカ様、まだどうなるかは分かりませんが、お二人は恐らくこの先ソーサリー王国の頂点に立つでしょう。そのような立場なら、ご自身の言葉の重みを理解すべきです。あなた達がレックス様とガリナ様を排除しようという言動を見せたら、他の方々がどう動くか、想像すべきですわ」
カタリナは次に学園の生徒達に目を向ける。
「この学園の生徒達も、王族や王族に連なる方の言葉を鵜呑みにせず、しっかりと自分の頭で考えて行動すべきよ。今回の件は、レックス様とガリナ様に何らかの危害を加えたことがある方々にも責任があるわ」
カタリナは言葉を続ける。
「私はこの国にまだ期待しているわ。しっかりと今後どうすべきかを考えてちょうだい」
カタリナの言葉に、マクシミリアンとアンジェリカ、そして他の生徒達はハッとし考え始めた。
その後、レックスとガリナへのいじめは収まり、学園は平和を取り戻すのであった。
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