療養
三題噺もどき―ろっぴゃくさんじゅうきゅう。
ようやく、半分ほど戻ってきた月が夜空に浮かんでいる。
空気の入れ替えをと、少し開けた窓の隙間から冷たい風が入ってくる。
何日か前は暑かったのに、また寒くなりだした。いい加減どちらかにしてほしいものだ。
「……」
リビングのソファに腰を掛け、読書に勤しむ。
とりあえずは、本日の仕事も終わらせたので後はゆっくりすることにしたのだ。
……というか、強制的に終わらせられたと言うか。実のところ仕事もするなという痛い視線があったのだけど、そういうわけにはいかなくて、最低限の仕事だけはさせてもらったのだ。
「……」
その仕事もホントに必要最低限だけで終わっているので、もう少しやりたい気持ちはあるのだけど。なぜか知らないが、先方の方から今日はこれ以上はないです的なことを連絡されたのだ。いつもなら大量に仕事を送ってくるのに……なんだろうな。
「……」
まぁ、先日の緊急仕事のお詫びのつもりだろうとでも思ってはいるが……。あれだってたいして気にすることでもないと思っているから、何だ突然という感じがものすごくある。確かに大変ではあるが、仕事だしなと割り切れなくもないからな。
「……」
まぁ、その仕事もするなと言われたししなくてもいいと言われたのだから、大人しくしている。散歩にでも行きたい気持ちがあったが、今日は目の届く範囲にいることにした。
その、目の持ち主は、キッチンで何やら作っているようだが。
「……」
昨日から体調も回復の兆しを見せている。この感じだと花粉症でもないだろうから、散歩も通常どおり出来るようになるだろう。
まだ少し鼻づまりというか、そんな感じはあるにはあるが。昨日程のモノではない。
「……」
そう言葉で伝えても信用がないらしいので、その結果として膝の上にはポーチが置かれている。中身はカイロだ。家の中だし、窓を開け続けたりしない限りそこまで冷えることはないからいらないだろうと言ったんだけど……「そうやって冷やすから体調を崩すんですよ」と押されたので、大人しく受け取った。
まぁ、あるとないとでは違うのは確かなので、持っていてもいいのだけど。
「……」
時折、そのカイロに手をやりながら、本のページをめくり、言葉をなぞる。
今日はいつもと趣向を変えて、ライトノベルを手に取った。
時折混じるイラストや、テンポのいい言葉遣いが、とても読みやすい。
あまりこの手のモノは読まなかったが、なかなかに面白い。今まで読んでいた小説とは違う面白さがある。それと、こういうのには吸血鬼が居たりするだろう。それもそれで読んでみたいところだな……。人の想像の吸血鬼がどんなものなのか知っていて損はしない。得もしないだろうけどな。
「……」
しかし、このキャラクターはやんちゃというかなんというか。
俗に言うヤンキーとかに分類されるんだろうか。口調も荒いし、格好もいかにもなかんじではある。そういう表記がないから分からないけれど、意識はされているんだろうか。
「……」
そのキャラクターのつけているピアスで思いだしたが。
アイツ、昔は結構開けていたような……今でも揃いのピアスをお互いにつけてはいるけれど、もう少しどころじゃないくらいピアスをつけていた気がする。
いやまぁ、私も開けてはいたけれど片方に2,3開けていた程度だ。アイツはそれ以上に開けていたはずだが、気づけばつけなくなっていたな。
「……」
未だにキッチンで何やら作っている方に眼を向ける。
片方にだけ光る揃いのピアスがあるだけで、それ以外の装飾は何もない。
穴自体ももう塞がっているだろうから、今はあの一個しかつけていないんだろう。
「……」
「……どうかしました?」
こちらの視線に気づいたのか、手をとめ、視線を合わせる。
この家で、この部屋で、私といるときにしかしないその姿で。
「…何を作っているんだ?」
「ましゅまろです」
なぜか得意げに応える。マシュマロって作れるようなものなのか……初めて知った。
得意げなのはうまくいったからだろう。
そういう所は可愛げがあっていいのだけどなぁ。
「そろそろ休憩にしますか」
「あぁ、そうしよう」
上手くいったそのマシュマロとやらを食べさせてもらおう。
そういえば、今月はホワイトデーというのがあるのだったか……これでうまくいったからってマシュマロづくりにはまったらどうしような。
「……そういえばお前、昨日寝る前に何をしてたんだ?」
「何。とは?」
「珍しくパソコンに向かってたから、何か調べものか?」
「……あぁ、はい。マシュマロの作り方を調べただけですよ」
「そうなのか、うまいな、これ」
「お気に召したなら何よりです」
お題:ポーチ・ピアス・ましゅまろ