最終話 不攻不落の凪紗先輩はクールドジかわいい
それから。
12月が中旬を迎える頃合いには、"城塞攻略者“の姿はほとんど見られなくなった。
それでも諦めの悪い者達はクリスマスデートに託つけて凪紗に告白しようとしたが、
「先約有り。割り込み禁止。以上」
で、敢えなく全艦撃沈。
クリスマスデートを楽しんで、年末年始はさすがに家族の元で過ごさなくてはならないとして、誠も凪紗もお互い納得した上で、双方実家に帰省し、離れて年末年始を過ごすことになったが、隙あらばRINEでやり取りしたり、ビデオ通話で顔を合わせながら夜を過ごし、始業式の数日前になってようやく再会した。
三学期になっても相変わらずラブラブの関係を見せつけ、『年末年始はお互い離れて過ごしていたのだからもしかすると』と言う"城塞攻略“の残党とも言うべき男子の息の根を完全に止める。
そして数ヶ月もしない内に、学生最後のイベント――卒業式を迎える。
早苗は風紀委員関係で、渉はサッカー部で、それぞれ引退した先輩達と別れを惜しんでいる。
結依は個人的に良くしてもらった凪紗と梨央の二人のため、テニス部の後輩達に混ざって一緒に花束を贈呈することになっている。
誠はもちろん、テニス部とのお別れを終えた後の凪紗に付き添う予定だ。
さすがに女子テニス部の中に混ざろうとするほど彼も無粋ではない。
よって、少々時間が掛かろうとも慌てずに凪紗が来るのを、校門付近で待つのだが、
「ごめん、待たせちゃったね」
――思っていたよりも早くに、凪紗が来た。
「あれ、てっきりもうちょっと掛かるものかと思ってたんですけど……もういいんですか?」
校門の柱に背中を預けていた誠は、勢いをつけて姿勢を正す。
「彼氏が待ってるんだから早く行きなさいって、梨央と新條さんに追い出された」
「追い出されたんですか」
「まぁ、私は私で、早く誠に会いたいなぁって、声にはしてなかったけど、顔には出してたから」
つまり、言葉にはせずとも隠すつもりは無かったと言うわけだ。
「その、気を遣ってくれたと言うことにしましょう」
「うむ、善きに計らうとしよう」
尊大に頷く凪紗に誠は手を差し出し、そっと手を繋ぐ。
校門を潜る寸前に、「あ、ちょっと待って」と凪紗は足を止めた。
「最後に、校舎を見ておきたい。今日で、この光景を見るのも最後になると思うから」
振り返り、外から校門を潜ってきた時の光景を見る。
「それなら、校舎を背景にした、ツーショット写真でも撮りますか?」
ふと誠は、この光景を背にして二人で写真を撮ろうと妙案を挙げた。
「おぉ、なるほど。天才現る」
「天才ってわけじゃないですけど」
早速、誠のスマートフォンのカメラを起動し、自撮りモードに設定。
二人並んで肩を寄せ合って、フレームに合わせて。
「こうかな?」
「俺がもうちょっとこっちに……」
「……自撮りって案外難しいね。部の後輩達がナウナウやってるから、普通に出来るものだと」
「かく言う俺も自撮りとか初めてですし……」
四苦八苦して、ようやく形になったところで。
カショッ
「いけた?」
「……うん、ちゃんと撮れてます。ほら」
「おぉ、まさにバカップルだ」
ギャラリー上には、お互い自撮りに慣れてないのが丸分かりのカップルの写真が表示されている。
「あとでRINEに送ってね」
「今ここで送りますよ。……っと、はい」
「うん、ありがと」
画像を確認し、保存してロックもかけてから。
「じゃぁ、行きましょうか」
改めて誠から手を差し出し、それをちょっと照れくさげに凪紗が取り、校門を潜った。
「そう言えば凪紗先輩って、大学も今の自宅から通うんですか?」
いつもの通学路をゆったりと歩きながら、誠がそう訊ねた。
「うぅん?今のアパートじゃなくて、大学から通いやすい場所に引っ越す予定だよ」
「そこって、この辺からどのくらいの距離ですか?」
「うーん……電車とか車で行けばそう遠くないんだけど、毎日会うにはちょっと遠いかな」
普通電車で八駅ほどの距離だが、毎日往復するとなると、交通費が馬鹿にならない。
「そうですか……」
毎日会えないのは残念だな、と誠は落ち込む。
「私も誠に遺憾だけどね……あ、誠にって言うのは君のことじゃないからね?むしろ毎日会っても足りないから」
慌てて付け足す凪紗。
「毎日会っても足りないんじゃ、もう一緒に暮らすしかないですね」
「そう、その通りだよ」
二人してちょっと溜め息。
「……一年の、辛抱だね」
「はい。俺も凪紗先輩の後を追いますから。そうしたら、一緒に暮らせます」
誠の進路は、凪紗と同じ大学だ。
そうすることで、凪紗とシェアハウスと言う形で一緒に暮らすことが出来る。
「なるべく広い部屋にしておくね。二人で住んでも狭くならないように」
「今から楽しみです」
二人のこれからがどうなるのかに期待を膨らませつつ――誠はここ最近、"あること”をしていないことに気付いた。
一度、意図的に呼吸を行って、そっと凪紗の耳元に近付いて。
「卒業おめでとう、凪紗」
「ッッッッッ!?!?!?」
誠に耳元で呼び捨てに囁かれ、凪紗は顔を爆発させた。
その拍子に足がもつれ、排水路に落ちそうになり――咄嗟に誠が支えた。
「ふ、不意打ちとはなかなかやるね、誠」
「ごめんなさい、今呼び捨てにしたら絶対排水路に落ちるって分かっててやりました」
「…………ちゃんと支えてくれたので、不問とする」
「ありがとうございます」
思い返せば、あの"不攻不落の速水城塞“と呼ばれる孤高でクールな速水凪紗と、こんなバカップル丸出しの恋人同士になるなど、半年前の自分が聞いたら笑っただけだろう。
クールに見えて実はものすごく不器用で、ものすごくドジで、ものすごく初心で、かわいい。
ふと、一つの言葉が誠の脳裏を過る。
――不攻不落の凪紗先輩は、クールドジかわいい。
FIN.
完結です。




